依頼がこない十四日目 1
ベランダに穴を開けたのが昨日のこと。
美月とヒカリには、練習の為に、そこを出入りした後、蓋を閉じて貰った。最初はぎこちなかったが、数回すれば、十秒程で綺麗に隣の部屋に移っていた。
「面白いこと考えるね」美月は朝食のコーンフレークを食べながら、ベランダの方を見た。
「そうかな」ミンチはコーヒーが入ったカップを置いた。
「どこからか専用の工具を持ち出してくるし、なんか慣れた手つきだったし、やったことがあった?」
「ないよ」
「それで、あいつらを見つける作戦は思いついた?」
「全然」
「ちゃんと考えてる?」
「御堂筋がどんな顔なのかも知らないのに、見つけるなんて出来ないし」
「ああ、そっか。知らないんだ」彼女は溜息をついた。
「どうして見つけたいと思うの?」
「あいつは人を殺した。それなのに、のうのうと生きているのが許せない」
「まだ、彼が殺した証拠はないよ」
「私にはわかる」彼女は食べるのを止めていた。
「のうのうと生きているかどうかは、他人にはわからないし」ミンチは指摘する。
「人を殺して許されるの?」彼女は睨んだ。
「許されないよ。だから、それを罰する法律がある」
「でも、一人殺したくらいじゃ、十年くらい刑務所に入って、それで出てくるだけじゃん。殺された人は、残りの何十年と奪われたのに」
「そうだね」
「そうだねって、そんなの許せるの?。私は無理」
「それは仕方がない」
「なんで?」
「懲役や罰金は、そういったマイナスがあるから、罪を犯すのを止めよう、という抑止の意味しかない。実際に、罪を犯す人は、冷静に考えられないか、それらの罰を受け入れている人だから、あまり意味が無い。お金や時間を奪う事で、自分の人生が不利になる。普通の人は、そこで躊躇うけど、そうじゃない人もいる。そうじゃない人には、抑止が働かない。それに、そういった罰は、更生する為にあるわけでもない。ホントに、ただの抑止でしかないんだよ」
「それじゃ、殺しちゃった方が良いってこと?」
「そんな事はない。お金や時間を奪われるのは、邪魔であったり、憎い相手を殺してしまうよりも、ずっとマイナスになる。人を殺したって得られるものは、なにも無いけど、自分の人生の何年という年月は、ホントに貴重だから、無駄にすべきじゃない」
美月はあまり納得していないようだ。
「でも、例えば、自分の欲求を満たす為に、小さな女の子を暴行して殺したやつがいても、そいつは、何年かしたら、何の反省もせずに、社会で出てきて、楽しく生きていくわけじゃん。それに、また、同じような女の子に暴行するかもしれないし。それでもいいわけ?」彼女は少し早口になった。
「良くはないよ。そういった犯罪は、許されないし、無くさないといけない。でも、犯罪の無い世界にするのは、無理だろう。それに、その人が許せない気持ちはわかるけど、その人に対する罰は、法律で定められている。それ以上の罰を与えるのは、間違っている」
「別に法律が完璧じゃないじゃん」
「そうだね」
「そんなやつは、死刑にしてやったらいいのに」
「本来はそうだったかもしれない。でも、ホントは殺すつもりはなかった。頭に血が上ってその場にあった、酒瓶で相手を殴ったら、それが頭に当たって、死んでしまった場合なんかもある。本人は、反省しているし、自分の行いが間違っている事も知っている。そんな人も、死刑にする必要は無い。でも、他人を殺してしまったのは、悪い事だから、その人からお金や時間を奪う」
「それはそうだけど。相手が悪いやつかどうかなんて、見ればわかる」
「見てもわからないから、何に対して、どれくらいの罪を課すのかを、予め決めたんだ」
「それじゃ、子どもに暴行したやつは、死刑じゃなくてもいいの?」
「法律でそうなっているなら、受け入れるしかない」
「私は無理」
「でも、その犯罪者が死刑で死んだとしても、君の人生には何の影響もない。生きていても、死んでいても、影響は無い」
「そんな事ない。生きていたら、殺された子どもが可哀そうって思うし、残された遺族だって、犯人が許せないと思う」
「遺族は確かにそうだろう。子どもや兄弟を失ったなら、犯人が許せないし、自分にも後悔すると思う。もしかしたら、防げたんじゃないかって、何度も考えるだろう。だから、暴力や人を殺める事を、肯定しているわけじゃない。でも、犯人を裁くのは、遺族じゃなくて法律だから仕方がない。それに、犯人が死刑になったからといって、遺族は安らかに生きていけるわけじゃない。結局、子どもや兄弟を失っているんだから」
「犯人が生きているより、死んだ方が、前に進めるっていうか、そこから、初めてリスタートになると思う。犯人が生きていたら、なにをしていたって、犯人の顔がチラつくし、その度に怒りが湧くから」
「生きていても、死んでいても、犯人と会う事なんて無いから、忘れる努力をすればいい。犯人が何年後かに、再犯する可能性もあるけど、それよりも、別の人の同じような犯罪に遭遇する確率の方がずっと高い。その犯人を取り除いたから、平和な社会になるわけじゃない」
「じゃ、殺された遺族は、どうやって生きていくの?」
「……わからない。簡単に切り替えられる事じゃないし、何度も思い出すだろうけど。だから、犯罪自体は許されない。どうしたって癒えない傷を残すことになるから。でも、それと、犯人の生死は、関係ないと思う。犯人については、考えない方がいい」
「そんなの絶対無理」
「遺族はそうかもね。でも、犯人は更生して、社会の為に働くかもしれない。既に罰を受けたのだから、他人がそれ以上を望むのは間違っている。結局、他人が何を考えて、どう思っているのかが、わからない事が原因だ。反省しているかわからない。だから、誰でもわかる部分で裁くしかない。現状は、それ以外に方法がない。それに、今回のケースで、御堂筋が殺したのは、山内って人だから、別に君とは関係ない。今は、確かに不自由があるけど、捕まえるのは警察の仕事だし、その後の裁判は、検事の仕事だから」
「うん」彼女は鋭い視線をテーブルに落とした。そして、ふやけたコーンフレークを、作業の様にスプーンで掬って口に運んた。




