依頼がこない十三日目 4
ミンチは202号室のインターフォンを押した。
「これはこれは。どうしたでござるか?」にやけた面の矢島が出てきた。
「ちょっと、面倒な事に巻き込まれていまして、それで、協力をお願いしたくてきました」ミンチは言った。
「そんな事でござったか、なんでも言って下され」矢島はより一層笑顔になる。
「ありがとうございます。ベランダの」
「まぁまぁ、まずは、上がって下され」矢島は、ドアを大きく開いて、手で部屋の中を示した。
「お邪魔します」ミンチは矢島の部屋に入る。アパートの外にいるところを見られたくなかったので、ありがたい申し出だった。キッチンには、カップ麺のゴミが積みあがっている。奥の部屋は、前回とあまり変わりなかった。マリンちゃんと呼ばれる大きな人形も、同じ制服を着ていた。髪や服を見る限り、大切に扱われているようだ。
この部屋の椅子は、人形が座っている他には、一つしかない。矢島がその最後の椅子を勧めてくれた。部屋の奥に人形が玄関側を向いて座り、その人形を正面から眺める様に椅子が置かれている。マリンちゃんを眺める特等席なのだろう。人形が座っている椅子は、綺麗な装飾で、この椅子よりも明らかに高価だろう。矢島は横のベッドに腰かけた。
「協力というのは、ベランダを隔てている壁に細工をしたいのです」ミンチは言った。「元々、緊急時にはベランダ伝いに移動出来る様に、力を籠めれば壊れる設計ですが、そうではなく、その一部に穴を開けて、人が通れるようにしたいです。普段は、穴をで閉じているので、お互いに隣を見る事は出来ません。ただ、もしもの時は、その蓋を取って、行き来出来るようにしたいと考えています」
矢島は立ち上がって、カーテンを十センチ程開けた。
「これの事でござるな」矢島が振り返って言った。
「そうです」
「しかし、某はこの宿を借りている身、大家が黙っていないのではござらんか?」
「一時的なものです。それが終われば、僕が壊した事にして、新しいものを自費で購入します」
「そうでござるか」矢島は神妙な顔つきでベッドに腰かけて、こっちをジッと見た。
「お願い出来ますか?」
「某と卿の間柄、なんでも叶えてやりたいとは思ってござるが、しかし、卿は肝心な事を話してはござらんな。一体、どういったわけで、そんな事が必要になったのか、それを聞かない事には、受け入れる事は難しいでござるよ」
「……。そうですね。ただ、そのわけを話してしまうと、あなたにも危険が及ぶ可能性があります」
「心配は無用でござるよ」
「ホントですか?」
「勿論でござる」
「……わかりました。ただ、これから言う事は、他言しないで下さい」
ミンチは、美月とヒカリについて話した。彼女たちの親が良くない仕事をしている事、家出をして、しばらく預かる事になった事、警察には頼れない事、市内で起きた殺人事件の犯人が彼女たちを探している事。その犯人たちから、逃げる為に、今回の小細工が必要な事を。
全てではないが、必要と思われる事は話した。それらを、珍しく真剣な表情で矢島は聴いていた。
「事情は全てわかったでござる」矢島は言った。「某を信頼してくれて、誠に感謝でござる」矢島は目を見開き、手を差し出して握手を求めてきた。
「では、穴を開けてもいいですか?」
「勿論でござる」矢島は大きく頷く。
「ありがとうございます」ミンチは仕方がなく握手に応じた。
「これは同盟でござる」固い握手を交わしたまま、矢島は手を上下に振った。
「えっと、そんな大袈裟な事じゃないと思いますけど」ミンチは少し呆れる。ベランダに穴を開けさせて貰うだけだ。
「某はこんな日を待ちわびてござった。巨悪を一緒に滅ぼそうぞ」矢島は熱く語った。
「いや、えっと、こっちから何かを仕掛けるつもりはありません。ただ、危険が迫った時に、ベランダを使わせて欲しいだけで…」
「構わんでござるよ。当然でござる。窓か壁を叩いて知らせてくれれば、某の部屋に入れて、匿う事も可能でござるよ」
「ありがとうございます。もし、必要だったらそうさせて貰います」ミンチは握られたままの自分の手を見る。矢島は何かを察したのか、握手を解いた。
他人に干渉したがる性格は、こういった無茶も受け入れてくれるのかと、ミンチは思った。殆どの人間は、関わりたがらないだろう。
「わかっていると思いますが、彼女たちがいる事は、誰にも言わないで下さい」ミンチは釘を刺した。
「わかっているでござるよ」
「今日中にも作業に入ろうと思います。作業中は、五月蠅くなると思います。ご迷惑を掛ける事になって、申し訳ないです」
「同盟を結んでござるから、気遣い無用でござるよ」矢島は笑顔で答えた。
ミンチは礼を言って、自分の部屋も戻るまで、戻ってからも、少し気になった。
同盟ってなんだ?
いつ結んだんだ?




