依頼がこない十三日目 3
ミンチは、十分の帰路を、雨の中一時間も掛けた。
喫茶店で時間を潰し、こちらを観察している人物を確認したり、素早く会計を済ませて、後を追ってくる人物を探したりしていた。遠くに一人だけ、こちらを見ている人物を確認できた。なので、後は撒くだけだった。
鍵を開けて家に帰ると、ヒカリと美月はいた。
「おかえりなさい」ヒカリはこっちを見て、驚いた表情を浮かべた。美月もこっちをチラッと見て、目を見開く。
「どうしたの?」美月が言った。
「なにが?」ミンチは答える。
「顔に痣が出来てる」
「うん。ちょっと、話の出来ないやつに殴られた」
美月の顔が険しくなる。彼女は立ち上がって、近くで痣をジッと眺めていた。
「消毒とかした方がいいんじゃない?」美月は言った。
「いや、大した怪我じゃない」ミンチは答える。
「誰に殴られたの?」
「うん。ちょっと待って」ミンチは手を洗い、濡れた靴下とズボンを着替えて、グラスに水道水を注いで、それを飲んだ。そして、いつもの椅子に深くもたれ掛かった。その様子を心配そうに眺めていた二人は、ミンチの対面に並んで座る。
「殴られたのは金髪の男」ミンチは話を再開した。「二十代くらいかな。もう一人いて、そいつは、黒髪の短髪で目の横に古い刃物の刺し傷が残っていた。短髪の方は三十代で、そっちの方は、体格が一回り上だったかな」ミンチは、刃物の刺し傷のところで、右目の横のこめかみ部分を指でなぞった。
「傷がある方は岩谷。金髪はたぶん、藤井かな。藤井は岩谷と一緒に行動してたから」
「知り合い?」
「御堂筋の部下っていうか、仲間。同じグループで行動してた。岩谷は、怒ると暴力的で危なっかしいやつだから」
「殴られたのは藤井の方かな」
「そう」
「そいつらは、君を探していた」ミンチは美月を見つめる。
「殴られたって事は、逃げてきたの?」美月はきいた。
「いや、そのまま帰してくれた」
「この場所がバレたんじゃない?」
「撒いてから帰った。そのせいで靴とズボンと靴下が濡れたけど」
「でも、ここが見つかるのは時間の問題だと思う」」美月は少し前傾姿勢になった。「だから、こっちから、御堂筋を見つけた方がいい。御堂筋を警察に突き出せば、それで終わりだから」
「御堂筋の目的を知っている?」
「私を殺すこと」
「なんで?」
「私がグループのトップの娘だから」
「そこがよくわからない。御堂筋は赤井の部下なんじゃないの?どうして赤井の娘である君を殺すの?」
「あいつが私を後継者にするつもりだから。そうなれば、御堂筋の商売を良く思っていない私が、御堂筋たちの仕事を奪うかもしれない。グループの力を弱めるかもしれない。あいつらは、それを恐れている」
「ふーん。後継者になるの?」
「それが嫌だから家出した」
「だったら、争う必要もない」
「向こうが殺そうとしてくるのに、対話なんて出来ない」
「そっか。………コーヒー飲む?」
「いらない」
ミンチは立ち上がって、自分の分のコーヒーを淹れた。その間、三人もいるのに、誰一人言葉を発さなかった。ヒカリも遠慮しているのだろう。それが少し、申し訳ないと思う。
ミンチはカップをテーブルに運んで、椅子に座って一口飲んだ。
「どうやって、捕まえる?御堂筋がどこにいるか、わかれば良いんだけど」美月が言った。
「方法がわからないから、こっちからは動かない方がいい」ミンチは答える。
美月は不満そうな表情だ。
「でも、ゆっくりしてたら、危ないんじゃない?そこまで迫ってきてるんだから」
「もし、誰かがここを突き止めても、中に君たちがいる事までは、わからない。いるかもしれないと思う程度だろう。だから、部屋の奥にいたら、一応は安全だ。でも、無理やり部屋の中を捜索される可能性もある。だから、ベランダにロープを用意してあるんだけど」
「ロープ?」美月は首を傾げる。
「ちょっと来て」ミンチは立ち上がり、後方のカーテンを開けて、外の様子を伺った。誰もいない。カーテンの隙間からベランダの床を指さす。美月とヒカリはそれを見る。片方が結ばれて、残りは蛇のとぐろの様に丸めている。
「余っていたロープをベランダの手すりの下に結んである。ロープは二メートルほどあるから、端っこを外に出せば、ロープを伝って地面に近い所まで下りられる。二階の高さから飛び降りたら、怪我をするリスクがあるから。もし、ドアから無理やり入ってくるやつがいたら、まずは、ベランダに逃げる。その後、ロープを使って下りる。ベランダを確認するやつがいても、そいつは人を探しているわけだから、下に垂れているロープは、まず見ない。ただ、問題は…」ミンチは二人を見た。
「無理」美月は即答した。
「ちょっと怖い」ヒカリも言った。
「うん。そうだよね」ミンチは言った。
「私たちの為に準備したの?」美月はきいた。
「いや、元々、自分の為に。あると便利だなって」
「変な人」
「もう一つ、方法がある。隣とを隔てている板があるけど、そこを回り込む。ちょっとだけ、外に身を乗り出すけど、ゆっくりやったら、落ちる事はないと思う」
「危ないな」美月は肩を軽く小突いてきた。
「まぁ、そうかな。実は、もう一つ安全な方法がある」
「ホントに?」美月は疑っている。
「うん。これは安全。ただ、問題が一つだけあって。それが大きな障害というか」




