依頼がこない十三日目 1
昨日の夜から雨は降り続いている。
ミンチはレンタカーでとある住宅に来ていた。一般家庭にあるオシャレが目的の塀や門と違い、侵入を拒む目的のそれらが、目の前にあった。塀の上には、鳥か人の為に、鉄製の槍を並べたようなものまである。ミンチはちょっとした知り合いから年季の入った作業着を借りているので、水道管の点検業者に見えなくはないだろう。
インターフォンを押してしばらく待つと、女性の声がして、門が自動的に開いた。ミンチが中に入ると、門がしまった。手入れされた庭は広く、天気が良ければ庭に出しているテーブルで、軽食とコーヒーを飲めば、贅沢な時間が過ごせるだろうと思った。屋敷までの道が整備されており、傘をさしたまま、それに従ってゆっくりと歩く。屋敷に近づくと、玄関が開いて中から女性が現れた。三十代くらいだろう。髪やメイクもしっかりときめていて、着ている服もどこか品がある。
ミンチは実在する水道局の指定業者を名乗り田中一と名乗った。名詞も渡した。そこに記されている電話番号は、本物の電話番号で、後日、連絡を取られても、正しく対応されるので、不審に思われる事がない。それに、水道管なんて、滅多なことでは壊れないので、連絡する機会なんて殆どなく、さらに、その頃には、渡した名詞も屋敷のどこにしまったのかさえ、忘れているだろう。
「以前お知らせしたとおり、この地域に流している水道管の一部を新しく交換する工事がありました。それにより、水圧の変化が生じたので、各家庭に問題がないかの点検をして回っております。点検は無料で、住宅の大きさにもよりますが、十五分から四十五分程で、作業が終わります。今から点検作業に入ってもよろしいでしょうか?」ミンチは営業的な笑顔を作って言った。
「はい。どうぞ」女性は不愛想に返事をして、玄関を更に開けて、招き入れてくれた。
「今、この屋敷の中に他の人はいますか?」ミンチはきいた。
「いえ。私だけです」
「わかりました」ミンチは笑顔で受け答えて、作業に取り掛かった。
といっても、水回りの下の棚を開けて、そこにある替えの洗剤やら石鹸やらを取り出し工具を持って、いじっている振りをするだけだ。実際には、ドライバでネジを僅かに緩めて、締め直したり、工具同士を当ててそれらしい音を出しているだけだ。
最初は、ミンチの作業を背後から眺めていた女性も、飽きてしまったのか姿を見せなくなった。ミンチは、背後に誰もいない事を確認して、静かに立ち上がった。
こんな作業をやっているのは、勿論、仕事だからだ。依頼内容は、複数ある。屋敷の間取りを確認する事から、それらしいお宝をしまっていそうな場所を確認すること。可能なら、その部屋への侵入と実物を見つけるのが望ましい。あとは、あまり期待は出来ないが、犯罪に関わっている決定的な証拠が見つかれば、一番良い。
工具箱を持って屋敷の中を散策していた。すると、ドアが開いて、中から男が出てきた。相手は一瞬だけ驚いた表情を浮かべたが、直ぐに攻撃的な顔になり、全身を見られた。
「誰だ?」男は言った。
「水道管の点検をしている者です。浴室の点検に向かう所なのですが、迷ってしまって」ミンチは工具箱を持ち上げて、笑顔で話した。
「いらん。帰れ」男は鋭い眼差しのまま言った。
「いえ、ですが、あとは浴室とキッチンだけで終わるのですが」
「いらんっていってるだろ」男は怒鳴った。
「わかりました。では、作業を途中で終えたことだけを奥様に伝えさせて頂きます」
「さっさと帰れ。俺が言っとく」男は出てきた部屋を一度見た。
「それでは失礼します」ミンチは最後まで笑顔で対応した。曲がり角を曲がった後に、男の呟く声が聞こえた。
「あのバカが。誰も入れるなって言っただろ」
ミンチは置いてきた工具を取りに行く振りをして、屋敷内の立ち入っていないエリアを通った。一階の大体の間取りは把握出来た。ただ、それくらいだ。
途中で、先ほどの女性と会ったので、経緯を説明して、もう、帰ると伝えた。女性は、眉を寄せて「そうですか」とだけ言った。
玄関を出たミンチは、傘をさしてレンタカーまで歩き、車に乗り込んだ。車を走らせる前に、もう一度だけ屋敷の方を見たが、塀と門と、その奥にある屋敷の一部しか見えなかった。
あの怒鳴っていた男は、入っていた部屋を気にしていた。恐らく、そこに誰かがいるのだろう。
この屋敷の元々の所有者は、赤井だ。今は、赤井の関係者が所有している。現在の所有者である夫が赤井の幹部の一人だ。ただ、あの男は夫ではないはずだ。少なくとも、城向から知らされた情報にはいない人物だった。対応していた女性は、幹部の妻で間違いない。
この調査は、殺人事件があったから始めたわけではなく、元々、依頼されていたものだ。得た情報をどうやって使うのかは、依頼人の城向にしかわからない。
部屋にいたのが夫である幹部の人間なのか、それとも、それ以外の誰かなのか?
ミンチは、城向への報告書をぼんやりと考えながら、車を走らせた。




