依頼がこない十二日目 2
ミンチは伊藤に電話をかけた。
「ちょっとききたい事がある」ミンチは言った。
「なんだ?」伊藤は少し小声だった。
「最近、ニュースになっている近所で起きた殺人事件について知ってるか?」
「ニュース以上の事は知らんが」
「それについて調べて欲しいって言ったら、出来るか?」
「出来ない事なんてない。ただ、欲しい情報が得られるかどうかは別だ」
「警察関係者に知り合いはいるか?」
「……いる」
「出来れば捜査状況もきいて欲しい」
「どうしたんだ?」
「ちょっと気になる事があって」
「そうだろうな。そうじゃなきゃ、お前が仕事を依頼するわけがない」
「赤井の部下というか、幹部が犯人らしいんだ」
「誰の情報だ?」
「隠しているだけで、友人は多いんだ。こう見えて」
「そうか。ちょっと待ってくれ」
移動している音の後に、ガタッと音がして、声がしなくなった。携帯端末を机にでも置いたのだろう。ミンチは、周りの景色を見る。
アパートの屋上に、ミンチはいる。アパートがちょっとした丘の上に建てられていて、三階建ての屋上に上れば、遠くまで見通す事が出来る。屋上に上がるには、三階から、簡易の梯子みたいなものを、よじ登らなければいけない。最初の一段目が二メートル程の高さにあるので、ジャンプして両手でしがみつき、懸垂の要領で、腕だけで体を持ち上げ、数段登ってから、足を引っ掛ける必要がある。適度な運動になるし、周りに誰もいないし、景色も良いので、たまに屋上に上がるミンチだった。
少ししてから、伊藤の声がきこえた。
「えっと、なんだって、何を調べて欲しいんだ?」伊藤がきいた。さっきよりも、声が大きくなり、ハキハキと喋っている。
「事件の詳細と犯人の行方と捜査状況かな」ミンチは答える。
「犯人はわかっていないみたいだな。赤井の傘下のグループなのか?」
「そうらしい。あと、犯人は御堂筋力也という男の可能性が高い」
「えっ?御堂筋なんだって?」
「力也」
「なんでそんな事知ってるんだ?」キーボードを叩く音が、携帯端末越しにきこえた。メモを取っているのだろう。
「友人が言っていただけだ。見たわけじゃない。その名前を知ってるか?」
「いや、知らん。名前からして、男だろうとは思うけど」
「男だって言っただろ」
「そうだったか」
「警察から情報を貰う時に、こっちもある程度の情報を持っていた方が、得られるものが違ってくるだろ」
「そうだな。ただ、それを鵜呑みにするわけじゃないが、情報提供としては、興味深いだろうな」
「出来れば、そいつの行方を調べて欲しい」
「そいつが犯人なら、警察はもう調べているだろうけど。事件が起こったのは、二日前か?」
「死体が発見されてニュースになったのが、二日前で、殺されたのは、もっと前だ。どこかの記事に四日前と報道されたらしい」
「四日前ね」メモを取っている音がする。「わかった。向こうも暇じゃないだろうから、今すぐ会えるわけじゃない。こういった捜査は鮮度が大事なんだ。時間が経つほど、曖昧になる。今は、殆ど寝ずに捜査しているだろうから、ききだしてから伝えるのに、時間が掛かる。それでもいいか?」
「仕方がない。でも、なるべく早く会って欲しい」
「ああ。犯人らしき人がいるなら、警察の人間も興味を持つだろう。ただ、その情報をどうやってきいた?そこがはっきりしないと、相手にされないぞ」
「それが問題だ」ミンチは溜息をついた。
「はっ?」
「友人からきいただけで、はっきりとした事はわかっていない。ただ、その友人は、殺された山内隆と知り合いらしいんだ。山内も、赤井のグループの人間だ。スパイみたいに、内部を探ろうとして、殺された線が有力らしいが、どこまでホントの話かはわからない」
「そうか。それで、お前がこの事件に首を突っ込む理由は?」
「依頼人のプライベートが仕事に関係あるのか?」
「普通はない。ただ、依頼人である以前に、友人だからな。だから、これは友人としてのちょっとした興味だと思ってくれ。この前、赤井についてきいたのも、全く関係ないわけじゃないんだろう?」
「ああ。実は、御堂筋がもう一人か二人、殺そうとしているらしい」
「はっ?」
「その殺そうとしている人たちと、最近、ちょっと関わる事になってしまった。御堂筋が捕まるまで、安心して外も歩けなくて困っているんだ」
「御堂筋は、赤井との繋がりがあるのか?」
「幹部らしいから、あるだろう」
「殺人も、赤井の指示か?」
「そうだろうと考えている。赤井ってのはカリスマなんだろ?無視して動く幹部がいるのか?」
「さぁ。わからん。もしかして、お前が子守りをしているのは、御堂筋から狙われている子たちなのか?」
「まぁ、そうだけど」
…………。
…………。
「えっ?なんで、子守りをしているって知っているんだ?」ミンチはきいた。そんな事を伊藤に話した事はない。
「えっ?えっと、いや、忘れてくれ」伊藤は、しどろもどろになった。
「無理だろ」ミンチは呆れて渇いた笑いが漏れた。
「まぁ、いや、なんでもない。そうじゃないかって、占い師が言ってたんだ」
「どこの占い師だよ」
「当たるって噂の占い師がいるんだよ。予知能力なんじゃないかって噂の」
「話を逸らすな」
「ああ。いや。なんでもない。ホントに。お前を詮索したり、調査した事もない。友人を裏切る様な事はしない」
「だから、どうやって知ったんだ?」
「それは言えない。ああ。ちょっと待ってくれ、睨まれている」
「誰に?」
「神父様に。閻魔大王かもしれない。キリスト教徒ってわけでもないが、シスタに睨まれると、バツが悪い。ちょっと、この後用事があるんだ。すまん」
通話が切れた。
どういう事だろうか?伊藤が調査して、部屋に子どもがいる事を知ったと考えるのが、普通だろう。でも、そんな事をするやつだとは思えない。
溜息をついた。遠くまで見通す事が出来る。
でも、空は曇っている。天気が崩れそうな雲だ。




