依頼がこない十一日目 1
ミンチは目を覚ましたが、コーヒーを飲めずにいた。
床に敷いた布団に、ヒカリと美月が眠っている。その為、テーブルや椅子は部屋の隅に追いやられている。それらが邪魔で、ベランダに出る事も出来ない。こういった時に、客人にベッドを譲って、自分は地面に敷いた布団で眠る人もいるらしいが、ベッドを譲るつもりは毛頭なかった。このことに関して、美月に小言を言われたが、全く堪えていない。
ただ、自分がコーヒーを飲む為に、眠っている人を起こすのは、横暴というか、人としての何かが欠如していると思う。だから、仕方がなく、ベッドに横になったまま、ぼんやりとしていた。明日からは、ベッドを譲ってもいいとさえ、考えた。コーヒーにはそれだけの価値がある。
二人が目を覚ましてから、コーヒーを淹れ、二人は勝手にコーンフレークを食べる。二人は、この部屋から外に出ていない。学校がある時間に外を出歩くと、警察に目を付けられるかららしい。
「風呂場に隠れていた時、誰かに見つかった?」ミンチはヒカリにきいた。昨日のQちゃんとの会話を思い出したからだ。ヒカリは、ミンチを見たまま固まってしまった。
「見つかっても大丈夫だよ。友達だから」ミンチは言った。
「うん」ヒカリは頷いた。
「どうして黙っていたの?」
「見つかったら、怒られると思ってたから」
「そんな事で怒らないよ」
Qちゃんは、トイレに行った時に、浴室のドアを開けたのだろう。間に合わなかったのか、焦った声が聞こえて、好奇心が勝ってしまったのか。そして、ヒカリを見た。でも、その場で、問い詰める事はなかった。顔は曇っていたが、その日は何事もなく、帰って行った。
少し違和感の残る反応だ。怪しげな便利屋との、距離の表れだろう。彼女の中で、疑問や不安が大きくなり、昨日、あの話を出したのだろう。直接口にしたのは、信頼したいと、彼女自身が思っているからだ。
悪くない関係性だ。少なくとも、他人を簡単に妄信したり、もしくは、疑心暗鬼になり勝手に調査されるよりも、ずっと良い。素敵な人格だ。
「父親とは一緒に暮らしていた?」ヒカリがトイレに行っている間に、ミンチは美月にきいた。
「殆ど会わなかったけど」美月は答える。
「今も同じ場所に住んでいるの?」
「さぁ。別荘が幾つもあった。家には帰らない事もあったし」
「普段の様子はどんな風だった?」
「別に、普通」
「父親の知り合いが家に来る事はあった?」
「たまに」
「家出をした切っ掛けがあった?」
「あいつの仕事を見たから」美月は舌打ちをした。「詐欺でお金を騙し取ってた。そのお金で、私が生きていくのが、許せない」
「それじゃ、どうやって解決するつもり?」
「解決?」
「未成年で働くのは難しい。高校に行かないなら、就職だって厳しくなる。親に頼らずに生きていくのは、大変だと思う」
「そんなの考えてない」
「父親が捕まってもいいの?」
「罪を犯したら捕まるが、社会なんじゃないの」
「証拠があればね」
「その証拠を見つける」
「その後は?」
「だから、考えてない」彼女は眉を寄せた。
「そう」ミンチはコーヒーを飲んだ。「でも、考えた方がいい」




