依頼はきていない七日目の夜
ナナ氏とQちゃんは、あのあと、直ぐに帰って行った。大学の講義の間に暇つぶしに来ているらしい。大学の方が居心地は良さそうなものだが、それくらいの個人差はあるだろう。普段なら、迷惑になる事もないが、この日はそうもいかなかった。
赤井ヒカリは、お風呂に入りたいと言ったので、許可したが、着替えを持っていなかった。仕方がなく、Tシャツを貸している。ズボンはベルトをしても、合うはずがないので、履いていない。Tシャツのサイズが大きいので、ワンピースを着ている風に見えなくもない。
依頼主である城向に連絡をしたが、繋がらなかった。これを、何度も繰り返したが、結果は同じだった。
ヒカリにきいてわかった事は、親とは住んでいない。警察から逃げている。普段はお姉ちゃんと一緒らしい。住む場所は転々として、一か所に長くいる事は少ないそうだ。
これは想像だが、城向が姉妹の面倒を見る事になり、それをそのまま押し付けた形になる。依頼人と連絡が取れない以上、ここで匿うしかない。
彼女を家に置いて、必要な物の買い出しにも行った。主に着替えなどだ。出かけてから、服のサイズを見ていない事に気付いたので、想像で買った。こういった時は、大は小を兼ねる。ズボンもゴムで止めるタイプなら、融通が利くだろう。スーパにも寄って、食料品を買った。目に留まった牛乳も買っておいた。
スーパからの帰りに、予知能力だかの女性の家の近くの道を通ったが、彼女の家には寄らなかった。気になるが、急ぐ必要も無い。家に帰ると、彼女はベッドで眠っていた。仕方がなく、起こさない様に静かに生活していた。
彼女の目が覚めたのが、日が沈んだ頃だった。
「こんばんは」彼女は周りを見渡してから、丁寧に挨拶をした。
「よく眠れた?」ミンチはきいた。
「うん」
「夜、眠れる?」
「わかんない」
「牛乳飲む?」
彼女は目を見開いて驚いた後、満面の笑みで頷いた。
冷蔵庫から牛乳を取り出して、グラスに注いだ。頭が良くて、愛嬌もある可愛らしい子だ。何があって、警察から逃げているのだろうか?ただ、警察と深く関わりたくないとは、ミンチも同じだった。下見も兼ねて、不法侵入くらいは、やっている。犯罪かどうかの基準は、警察の前で行うかどうか、警察に痕跡を残すかどうかの違いだ。この辺に注意を払っておけば、逮捕状を持ち出される事もない。
「どうぞ」テーブルの上にグラスを置いた。彼女は椅子に移動して、そこで牛乳を飲んだ。
「ありがとう。でも、いつもと味が違う」彼女はこっちを見た。
「そう?」飲むヨーグルトを買ってきたかもと思って、冷蔵庫を開けて確認した。ちゃんと牛乳だった。
「牛乳だったよ」ミンチは言った。
「うん。それは知ってる。もっと、美味しいのがあるの」
「違いがわかるの?」
「うん」
牛乳の味が違うことを知らなかった。牛の種類が違うのか、餌が違うのか。環境で変化するのだろうか?牛乳は、小学校の給食以来、飲んでいない。牛乳といえば、あの味だった。美味いと思った事など一度もなかった。
「服の着替えも買っておいた」ミンチは紙袋から、中身を取り出した。彼女は嬉しそうにそれを眺めた後、紙袋の中に閉まった。
「着替えたら?」ミンチは言った。
「嫌」
「なんで?」
「可愛くない」
溜息が出そうになるのを、堪えた。
「そうかな?可愛いと思うけど」ミンチは言った。彼女は首を横に振る。
「とりあえず、下着とズボンは履いた方がいい」ミンチは言った。彼女は嫌そうな目でこっちを見てきたが、目を逸らさずに睨み返した。
しぶしぶ、彼女は着替えを始めた。ただ、上は貸したTシャツのままだった。
「明日になったら、洗濯物が乾くから、いつもの恰好が出来るよ」ミンチは言った。
「うん」
夕食を作って一緒に食べた。彼女は文句を言わずに綺麗に食べた。分量がわからなかったが、彼女は残す事も、おかわりをする事もなかった。
食後に城向にもう一度連絡をしたが、繋がらなかった。




