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便利屋に依頼がこない  作者: ニシロ ハチ
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依頼はきていない五日目


 ミンチは朝食のコーヒーを飲んでいた。

 基本的に朝は食べないミンチだ。すると、インターフォンが鳴った。ミンチはカップをテーブルに置いて、玄関のドアを開けた。

 そこには、にやけた顔の矢島が立っていた。

「おはようございます」矢島は言った。

「なんですか?」ミンチは玄関を開けたまま答える。

「見て欲しい物がありまして」

「朝から非常識ではありませんか?」ミンチは少し怒っている態度を取った。怒ってはいないが、そういう風に見えた方が、効果的だろうと思ったからだ。

「あれを見てください」矢島は気にした様子はなく、後方の上空を指さした。

 指の先には空がある。その手前には、隣のアパートが、その手前に電柱があるだけだ。

「なんですか?」ミンチは同じ質問をした。

「少しこっちに来ないと見えないでござるよ」矢島はバカにした様に言った。少し、怒りを覚えた。あまり、他人とは積極的には関わりたくないミンチだ。サンダルを履いて、矢島が指さす方を見た。同じものが見えるだけで何も無い。

「今後、こういった干渉は控えて頂けますか?」ミンチは声のトーンを下げて言った。

「いやいや、あれです。電柱の先」矢島の指先は電柱の頂上を指していたようだ。その先に、何かがある。電柱の頂上は十メートル程の高さで、ここよりも更に上だ。その頂上に何かある。黒っぽい物体で、ウエストバックの様な鞄に見えた。

「あれがなんですか?」ミンチは言った。

「某の鞄でござる」

「それで?」

「某が置いたのでござるよ」

「何の為に?」

「証明する為でござる」

「なにを?」

「空を飛べる事ですぞ」

 ミンチは矢島を見た。そういえば、昨日、そんな事を言っていた。すっかり忘れていたミンチだ。

「初めからあったんじゃないですか?」ミンチは言った。

「そんなわけはござらんよ。某が夜中の内に置いたわけでござるから。これを見て下され」矢島はポケットから慌ただしく携帯端末を取り出した。「昨日の夕方に撮った写真でござる」矢島が見せた画面には、同じ電柱が映っており、その上には何もなかった。別に、写真なら加工でどうとでもなるだろう。

「電柱は、空を飛ばなくても、頂上まで登れますよ」ミンチは言った。電柱は、地面から二メートル程の所に、杭の様なボルトが刺さっている。それが一メートル間隔で、円柱の反対側に五十センチ程ずらして刺さっている。元々、人が登れる様に設計されてある。

「某には無理でござるよ」矢島は顔の前で手を振った。矢島は中肉中背という言葉が似合う姿だ。確かに、簡単ではないだろう。特に、最初の一段目には、脚立か机を運ぶ必要があるはずだ。でも、不可能ではない。無理をすれば可能だ。頑張る場所は、人によって違う。彼にとっては、この場だったのだろう。

「えっと、空を飛んでいる様子は、誰も見ていなくて、カメラにも収まっていないという事でしたよね?」ミンチは言った。

「そうでござる」

「あれだけ高く浮く事も出来るのですね?」

「だから、あそこに置けたのでござるよ」

「浮いている所を誰かに見られたらどうなるのですか?」

「わからないでござるな。落ちるかもしれぬ」

「危ないので、止めた方が良いですよ」

「かたじけない」

「では」ミンチは一人で自宅に入り、ドアを閉めた。

 例えば、こっそりと電柱が映る様にカメラを仕掛けたら、矢島がよじ登る姿を撮影する事が出来るだろう。もしくは、電柱と電柱の間の丁度の長さの釣り糸を彼に渡し、それを頂上同士で繋いで貰えば、彼が空を飛べない事を証明出来る。でも、そんな事をして追いつめても、なんの意味ない。それどころか、怪我を負わせてしまうかもしれない。空が飛べるという嘘を付き通す為に、電柱の上までよじ登ったのだから。

 変わった人は幾らでもいる。でも、その変わった人が隣人だった場合は、人生が少しだけ難しくなる。矢島の部屋にいた学生服を着た人形の名前を思い出す。マリンちゃんと呼んでいた。

 何でそんな名前なのか、少しだけ疑問に思った。

 ミンチは椅子に座り、温くなったコーヒーを飲み干した。

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