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教祖の白昼夢  作者: 佐治尚実
第一章
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07.屋上

「お昼食べたら、軽く昼寝したいな、いい天気だ」

「そうでしょう」


 和絃が屋上の厚い扉を開く。と、燦々と太陽が照りつけていた。


「さすがに眩しいね」


 大輝は目を眇める。日差しの割りに空気は澄んで、息を吸うと気持ちがいい。心なしか気も良くなって頬が緩んでくる。


「天界にようこそ」


 和絃が西洋式のお辞儀をしておどけてみせる。


「そんな気がする、誘ってくれてありがとうね」


 日盛りの中、灰色のコンクリートで固められた四方に、茶色のベンチとテーブルが配置されていた。一人だけ先客がいた。


 誰かは確認せずに、大輝は空いているベンチへ移動した。


「おいおい、どこに行くんだよ、ダイちゃんはこっち」

「えっ」


 和絃の近付いたベンチには、先客の男子生徒が既に座っていた。

「和絃のお友達?」


 太陽の輝きのせいで視界が妨げられる。ベンチに座る男子生徒は、遠目から見て、和絃と背格好が似ていた。その年で優に百八十センチは超えているのだろう。


 大輝は目の上に手をかざして、じりじりと焼き付けてくる光を遮断した。


「違うよ、こいつは俺の兄貴、と言っても二ヶ月しか変わらないけどね」


 和絃は一月生まれで、早生まれだ。それならば、彼は十一月生まれの三年生ということか。親友の誕生日から二ヶ月逆算していた大輝は我に返る。


「和絃のお兄さん?」

「そう、こいつは村瀬睦美、三年生だからダイちゃんは知らないだろうけど」


 太輝はモタモタとした足取りで彼等のベンチに移動した。短い足で距離を縮める。和絃の兄と紹介された睦美のぼやけていた輪郭が徐々に見えてくる。

 その男子生徒は、大輝の方へ身体を向けていた。閉ざしていた口を少しだけ開けている。


「何の冗談だよ、和絃に兄弟がいたなんて」


 初めて、夢の中の彼を近くで見られた。何度も和絃の夢で見たシルエットと睦美はとても似ていた。そうか、兄弟なのか。それならば辻褄が合う。

 睦美の凜々しい眉がきれいにカーブを描き、鋭い眼光は彫りの深い眉下を色濃くする。太輝を瞳に映している睦美は、品定めをする悪戯な視線を向けてきた。


「母親が違うから、異母兄弟ってやつ」

「そうなんだ」


 屋上に呼び寄せたのは、睦美に合わせるためだろうか。予期せぬ和絃の行動に、どう返したらいいか言葉を選んだ。それでも睦美の眼力を感じて、和絃の兄と紹介された男子生徒に頭を下げた。


「は、初めまして、僕は沢村大輝です、和絃とは中学から親しく」


 睦美と接したのはこの時が初めてだ。それでも初対面とは思わなかった。まさか和絃に兄弟がいたとは知らなかった大輝は、どこから問い質せばいいのか困惑した。


「和絃から話は聞いている、弟が色々と迷惑掛けてすまない」


 睦美が大げさに肩をすくめる。すると和絃が睦美の肩を掴み、その屈強な身体を揺らす。


「おい、余計なこと言うなよ、ダイちゃん気にしないでね」

「ほら、うざいだろう」


 兄弟の口げんかに太輝は笑って返す。一拍の沈黙が起きた。いつまでも立ったままでは気まずい。


「ダイちゃん座って」


 睦美の向かいに大輝は座る。和絃は睦美の横に腰を下ろした。


「いえいえ、和絃はいつも友達が少ない僕に優しくしてくれて、迷惑だなんて」

「受け答えが優等生すぎ、君みたいな真面目くんが和絃みたいなやつとね」


 一目で太輝の特徴を言い当てた。これではすぐに優等生の面を被っているとバレてしまうだろう。嫌な予感がして脇に汗がにじむ。


「睦美は口が悪いから、気にしないでね」


 どうやら兄弟というのは冗談ではないようだ。珍しく焦る顔を見せた和絃を他所に、太輝は複雑な心境のままテーブルに弁当を広げた。腹の虫が騒いでいることを口実に、平静を装う。


「村瀬さんと兄弟だって教えてくれてありがとう」


 複雑な環境下にいると、少しだけ自分に打ち明けてくれた。だからといって興味本位から、それ以上彼等の領域に土足で踏み込もうとは思わなかった。曖昧に区切られた境界線を越えなければ、和絃と親しい仲でいられる。それだけでいい、大輝はそれ以上を望まないよう、理解のある親友を演じていたい。たとえそれが、自己満足であっても、和絃が必要としてくれるのであれば続けていきたい。


「良かったね和絃、お兄さんがいて」


 妹がいるのと兄がいるでは大違いだな、と大輝は告げる。和絃が純粋に羨ましかった。



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