第9話:特別な作物
【天気予報】スキルを使うと、現在の空に未来の空模様が映し出されていくように見える。
空は黒くて不気味な感じの雲でいっぱいだった。
だけど、私には見慣れた光景だ。
(よくある雨雲ね。雲の色が暗いところが多いから、そろそろ雨が降り始めるはず)
雨雲は何層にもわたって、空を覆っていくのがわかった。
だんだんと、雲のすき間がなくなっている。
空の低いところまで雨雲に覆われつつあった。
これはもうじき雨が降る合図だ。
そして、上空でぬめっとした風が流れているのが見えた。
南からの風だ。
「明日は朝から雨が降りますね。ですが、すぐに晴れます。南からの風が雨雲を吹き飛ばすからです。温かい空気なので気温も上がるでしょう。少し歩いただけで汗ばむくらいです。そして、風がやや強いので歩くときは注意が必要です」
天気の説明は何度もしてきたのでスラスラ話せた。
「へえ、ずいぶん詳しくわかるんだね……そうだ、アグリカルさん。明日雨が降るのなら、ちょっと早めに準備しておきましょうか」
「そうさね。雨に濡れるとまずいからね」
二人は何か相談しているけど内容は良くわからなかった。
(う~ん。なんだか、空気の水分が濃いな)
肌がねっとりしている。
雲が抱えきれなくなった水分が、地上まで落ちてきているようだ。
つまり、今日から雨は降り始める。
「それと、雨は三十分後から降り出しますね」
今からきっかり三十分後に雨が降ってくる。
これで明日の天気予報は終わった。
予報は終わったのに、アグリカルさんとフレッシュさんはポカンとしている。
「今のが私のスキル【天気予報】で……」 二人はぼんやりしていたけどすぐにハッとした。
「それは本当かい、ウェーザ! あと三十分で雨が降るだって!?」
「た、大変だー! アグリカルさん、急いで雨避よけの準備をしましょう!」
彼らは叫びながら大慌てで外へ走り去ってしまった。
取り残されたように呆然とたたずむ。
「あ、あの、ラフさん。アグリカルさんたちはどうしたんですか?」
「あいつらは畑に行ったんだよ。そういや<太陽トマト>の収穫が近いって言ってたな。俺たちも行ってみるか」
ラフさんの口から初めて聞く食べ物の名前が出てきた。
「<太陽トマト>?」
「見ればわかる」
ラフさんに連れられ部屋から出ると、酒場とは反対方向に案内される。
途中、通路の脇には小麦粉をしまうような袋が積んであったり、鋤やクワなどが立てかけてあったりした。
やっぱり、ここは農業のギルドなのだと実感する。
「色んな道具がたくさん置いてありますね」
「積んであるのはほとんどが肥料だな。収穫した作物は地下にしまうことが多い。道具もちゃんとしまう場所があるんだが……ったく、誰かが置きっぱなしにしちまったらしい」
裏の畑に行くと何人か集まっていた。
みんなで大きな布を畑の一角に被せている。
その辺りだけ赤く輝いている丸い物があった。
「何か光っていますね。ここが畑ということは、あれも作物なんですか?」
「あれが<太陽トマト>だ。喰うと結構うまい」
目を凝らして見ると、確かにトマトのようだ。
「普通のトマトと何が違うんでしょう?」
「知らん」
ラフさんはぶっきらぼうに即答した。
どうやら、細かいことには興味がないらしい。
「そう……知らないんですか」
皆が布をかけ終わった後、ポツリポツリと雨が降ってきた。
空を見てラフさんは驚く。
「すげえ、ほんとに雨が降ってきたぞ」
「だから、100%当たる予報って言ってるんですが」
畑の方からアグリカルさんとフレッシュさんが戻ってきた。
ずぶ濡れなのに二人とも笑顔だ。
「ウェーザ、よくやった! 大手柄だよ!」
「いやぁ、助かった! もうすぐ<太陽トマト>の収穫だってのに、今までの苦労が台無しになるところだった!」
二人は私の手を握ってブンブンと振り回す。
「役に立てたなら良かったです。あの、<太陽トマト>って何ですか?」
「ウェーザさんにはまだ説明していなかったね。その名の通り、太陽みたいに輝くトマトさ。普通の物より栄養が十倍くらい多いんだ。食べると日向ぼっこしているみたいに身体があったまるんだよ。見せてあげるからちょっとこっちにおいで」
フレッシュさんが畑の布をそっとめくってくれた。
<太陽トマト>が赤く輝いている。
「わあ、ピカピカ光っていてキレイですね」
「この実は水に弱いんだ。育っている間、少しでも水が当たると穴が開いてしまうんだよ」
「え? 水が苦手なんですか?」
疑問に思ったとき、アグリカルさんにポンポンと肩を叩かれた。
「ウェーザ、これを見てみな」
アグリカルさんは別の<太陽トマト>を持っていた。
それはしわしわで黒ずんでいる。
よく見ると、表面に細かい穴が開いていた。
「あっ、光ってないですね。それに小っちゃい穴がたくさんあります」
「こうなっちまったらもうダメさ。食べられないよ」
アグリカルさんは残念そうな顔をしたまま説明を続ける。
「水やりをするときは、絶対に実に水がかからないようにしないといけないのさ。だから、収穫するまでは雨番っていう係があるさね。一日中、畑の横で待機しているんだよ。雨が降ったらすぐに水避け布を被せられるようにね。それでも、何個かはダメになっちまって、ほとほと困ってたんだよ」
「僕たちも色々対策は考えていたんだけどなかなか難しくてね。<太陽トマト>はここの稼ぎ頭だから、なるべく損害は出したくないんだよ」
フレッシュさんも大事そうに畑を見ている。
「こういう作物は貴重ですね。王都にもないですし私も初めて見ました」
畑は広いから、特別な作物が他にもたくさんあるかもしれない。
「種を集めたりとかもアタシたちの大切な仕事さ」
「<太陽トマト>は、無事に生えている野生の苗を少しずつ持ってきて育てているんだ」
「なるほど、そうだったんですか……ちょっと確認したいのですが、この辺は天気が変わりやすいんですか?」
王都にいたときより空の表情がよく変わっている。
天気を外したことはないけど、気をつけないといけない。
「よく気づいたね、ウェーザ。その通りだよ。雨が降ったかと思いきやカンカンに晴れたりしてね。困ったもんさ」
「ロファンティの周りには大きな山が多いんだ。その影響なんじゃないかと僕は予想しているよ」
(大きな山?)
畑のさらに遠くでは高い山々がそびえている。
その辺りの気流は激しく動いていた。
フレッシュさんが言うように、山の影響は大いにありそうだ。
眺めていると、ギルドからラフさんが歩いてきた。
「そろそろ食堂に戻ろうぜ。飯が冷めちまうぞ」
ラフさんの一言で私たちは食堂へ戻った。
食堂は閑散としている。
お客さんがいたときは気づかなかったけどかなり広かった。




