第82話:お祭り
「そういえば、そろそろ祭りの時期だな」
ある日の昼下がり、ラフさんが思い出したように呟いた。
「ロファンティにもお祭りがあるんですか?」
「ああ、毎年やってるぞ。みんな思い思いの店を出して楽しむんだ」
「なんだか賑やかそうでいいですね」
「いつも活気のある街がさらに騒がしくなるな。街が総出でそれはもううるさいほどさ」
話すラフさんも楽しそうだ。
しばらくして、ロファンティのお祭りがやってきた。
今はギルドで打ち合わせをしている。
「アグリカル、俺たちは何を出す予定なんだ?」
「今年もうちは作物の出店をやるよ。去年よりもう少し大きくしようかね」
「僕もお手伝いします。みんなのおかげで作物の種類も増えたからね。昨年は出せなかった料理も出してみよう」
そして、準備をしていると、あっという間にお祭りの日になった。
小さな出店ではあるけど、ひっきりなしにお客さんがやってくる。
「じゃあ、ウェーザ。事前に教えた通りにやってくれればいいからな。ネイルスもよろしく頼む」
「はい、ラフさん。販売は任せてください」
「ウェーザお姉ちゃんとたくさん売るよ」
私はネイルスちゃんと販売の担当だった。
ラフさんは調理のお仕事で、フレッシュさんとアグリカルさんは裏方だ。
「頑張ろうね、ネイルスちゃん」
「うん! お客さん、たくさん来るといいね」
さっそく、数人のお客さんがやってきた。
「ウェーザちゃん。<満足モロコシ>の丸焼きは売ってるかい?」
「俺にも一本くれ」
「はい! 少々お待ちください!」
「今、用意しますね! お兄ちゃーん、注文入ったよー!」
ネイルスちゃんと一緒にテキパキと準備を進める。
お客さんは顔見知りの人たちばかりだった。
(“重農の鋤”はみんなに愛されているんだな……)
気が付いたらそんなことを自然に思っていた。
「あっ、ウェーザお姉ちゃん。広場の方で踊りが始まったね」
「ええ、それに音楽も聞こえてきたね」
バグパイプやアコーディオンの陽気な音楽が流れだす。
少し離れた広場では、踊り子がリズムに合わせて踊っている。
その鮮やかな衣装は、まるでカラフルな鳥がダンスしているようだった。
ロファンティの明るさを象徴しているみたいだ。
お店がひと段落したとき、ネイルスちゃんがため息交じりに呟いた。
「やっぱり、お祭りは楽しいなぁ。去年は参加できなかったから、より楽しいのかも」
「私も本当に楽しいわ。こんなお祭り初めてかも。王国にいたときは絶対に経験できなかったわ」
「こうして私が楽しめているのも、ウェーザお姉ちゃんのおかげだね。ありがとう」
ネイルスちゃんと一緒にお料理を売るのは、楽しかったし嬉しかった。
お客さんの笑顔が間近で見れる。
街ゆく人々の顔には笑みがあふれていた。
しばらく作物を売っていると、フレッシュさんとアグリカルさんが来てくれた。
「ウェーザ、調子はどうだい? 結構お客さんが来ているみたいじゃないか」
「疲れたら遠慮なく言ってね。すぐ僕たちが交代するから」
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。疲れなんか感じる暇もないくらい楽しいです」
二人ともお祭りが好きなんだろう。
明るい笑みをたたえていた。
「作物はまだまだあるからね。ジャンジャン売っていいよ」
「ウェーザさんが売っているって聞いたら、それだけでお客さんも集まりそうだね」
ギルドの出店は売れ行きが好調だ。
数時間も経たずにほとんどの作物が売り切れた。
お祭りもそろそろ終わりそうな雰囲気だ。
そして、さっきからラフさんはそわそわしている気がする。
ネイルスちゃんたちは顔を見合わせていた。
「お兄ちゃん、あとは私たちに任せて。先に上がっていいよ。出店もそろそろおしまいだから」
「ウェーザもそろそろ上がりな。ずっと販売をしていて疲れたろう。あとはアタシらに任せときな」
「片付けは僕たちがやっておくからね。ラフと一緒に先にお祭りを楽しんできなよ」
気遣ってくれるのはありがたいし、疲れているのも確かだ。
でも、片付けをやらせてしまうのは申し訳ない。
「ありがとうございます。でも、私も片付けのお手伝いを……」
「「いや、大丈夫だから」」
「は、はい」
私も片付けをしようとしたら、すかさず断られてしまった。
なんかみんなで結託しているような感じがするけど、気のせいかもしれない。
ラフさんも「そ、そうか? すまん」と言いながら、私の方に来た。
どうしたわけか、他のみんなはワクワクしながら私たちを見ている。
「さて、ウェーザ。お疲れだったな。たくさん客が来て大変だったろう?」
「あ、いえ、ラフさんもお料理お疲れ様でした。皆さん、すごくおいしいって喜んでいましたよ」
「そうか。それは良かった」
ラフさんは言葉を切ると佇んだ。
ネイルスちゃんたちは、片付けしつつなぜかチラチラとこっちを見てくる。
やがて、ラフさんは静かに、だけどはっきりと伝えてくれた。
「ウェーザ、俺と一緒に来てくれないか? その……渡したい物があるんだ」
渡したい物と言われ胸が高鳴る。
それだけで全てがわかったような気がした。
「はい……ラフさんの行くところなら、どこまでもついていきます」
「では、こっちに来てくれ」
ラフさんに手を引かれ歩き出す。
不思議なことに、世界には私たちだけしかいないように思えてしまった。




