第80話:多忙な日々
その後、“重農の鋤”に帰って来てから、穏やかな日々が戻ってきた。
だけど……。
「ウェーザ、すまないが先に上がってもいいか?」
「はい、もちろん大丈夫です」
「すまんな。道具は置いておいてくれ、後で俺が片づけるから」
そう言うと、ラフさんは足早にギルドへ向かう。
“栄光騎士”の爵位を授かってから、とても忙しそうなのだ。
朝早くから仕立て屋に行ったり、夜遅くまでギルドで作業していたりと、それこそ休む暇もないほどに。
「あの、ラフさん」
「ん? どうした、ウェーザ」
いなくなってしまう前に呼び止めた。
「もしかして、お仕事がお忙しいんですか? 私にできることがあったら遠慮なく言ってください」
爵位を授かったから、仕立て屋のお仕事も増えているのかもしれない。
“栄光騎士”の人が作った服なんてそうそう着れない。
私に縫ったりなんだりは難しいけど、少しでも力になりたかった。
「いや、大丈夫だ」
「……そうですか、呼び止めちゃってすみません」
「心配してくれてありがとうな、ウェーザ」
ラフさんはさくさくと“重農の鋤”へ向かう。
何度かお手伝いしますと言っていたけど、その度に大丈夫だと言われるだけだった。
きっと、ラフさんにしかできないお仕事なのだろう。
農作業も途中で切り上げないといけないことも多く、一緒に過ごせない時間が増えていた。
こんなに一緒に過ごせないのは初めてで、最近は不安に感じることが多かった。
畑仕事がひと段落して、ぼんやりと農場を眺める。
(そういえば、このところラフさんとゆっくりお話しもできてない気がする……)
同じ場所にはいるのだけど、お話しできないのはやっぱり寂しい。
そんなことを思っていたら、後ろから女の子の声がした。
「どうしたの、ウェーザお姉ちゃん。元気がないねぇ」
「ネイルスちゃん……」
ネイルスちゃんが心配そうな顔で私をのぞき込んでいた。
そのまま、すとんと私の横に座る。
「最近ふさぎ込んでいることが多いね。私でよかったらお話し聞くよ?」
「ありがとう、ネイルスちゃんは優しいね。でも、大丈夫……私は元気だから」
「ウェーザお姉ちゃん」
「は、はい」
ネイルスちゃんが、ずずいっと身を乗り出してきた。
急に大人っぽく見えてきてドキドキする。
「悩んでいることがあるんなら教えて。一人で考えていても解決しないと思うよ。私にできることだったら絶対に力になるから」
私の手をきゅっと握る。
小さいけれど、ラフさんと同じ優しさが伝わってくるようだった。
そのおかげで、正直に悩みを打ち明けようと思えた。
「いや、大したことではないの。ただ、ラフさんが忙しいみたいでね。もちろん、しょうがないのだけど、なかなか一緒に過ごせないのがどうしても不安になっちゃって」
「ああ、そのことね。まったく、お兄ちゃんはそういうところのフォローが足りないんだから」
ネイルスちゃんは呆れた様子で、ぷんっと怒っていた。
「何か事情を知っているの? 私には何も話してくれなくて……」
「お兄ちゃんはちょっと準備していることがあるんだよ」
「準備? お仕事じゃなくて?」
ネイルスちゃんはコクリと頷いている。
「お兄ちゃんは昔から言葉が足りないの。ウェーザお姉ちゃんを不安にさせちゃってごめんね」
「いや、それは構わないんだけど……ずっとお仕事が忙しいのかと思っていたわ」
「でも、心配しなくて大丈夫。お兄ちゃんは誰よりもウェーザお姉ちゃんのことを一番に思っているからね」
「ありがとう、ラフさんの気持ちは十分過ぎるほど伝わっているわ」
ラフさんの優しさ、私を大事に想ってくれている心は、言葉にされなくてもわかる。
「お兄ちゃんの準備はとっても良いことなの。まだ詳しく言えないけど、ウェーザお姉ちゃんもきっと嬉しいよ。だから、もうちょっと待っててね」
「ええ、わかったわ。ネイルスちゃんのおかげで安心したわ。ありがとうね」
ネイルスちゃんはにんまりしている。
その笑顔は太陽のように私の心を照らしてくれた。
翌日、いつものように畑でクワを振るっていたら、ラフさんが歩いてくるのが見えた。
「あっ、ラフさん。今日は農場ですか?」
「ああ、それもそうなんだが」
何やら言いにくそうな様子だ。
話したいことがあるらしい。
“重農の鋤”で一緒に過ごしているうち、そんなことにも気が付くようになっていた。
「ウェーザ、話があるんだ」
「は、はい」
ラフさんはいつにもましてキリっとして真剣だ。
私もクワを置いて姿勢を正す。
その雰囲気から、特別なお話なんだとわかった。
心して言葉を待つ。
「俺たちの……今後に関する話だ」




