第79話:叙勲
「着きましたね、ラントバウ王国に」
「ああ、何というか、あっという間だったな」
「アタシは品評会の光景が鮮明に思い出されるよ」
「こんなすぐに帰ってくるとは僕も思いませんでした」
“花の品評会”に参加したときより、今回の方が早く着いたような気がする。
良いことが待っていると思うと、気持ちも軽くなるのかもしれなかった。
王宮に向かうとルーズレスさんたちが出迎えてくれた。
「父上、母上! 来てくれたのですか!」
「ああ、お前の大切な友人だからな。私たちも一緒に祝えたら嬉しい」
「“重農の鋤”の皆さんには本当にお世話になりましたからね」
ルーズレスさんたちからは、すっかりとげとげしい雰囲気が消えていた。
優しいお父さんとお母さんといった感じだ。
私たちも握手を交わす。
「国王陛下からラフ殿に爵位を授けたい、と聞いたときは驚いたが、それと同時に当然だと思った」
「誰も反対する人はいなかったわ。それほど、あなたの功績は素晴らしいの」
二人とも私たちとの再会をとても喜んでくれていた。
「ルーズレスさん、シビアリアさん。またお会いできて光栄です。この前は本当にお世話になりました」
「その後は問題ないか?」
「<さすらいコマクサ>の栽培も順調かいね?」
やっぱり、そこが一番気になるところだ。
「ああ、何も問題はないさ。君たちのおかげで、“破蕾病”の患者も少しずつ減っている」
「国内の治安もさらによくなったわ。ラフさん、あなたともまた会えて光栄だわ」
そう聞いて、私たちはみんなホッとした。
貴族の皆さんが元気になるのもそう遠くはないだろう。
「さて、王宮広場までご案内しよう」
「みんな、あなたたちが顕彰される様を見ようと待ちかねていますよ」
「ああ、そうだな。よろしく頼む」
彼らに連れられ、私たちは王宮を進む。
バルコニーに出るや否や、大歓声で迎えられた。
「待ってましたぞー、ラフ殿!」
「“重農の鋤”の方々もよく来てくれた!」
「あなたたちを一目見ようと、みな集まったのですよ!」
貴族の人たちはみんな笑顔だ。
予想以上の反応にラフさんもビックリしていた。
「みなさん、とても嬉しそうですね」
「ああ、俺も驚いた」
目の前には王様と王妃様がいらっしゃる。
私たちを見ると、嬉しそうに手招きしていた。
「ようこそ来てくれた。さあ、こちらへ来てくれるかの」
「ああ、今行く」
私たちは王様たちの元へ駆け寄る。
みんなで並ぶと、会場は少しずつ静かになっていった。
「さて、遠路はるばるご苦労じゃった。お呼びしたのは他でもない。貴殿らの功績を称えるためである。まずは“重農の鋤”殿に栄誉を授けたい」
王様の声が王宮に響く。
ギルドマスターのアグリカルさんが一歩前に出た。
「貴殿らが提供してくれた<さすらいコマクサ>によって、“破蕾病”の民たちも全員快復に向かっている。改めて感謝の言葉を言わせてもらうぞ」
「なに、アタシらは当然のことをしたまでさ」
「これが栄誉の証である盾じゃ。代表のアグリカル殿、受け取ってくれまえ」
「ありがたく受け取らせてもらうよ」
王様は金色の小ぶりな盾をアグリカルさんに渡す。
ラントバウ王国の紋章が刻まれていた。
アグリカルさんが掲げると、王宮は一段と盛り上がる。
「「おおおー! いいぞー!」」
「さて、ラフ殿。次はお主の番だ」
「ああ」
王様に言われ、ラフさんがスッと前に出る。
(いよいよ、ラフさんの叙勲の瞬間だ……)
私はここにいる誰よりも緊張しているかもしれなかった。
「貴殿は悪徳貴族と薬師たちから、ラントバウ王国の大切な民を守ってくれた。これは非常に尊いことである。そこで、お主には“栄光騎士”の爵位を授けたい。これがその証じゃ」
「「わあああ!」」
王様は騎士の形をした金のブローチを掲げる。
日の光に当たり、きらりと輝いた。
会場は盛り上がっているけど、対照的にラフさんの顔には暗い影が差していた。
「だが……俺は呪われた一族“彷徨の民”だ。爵位なんて物を本当に貰っていいのか……正直なところわからないんだ」
ラフさんの呟くような声を聞くと、会場も少しずつ静かになる。
「ラフ殿……」
王様はラフさんの肩に優しく手を置いた。
その顔からは穏やかな思いやりがにじみ出ている。
「そんなことは気にしないでいい。お主は勇気と誇りのある男だ。それに、ワシはこの王国を差別のない国にしたいのじゃ。ラフ殿にはその象徴となってほしい」
「……俺が象徴に……?」
「ああ、そうじゃ。それに、ワシはずっと考えていることがある。お主のような立派な人間は身分に関係なく評価されるべきだとな。だから、ラフ殿にはぜひ爵位を受け取ってもらいたい。ワシの申し出を……引き受けてくれるか?」
ラフさんは顔を上げる。
その表情からは迷いが消え、代わりに笑顔が見えていた。
「ああ、喜んで受けるさ。ぜひ、爵位を賜りたい」
「それは良かった。その言葉を聞けて、ワシも嬉しいぞよ。では、ラフ殿。膝をついてくれるかの?」
王様に促され、ラフさんは膝をつき首を垂れる。
いよいよ叙勲の瞬間だ。
一瞬も見逃さまいと、真剣な気持ちで見る。
「なんだか、ドキドキするね。アタシまで緊張してきたよ」
「はい、私も緊張してきました。背筋が伸びるような気持ちです」
「僕はこの光景をこの先もずっと忘れない思うよ」
私たちだけじゃない。
集まっている全ての人たちが、叙勲の行く末を見守っていた。
王様が天高くブローチを掲げる。
気のせいか、そこだけ一段と明るくなったような気がした。
「ラフ殿には“栄光騎士”の爵位を授与する! 今後はラフ・グローリーナイトと名乗ると良いじゃろう」
「はっ!」
王様がラントバウ王国の紋章のブローチをラフさんの胸につける。
わあああ! という歓声で城内は包まれた。
「ラフ殿。これからも大切な人たちの傍にいてあげなさい」
「ああ、そのつもりだ」
王様たちが握手を交わすと、王宮は一段と盛り上がった。
ラフさんは珍しく照れ笑いしている。
「やっぱり、こういうことは慣れないな。少し緊張してしまった。おかしいところはなかったか?」
「おかしいところなんてありませんよ! ラフさん、すごくかっこよかったです。ブローチもすごく似合っていますよ。ブローチの騎士まで喜んでいるような気がします」
かっこよかった、と言うと、さらに照れていた。
ラフさんの新しい一面が見えたようだった。
「グローリ-ナイトなんてかっこいい名前を貰ったじゃないか! ネイルスもきっと喜ぶことさね!」
「まさか、ラフが貴族になるなんてね! 帰ったらさっそくお祝いしよう! みんな嬉しいよ!」
「ああ、俺も嬉しいぞ」
その胸には金色のブローチが誇らしげに輝いていた。
「俺は嬉しい……本当に嬉しいんだ」
「あっ、ちょっ、ラフさん……!」
突然、ラフさんにぎゅっと抱きしめられた。
周りから拍手が沸き起こる。
今度は私が照れなければならなくなった。
アグリカルさんもフレッシュさんもニヤニヤしているだけだ。
「そして、何よりも俺たちの間に会った壁がなくなった気がするんだ」
「ラフさん……」
恥ずかしいのに、それ以上に嬉しさで胸がいっぱいだ。
城内の歓声は、しばらく鳴りやむことはなかった。




