第8話:ギルドマスターとナンバー2
「うるさいねえ、何の騒ぎだい! いい加減にしな!」
「そんなに騒がれちゃ仕事にならないよ。次の栽培計画を考えているのに」
騒ぎを切り裂くように、階段から大きな声が聞こえてきた。
トントンと誰かが下りてくる。
キレイなお姉さんと、爽やかな雰囲気の男性だ。
特に、お姉さんからは只者ではないオーラが出ていた。
「「マ、マスター!?」」
「「フレッシュ!?」」
彼らの姿を見たとたん食堂は静かになる。
さっきまでの大騒ぎが嘘みたいだった。
皆、お姉さんに怯えている。
「どうした、フランク。そんな大騒ぎするってこたぁ、よっぽどの大事件なんだろうねぇ? ましてや、仕事をサボってんだからねぇ? んん?」
フランクさんはテーブルに座っていた。
片手には大きな酒瓶を抱えている。
顔も真っ赤だった。
つまり、言い訳のしようがないほど酔っぱらっていた。
「ラララララフが、女の子を連れてきたんだよ。それで嬉しくってつい……」
「へぇ、ラフが女の子をねぇ。珍しいこともあるもんだ」
お姉さんに頭の先からつま先までじっくりと見られる。
ただ見られているだけなのに、すごい威圧感だった。
(たぶん、この人が"重農の鋤"のトップだ)
倒れそうなほど緊張してきた。
「何か事情があるみたいだね」
「あ、あの、私は……」
説明しようとしたら、お姉さんの鋭い声で遮られた。
「ほら、メイ! さっさとキレイな服を用意してやんな! 風呂の支度もだよ!」
「は、はい! 今すぐ準備します! 少々お待ちを!」
メイさんは大急ぎでどこかに走って行く。
(着替えに……お風呂までいただけるの?)
「い、いや、でも、そこまでしていただくのは……」
ものすごく嬉しいけど、なるべく迷惑はかけたくなかった。
「遠慮はいらないよ。人の厚意はありがたく受け取るもんだ。その代わり、話は後で聞かせてもらうからね。まずはサッパリしてきな……男ども! なにジロジロ見てんだい! 見世物じゃないんだよ! フランク! さっさと飯を作らんか!」
「ひいいい! ただいまああ! どうかお許しをおおお!」
お客さんは瞬く間にいなくなり、フランクさんは猛ダッシュでキッチンに入る。
入れ替わるようにメイさんが帰ってきた。
「こっちだよ! 私についてきて!」
メイさんに手を引かれ、ギルドの奥へ連れて行かれる。
チラッとラフさんを見ると、マイペースにご飯を食べていた。
外から見た通り、建物の中も木造だった。
天井も壁も木が剥き出しになっている。
質素な造りなのか、歩くたびにギシギシと音が鳴るし装飾品だって一つもない。
でも、なんだか王宮より温かみがあって好きだった。
少し進むと、すぐにお風呂場へ着いた。
「うわぁ……すごい……」
大きな浴槽が一つと小さな浴槽がいくつかあった。
どれからも温かい湯気が立ち上っている。
「好きなとこに入っていいからね。着替えは外に置いとくから。しっかりあったまるんだよ。さっぱりしたら戻っておいで」
「は、はい! ありがとうございます!」
振り返ると、メイさんはもういなくなっていた。
申し訳ないので一番小さな浴槽につかる。
(はぁ……生き返る……)
身体の隅々まで癒されていく。
今までの疲れが吹き飛んでいくようだった。
(ここに来れて……本当に良かった)
気がついたら泣きそうになっていた。
温かいお湯につかり、緊張が解けてきたんだろう。
そのまま温まっていると、こわばった気持ちもほぐれ安心してきた。
(ふぅ…………あっ! そろそろみんなのところに戻らないと!)
お風呂もそこそこに上がると、出してくれた服を着させてもらう。
洗い立ての良い匂いがした。
これなら、く……香りが強いなんて言われないはずだ。
お風呂場から出るとラフさんがいた。
「今、フランクが飯を作ってくれてる。話が終わったら食えるぞ。アグリカルとフレッシュは、あそこの部屋で待っている」
そのまま、さらに奥の部屋へ案内された。
中にはさっきのお姉さんと男の人が座っている。
「風呂はどうだったかいな? その顔を見ると、お湯加減は大丈夫だったみたいだね」
「泥だらけの身体は気持ち悪かったでしょ? うちのお風呂はなかなか自慢の湯なんだ」
二人とも優しい顔で迎え入れてくれた。
「はい! とても気持ち良かったです! ありがとうございました!」
深々と頭を下げる。
心も体も元気が回復した。
「まずは自己紹介といこうかね。アタシはここでギルドマスターをやっている、アグリカルってもんだ」
「よ、よろしくお願いします。ウェーザ・ポトリーです」
ギュッと握手を交わした。
アグリカルさんは、頼りがいのあるお姉さんって感じの人だ。
目力のある猫目に、濃い紫の長い髪が鮮やかで美しかった。
タンクトップとショートパンツから出ている素肌には、煤のような汚れがついている。
意外なことに、その手は女性らしくないゴツゴツした手だった。
「そして、こいつはフレッシュ。このギルドのナンバー2さ」
アグリカルさんは隣にいる男の人を指す。
(え? この人がナンバー2? こんなに若そうなのに?)
見たところ、私やラフさんとあまり年が変わらなそうだ。
「初めまして、ウェーザさん。僕はフレッシュって言うんだ。よろしく。実はラフと同い年でね。この大男とは結構長い付き合いになるよ。そうだよね? ラフ」
「ああ、そうだな。腐れ縁ってヤツだ」
フレッシュさんはにこやかな笑顔がキラリと眩しい。
薄茶色の髪に着古した農作業着がよく似合っていた。
全身から良い人オーラが出ている。
握手しただけなのに、身のこなしの洗練さに驚いた。
貴族のお茶会にいてもおかしくないほどだ。
これほどまで好印象な人に初めて出会った。
(好青年という言葉を人間にしたら、絶対フレッシュさんみたいな人だ)
「ウェーザ・ポトリーです。よろしくお願いします」
フレッシュさんとも握手を交わす。
見た目に反して力が強かった。
フレッシュさんの手もゴツゴツしている。
ひとしきり挨拶が終わると、アグリカルさんが切り出した。
「悪いけどラフからだいたいの話は聞かせてもらったよ。あいつに色々聞くのはよしてくれって言うからさ」
え? とラフさんを見る。
正直、またあの話をするのは辛いと思っていた。
ラフさんは知らんぷりしている。
「婚約破棄に国外追放なんて……あの国もひどいことをするもんだね。もしアタシがあんただったら、その男と妹を殴り倒していたよ」
「その"赤い髪"だって、僕から見たら素晴らしくキレイだと思うけどね。その人たちはちょっと感性がズレていると思うな」
二人とも私の味方をしてくれている……。
嬉しくてまた涙が浮かんできた。
「さっき、ラフが話していたんだけどね。ウェーザ、あんたは天気がわかるって本当かい?」
「そんな人がいるなんて僕は初めて聞いたよ」
二人は身を乗り出すようにして聞いてきた。
「は、はい、そうです。私のスキル【天気予報】は100%当たる予報なんです」
「「100%!?」」
フレッシュさんとアグリカルさんは、そろって驚きの声を上げる。
ラフさんにはすでに話しているので特に驚いていなかった。
「明日の天気はもちろんわかりますし、魔力をたくさん使えば数か月先でもわかります。王宮では一週間先までの予報に集中していましたけど」
簡単に説明すると、みんなはシーンとしてしまった。
「そんな魔法のようなスキルがあるのかい!? アタシらにとっては女神だね!」
「す、すごすぎるよ! もしそうなら願ってもない人だ! 僕たちがどれだけ天気に悩まされてきたことか!」
二人とも人が変わったように食いついてくる。
「あの、何でしたら明日の天気をお教えしましょうか?」
話すだけじゃなく実際に見せた方がいいだろう。
「ぜひ頼むよ!」
「アタシも見てみたいね! でも、そんなすぐにわかるのかい?」
「ええ、空が見えればわかります。ちょっと待っててください」
窓から顔を突き出す。見渡す限り、大きな空が広がっていた。
(これだけ見えれば十分予報できそう)
ゆっくりと魔力を集中していく。
少しずつ身体の感覚が鋭くなってきた。
体力だって回復したから魔力も上手く扱える。
目の周りがキラキラと光り、風の流れや雲の作られている様子が手に取るようにわかってきた。




