第77話:一緒にいられるだけで……
ラフさんから出自の話を聞いた。
私との身分差に悩んでいることも。
静かに静かに話してくれた。
「ウェーザ。そういうわけで、俺は呪われた一族と言われることもあるんだ。今まで隠していて悪かった。どうか……気を悪くしないでくれ」
(まさか、そんな理由だったなんて……)
ラフさんは、ずっと一人で抱え込んでいたのだ。
しかも、出自という自分ではどうしようもない問題だ。
何より、気づけなかったことが申し訳なくてしょうがない。
そう思うと、自然に涙が零れた。
ラフさんが驚いた様子で気遣ってくれる。
「ど、どうした、ウェーザ……!? なんで泣いているんだ……!?」
「ラフさん、ごめんなさい……私は……気づいてあげられませんでした」
私の知らないところで苦しんでいたかと思うと、涙が止まらなかった。
「ラフさんの出自なんて、私は気にしません。むしろ、そのお話を聞いてラフさんの優しさの秘密がわかったような気がします」
「俺の……優しさの秘密……?」
「はい、ラフさんは自分がそんな辛い境遇にいたからこそ、他の人に優しくできるんだと思います」
「俺は……優しいのか?」
ラフさんはポカンとしている。
“重農の鋤”に来て実感していることがある。
本当に優しい人は、自分ではわからないのだ。
「だって、私が初めてロファンティに来たとき……すぐに手を差し伸べてくれたじゃないですか」
そう、ラフさんと初めて会ったときの無骨さと、そのときに垣間見えた優しさの理由がわかった。
ラフさんは色んな人から虐げられてきたからこそ、芯の強い優しさを身につけたのだと思う。
「ウェーザはそんなことまで覚えてくれていたのか」
「忘れるわけありません。あのときの安心した気持ちは一生忘れません」
知り合いも誰もいない初めての場所に来たとき、私は本当に心細かった。
それを救ってくれたのがラフさんだったのだ。
この人に出会えたことで人生が変わったと思う。
「俺もあのときウェーザに出会えて良かったよ。お前のおかげで今の俺があるようなもんだからな」
「今思えば、これも運命だったのかもしれませんね。会うべくして会ったといいますか……」
「俺は運命なんて信じないがそんな気がするよ」
身分の差。
こればかりは、自分たちではどうにもできない。
もどかしさや歯がゆさなどが心の中に渦巻いた。
空には流星群が絶え間なく流れている。
それを見ていると、私の気持ちはハッキリしてきた。
「私は……ラフさんが好きです」
横を向き、ラフさんの顔を正面から見る。
ラフさんはハッとした驚きと、嬉しい笑顔が入り混じった表情だった。
そのまま静かに気持ちを伝える。
「気がついたときには、ラフさんが好きでした。ラフさんはいつも私のために行動してくれますし、優しいし、仲間想いですし……。ギルドメンバーとして、大事な仲間としてではなく……一人の男性として好きなんです」
「ウェーザ……」
ラフさんの手をそっと握る。
その大きな手は、いつも私を包み込んでくれていた。
今度は私も包み込む側になりたい。
「ラフさんの出自がどうあれ、これだけは確かです。私は何があってもラフさんのことがずっと好きです。私はラフさんと一生を添い遂げたいと思っています」
流星群は静かに流れている。
私の心のように穏やかな風景だった。
「ウェーザ、お前の気持ちは本当に嬉しい」
ラフさんはそっと私の手を握り返す。
大きくて柔らかくて優しい手だった。
その顔は薄っすらと笑っている。
「俺もウェーザのことは誰よりも大事に思っている。それこそ、一生をかけて守るつもりだ。ウェーザとはいつまでも一緒にいたい」
「そのお言葉を聞けて……私は本当に嬉しいです」
どんなに辛いことがあっても大丈夫な気さえしてくる。
ラフさんは優しく私の手を握りしめてくれた。
「だけど……今は一緒にいられるだけで幸せなんだ。俺はもう少し、その幸せを噛みしめていたい」
「ラフさん……」
その言葉、表情だけで、やっぱり身分の差が重くのしかかっているのだなとわかった。
すぐには解決できない問題だ。
ラフさんは握っていた手をそっと離す。
「さて、そろそろ流星群もおしまいのようだ。体が冷えるとまずい。ギルドに戻ろう」
「あっ、ラフさん」
ラフさんはスッと立ち上がる。
その静かな背中から、このお話はもうおしまいだと伝わってきた。
私も後を追う。
ネイルスちゃんとバーシルさんがやってきた。
「ネイルス、お願い事はちゃんとできたか?」
「できたよ! 流星群キレイだったねぇ。また来年も見たいなぁ」
『俺も願い事をたくさんしたぞ!』
二人と話すラフさんはいつもと同じ顔だった。
「ねえ、ウェーザお姉ちゃんもお願い事した?」
「え、ええ、そうね。私もいっぱいお祈りしたわ」
みんなと一緒にギルドへ戻る。
空を見ても、流星群はもう流れなかった。




