第74話:浮かない表情
「ギルドに帰ってきましたね! ……はぁっ、空気もラントバウ王国と違う感じがします」
「ああ、ずいぶんと久しぶりな感じだ。家に着いたようで安心する」
「みんな元気にしているかなぁ? 特にバーシルとか寂しがっていただろうね」
「元気に決まっているさね。さあ、あとちょっとだよ」
その後、私たちは“重農の鋤”に戻ってきた。
どっしりとしたギルドを見ていると、それだけで心が落ち着く。
思い返せば、こんなに長く“重農の鋤”を離れていたのは初めてかもしれなかった。
(ラントバウ王国では本当に色んなことがあったな。でも、無事に帰ってこれて良かった)
“花の品評会”に始まり、悪い貴族や薬師たちの悪事を暴いたり……こんなに密な時間を過ごしたことは今までない。
この先も忘れることはないだろう。
<さすらいコマクサ>を分ける計画も立てなければならない。
みんなでギルドに向かっていたら、真っ先にネイルスちゃんとバーシルさんが走ってきた。
「おかえりなさい、みんな!」
『ずいぶんと遅いから心配したぞ!』
「「ただいま」」
二人はフレッシュさんを見ると、思いっきり抱き着く。
勢いが強すぎてみんな地面に転がってしまった。
「やった! フレッシュは“重農の鋤”にいられるんだね! 私、本当に嬉しい!」
『ということは、品評会も優勝したんだな! なんとなく、そんな気がしていたぞ!』
「ああ! みんなのおかげだよ! これからもよろしく!」
みんな本当に幸せそうだ。
そして、そんな私たちを見てギルドの人たちも駆け寄ってきた。
「おーい! フレッシュたちが帰ってきたみたいだぞー!」
「これからも“重農の鋤”にいられるんだな! 本当に良かったなぁ!」
「お前たちなら大丈夫だと思っていたさ!」
あっという間にギルドメンバーに囲まれる。
「ウェーザお姉ちゃん! ラントバウ王国であったことを教えてよ!」
「ええ、もちろんよ。本当に色んなことがあったのよ。まず、“花の品評会”では……」
「ウェーザ、話すなら宴で話そうじゃないか。ほら、ネイルスも準備を手伝っておくれ」
みんなに手を引かれギルドへ向かう。
そして、すぐに宴が開かれた。
日付が変わるまでずっとどんちゃん騒ぎだった。
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“重農の鋤”に戻って数日間経った。
生活リズムもすっかり戻り、いつもの日常が戻ってきた。
今日もラフさんと畑を耕している。
でも、気がかりなことが一つあった。
「ラフさん、もうじき<羽衣タマネギ>の収穫ですね」
「ああ、そうだったな。例年より育っているから収穫量が多くなりそうだ」
このところ、ラフさんの顔が暗い気がするのだ。
普段から無表情なことが多いけど、どことなく影が差している。
「フランクさんも新メニューをたくさん考えてくれているみたいです。見たこともない料理を作るって張り切ってました」
「ははっ、アグリカルに怒られそうだな」
ラフさんは笑いつつも、いつものような元気がなかった。
そして、以前にも同じような表情を見たことがある。
(やっぱり、ルークスリッチ王国の晩餐会に行ったときと同じ表情だ……)
あのときも考え込むような、不安を覚えているような雰囲気だった。
きっと、何か嫌なことがあったのだ。
だけど、ラフさんのことだから、自分で考えて結論を出したいのかもしれない。
(あまりしつこく聞いても迷惑だろうし……)
とはいったものの、ラフさんには元気になってほしい。
どうしたらいいんだろう? と、思ったとき閃くことがあった。
これならきっと元気が出てくるかもしれない。
「ラフさん、私から提案があるのですが」
「どうした、ウェーザ」
「そろそろ流星群の時期ですよね? みんなで一緒に見に行きませんか?」
毎年、ロファンティには流星群がたくさん流れる時期があるそうだ。
ちょうど今くらいだと聞いている。
「そうか、もうそんな時期だったか。このところ切羽詰まった毎日だったからな。いいじゃないか? みんなの気晴らしになりそうだ」
「晴れている日にちは私の方で予報しますのでお任せください」
私はまだ流星群を見たことはない。
でも、きっと心を奪われるくらい美しいのだろう。
キレイな星空を見れば気持ちも変わるかもしれない。
みんなにもそうだけど、何よりラフさんに元気になってほしかった。
夕食の時間のとき、みんなにお話しすると快く了承してくれた。
「もう流星群の時期なんですねぇ。去年はなんだかんだ忙しくて見られませんでしたよね」
「そうだったね。アタシも去年は残念だったよ」
「例年通りだと、流星群は次の新月辺りだろうな」
「ではその辺りの天気を予報してみましょう」
「頼む、ウェーザ」
深呼吸をして、体の魔力を集中する。
空を見ていると、いつものように雲ができる様子や風の流れる様子がわかってきた。
(【天気予報】スキルを使うのは、なんだか久しぶりな気がするな)
西の方に灰色の雲ができつつある。
厚みがあって雨を降らすような雲だ。
でも、この近くに来るまでにちぎれて小さくなる。
霧を作るような薄いきり雲に変化する。
ちょうど新月の当日はしっとりとした雨が降りそうだ。
風邪を引かないように、念のため前日か翌日にした方がいいだろう。
「予報が終わりました。新月の日が雨が降るので、その前日か翌日の方がいいかもしれません」
「なるほど、じゃあ翌日にしようかね。雨が降った後だから空気もスッキリしているし、流星群も見やすいと思うさね」
「僕もアグリカルさんに賛成です。いやぁ、なんだかもう楽しみになってきたなぁ」
みんなで流星群の思い出を話しているうちに夜も更けてきた。
明日も早いので、みんなそれぞれ自室へ戻る。
ギルドの階段を登り、二階に着いたときラフさんと挨拶を交わす。
「おやすみなさい、ラフさん。たくさんの流星群が降ってきたらキレイでしょうね」
「ああ、そうだな。本当に落ちてきそうで少し怖いときもあるが」
「どんなお願い事をするか、今から考えておきます」
「俺も考えておくとしよう」
みんなと別れて自室に入る。
空には星が瞬いていた。
月明かりに照らされ、農場が薄っすらと見える。
やっぱり“重農の鋤”の農場が一番美しくて心が落ち着くと思った。
(どうかキレイな流星群が降り注ぎますように。そして、ラフさんが元気になってくれますように……)
夢の世界に入るまで、空に向かって祈っていた。




