第72話:対峙
その後、あっという間に2週間経った。
私たちはクライム公爵の水源地に来ている。
そして、目の前には……。
「ルーズレス卿。我らが水源地にようこそ」
「こんにちは、大公爵。初めてお目にかかります、薬師のヴァイスと申します」
老紳士と若い男性が数人。
クライム公爵と薬師たちだろう。
特に、若い男性たちはなんとなくイヤな雰囲気だ。
そして、私は以前も似たようなオーラを感じたことがあった。
(そ、そうだ。ロファンティに初めて来たとき、奴隷商人と遭遇したときの感覚だ)
隠し切れない悪意が滲み出ているようで、薄気味悪さが伝わってくる。
「さて、クライム公爵。我々が来た理由は知っておろう。貴殿が土地を貸し与えている者に、“破蕾病”が多数出ているようだな」
「ああ、そのことか……。チッ、他言するなと言ったのに」
ルーズレスさんが話すと、クライム公爵は静かに舌打ちしていた。
「今のところ“破蕾病”は、貴殿の元で働いている貴族たちからしか出ておらん。だが、これ以上広がる前に詳細な調査をすべきなのは明白であろう」
「その件については、私に一任させていただきたいですな。ルーズレス卿には関係ないでしょう」
「いいや、関係は大有りだ。“破蕾病”がこれほど多発するのは私も初めて聞いた。特殊な原因が考えられる。これ以上、王国全土へ広がる前に食い止めるべきだ。それに、どうして隠そうとするのだ。公爵などという大きな貴族であれば、他の者たちのために行動するべきだろう」
「ぬぅ……」
こちらの言い分は正当なので、向こうも反論できないようだった。
「話を聞く限り、そこの薬師が作ったという薬にも怪しい点がありそうだ。なぜ薬を飲んでも再発するのだ」
「ですから、それは新種の“破蕾病”の症状でございまして……」
薬師は揉み手をしながら説明する。
やけに低姿勢だった。
その張り付いたような笑みから真意が見えてくるようだった。
私も毅然とした態度で話す。
「この泉の中央に、不気味な像を設置したのはあなたたちではありませんか?」
「像? そんな物どこにもないではないか」
「本当です。この泉の真ん中に毒を生み出す像があるんです」
「お嬢ちゃん、言いがかりは良くないなぁ」
クライム公爵と薬師はニヤニヤしている。
「いいえ、あるのです。普段は隠されていて、お天気雨が降るときに姿を現すのだと考えられます」
お天気雨と言うと、彼らはぴくりとした。
コソコソと顔を見合わせている。
「お、おい、ヴァイス。感づかれているぞ。どうするんだ」
「も、問題ないでしょう。いつ降るかわからないのですから」
「確かに、それもそうだな……まさか、天気雨が降るまでずっと待ち続けるなど言わないでしょうな。ワシたちも忙しいのですぞ」
打って変わって、クライム公爵たちは得意気な顔になった。
「お天気雨はもうじき降ります。もう少し詳しく言いますと、正午になったら降ってきます」
「またそんな出たらめを……話にならんな。お主はいったい何者なんだ? まさか、予言者などとは言うまい」
「私はウェーザ・ポトリーと申します。天気が100%わかる【天気予報】スキルを持っています。ルークスリッチ王国で王宮天気予報士を務めています」
「「っ!?」」
【天気予報】スキルのことを話すと、クライム公爵たちは明らかに動揺しだした。
薬師と手下はコソコソ話している。
「ボ、ボス、天気が100%わかるって本当でしょうか? そんなヤツ見たことありませんで」
「俺だって聞いたことがねえ。だが……像の存在が明らかにされたら終わりだ。念のためずらかるぞ。クライムの屋敷に帰ったらすぐに金をまとめろ」
そっと逃げようとしたけど、すかさずグーデンユクラ家の衛兵たちが森の中から出てきた。
逃がさないよう、ルーズレスさんが手配していたのだ。
「なぜ逃げ出そうとする。邪なことがなければもっと堂々としていたまえ」
「「あっ……ぐっ……」」
クライム公爵たちがそわそわしている間にも時間は進む。
正午はもう間もなくだった。
南の方から少しずつ雲が流れて来ていた。
晴れ間はしっかり見えている。
そして、太陽が真上に登ったとき、パラパラと小さな雨が降り出した。
クライム公爵もヴァイスという薬師も、絶望の表情で空を見ている。
「そ、そんな……本当に降り出すなんて……あ、ありえん」
「ウ、ウソだろ……こ、これじゃあ、俺たちは……」
泉の中央の空気が歪んでいく。
何もなかったはずの空間に、不気味なあの像が姿を現した。




