第69話:急変と計画
「“破蕾病”を起こす毒なんて、アタシも聞いたことがないよ」
「僕も聞いたことさえありません。その薬師が造った可能性がありますね。知識も豊富でしょうし」
婦人の話を聞いて、私たちは計画を考えていた。
「薬師の目的はなんだ? 金か……?」
ラフさんの呟きを聞くと、婦人はぴくりとした。
あの、と婦人にそっと話しかける。
男の子に聞こえないよう小さな声で話した。
「薬師の出す新しい薬とは高額なのですか?」
「……ええ、だいぶ高いですね。<さすらいコマクサ>を使わない分、貴重な素材が必要だと言っています。薬代だけでも貯蓄を結構使ってしまいました」
「なるほど……」
「この子の病気が治るのなら安いものです」
婦人の言葉や態度から、子どもを大切に想う気持ちが伝わってくる。
「再発について、薬師はどのように言っているんですか?」
「新種の“破蕾病”だと言われました。薬を増量すれば治るそうです」
「なるほど……また新しく薬を買わないといけないわけですか」
たぶん、薬師の目的はお金儲けだろう。
話を聞く限り、クライム公爵も手を組んでいそうだ。
(こんな“破蕾病”の話を聞くなんて……)
もし、薬師が医術の知識を悪用しているとなれば、これはかなりの大罪だ。
黙って聞いていたルーズレスさんが、静かに口を開いた。
「クライム公爵は抜け目がない男だ。もし事実であっても、証拠を見つけるのは難儀しそうだな。像が見えなくなったというのも何か理由があるはずだ」
「すでに撤去されたのか、はたまた見えなくなっているだけなのか……やはり、ここは実際に調査へ向かった方が良さそうだな。見間違えの可能性もあるが、まずは実際に確かめてみよう」
「アタシもそう思うよ。見た方が早いさね」
「みんなで調査にしに行こう。きっと何か見つかるはずさ」
ラフさんの意見にはみんなが賛成みたいだ。
「……っ!」
「ど、どうしたの、坊や!」
突然、男の子が苦しみだした。
体を抱えて床にうずくまっている。
マントから出ている腕のツタ模様が、怪しく光っているのが見えた。
婦人は悲鳴に近い叫び声を上げる。
「か、体が痛い……」
「ああ、私の大切な坊やが! 坊やが!」
フレッシュさんとアグリカルさんが慌てて駆け寄る。
男の子の腕を見ると、二人とも深刻な表情になった。
「大変だ……“破蕾病”がかなり悪化しています。花が咲いていないのに痛みが出るなんて」
「……こんなにひどいのはアタシも初めて見るさね。まずは暗いところに連れて行かないと」
「父上、どこか別の部屋を用意してください! あと、冷たいお水もたくさん用意を!」
「よし、すぐに準備する! 誰か来てくれ!」
ルーズレスさんが叫ぶと、使用人たちが集まってくれた。
男の子に布を被せながら別の部屋へ連れていく。
婦人はアグリカルさんにしがみついていた。
必死の形相だ。
「坊やは平気なの!? どうなるの!? 助かるわよね!?」
「大丈夫さね。まずは落ち着きな。ほら、深呼吸するんだよ。母親が取り乱したら、子どももさらに動揺するだろう? これから応急処置をするさね。フレッシュ、一緒に頼むよ」
「はい、僕もお手伝いします。ご婦人、お子さんは大丈夫です。一時的な発作だと思いますので、まずは症状を和らげましょう」
「え、ええ……そうね。ごめんなさい、パニックになってしまったわ」
二人ともさすがだ。
あっという間に婦人は落ち着いた。
たったあれだけのやりとりで、彼らの度胸や勇気が伝わってきた。
ネイルスちゃんのときの経験が活きているのかもしれない。
二人は婦人を気遣いながら、男の子と一緒に別の部屋へ移動した。
傍らのラフさんに話しかける。
「あの二人がいてくれて良かったですね。私だけだったらどうしようかと思ってしまいました」
「ああ、ネイルスが“破蕾病”になったときも本当に世話になった。あいつらは肝が据わっているよ」
やがて、室内は静かになり、アグリカルさんとフレッシュさんが戻ってきた。
婦人は男の子と一緒に残ったらしい。
「あの、さっきの男の子は大丈夫ですか?」
「もう心配いらないさね。痛みも消えたよ。しばらく、暗い部屋にいた方がいいけどね」
「とは言っても、応急処置は応急処置さ。早く治してあげたいよ」
二人とも悲しそうに、男の子が寝ている部屋を見ていた。
さて、とラフさんが言う。
「ゆっくりしている時間はなさそうだな。今すぐ調べに行ってみよう。ウェーザ、一緒に来てくれ」
「はい、もちろんご一緒します。“破蕾病”の手がかりを見つけましょう」
「アタシも行くよ。大人数で行った方が効率いいだろ?」
「僕だってジッとしているのはイヤさ」
一緒に来てくれるという二人を、ラフさんは丁寧に断る。
「すまないが……フレッシュとアグリカルはここに残ってくれないか? 俺たちより“破蕾病”の知識が豊富だからな。少年の手当てをお願いしたい。また症状が悪化するかもしれん」
「まぁ、それもそうだね。じゃあ、アタシらは残るよ」
「充分に気をつけて行ってきてよ。相手はクライム公爵だからね」
ルーズレスさんから簡単な地図をもらい、私たちはクライム公爵家の水源地へと向かって行った。




