第67話:金の卵(Side:???①)
「ボス、また例のガキと母親が来ましたぜ。ボスの予想通り、ツタ模様のアザが濃くなってますや」
「よし、うまくいっているようだな。通せ」
ここはある貴族の屋敷の一角。
部下の一人に指示すると、一組の母子が入ってきた。
どちらも貴族にしては貧相なナリだ。
母親が申し訳なさそうに話す。
「こんにちは、ヴァイス様。この子のアザが濃くなってきてしまいまして、診てもらえませんか? ほら、坊やも挨拶して」
「……」
別に寒くない季節だというのに、ガキはやたらと厚着している。
だが、風邪などの病気にかかっているわけではない。
ガキは“破蕾病”なのだ。
くくく、俺が発病させたとは微塵も思わないだろう。
「う~む、おかしいですね。私の作った薬を飲んで“破蕾病”は治ったと伺いましたが」
「はい、お薬を飲んだときはキレイに治ったのですが……またアザが出てきてしまったのです。今ではランプの光でも痛がるようになってしまいまして……」
「なるほど、わかりました。もう一度診てみましょう」
「坊や、痛いけど我慢してね」
母親はガキの服を脱がす。
腕にはツタ模様のアザが浮かんでいた。
この前見たときより濃くなっている。
大方、俺の予想通りに進行しているようだ。
「たしかにアザが濃くなっていますね。痛くて苦しいことと思います」
「お薬をきちんと飲んだのにどうして治らないのでしょう」
ガキの腕を入念に見るフリをする。
「ふむ……どうやら、これは新種の“破蕾病”ですね」
「新種の“破蕾病”……でございますか?」
「ええ、北の国で見たのと症状が同じです。このままではさらに悪化してしまうでしょう」
「そ、そんな……」
母親は絶望の表情だ。
俺は内心笑いが止まらなかった。
ハハハ、そんなわけねーだろうが。
新種なんて真っ赤なウソだ。
まぁ、俺が造ったと考えたら新種と言えるかもな。
「大丈夫です、心配はいりません。私の開発した薬を増やしましょう。量を多くすれば治りますよ。とても強力な薬なので」
「ああ、ありがとうございます。ヴァイス様。これでこの子も救われます。<さすらいコマクサ>がまったく見つからないので、どうしようかと思っておりました」
「それなら良かったです。あの花はなかなか見つからないことで有名ですからね。では、お代の方をいただけますか? 高くて申し訳ございませんねぇ。この秘薬の材料は入手が難しくて……」
「いえいえ、この子のためならいくらでもお出ししますわ。これくらいで足りるでしょうか」
「ええ、もちろんです」
病気になったガキのためなら、親はいくらでも金を出す。
俺にはこいつらの顔が札束に見えて仕方がない。
“破蕾病”とその病人は、まさしく金の卵だ。
「ありがとうございました、ヴァイス様。これでこの子も救われます」
「いえいえ、病人を救うのが薬師の仕事ですから。では、お薬をきちんと飲んでくださいね」
上辺だけの笑顔で送り出す。
病人は不安に苛まれているからな。
ちょっと笑顔を見せるだけで、すぐに信用する。
騙すのは簡単だ。
そして、入れ替わるように初老の男性が入ってきた。
「調子はどうだ、ヴァイス?」
「はっ、おかげさまで上々でございます」
こいつはクライム公爵。
ラントバウ王国でも有数の貴族だが、かなり強欲な人物らしい。
俺が“破蕾病”で商売することを提案すると、すぐ話に乗ってきた。
「“破蕾病”の特効薬は<さすらいコマクサ>で作った薬。だが、材料の花が非常に貴重だからな。ラントバウ王国でもなかなか見つからん。そこに目を付けた貴様は悪事の才能があるな」
「いえ、それほどでも」
「それにしても、貴様の作った偽薬は巧妙だな。一時的に治すというのは良くできておるわ。治ったと見せかけて症状を悪化させれば、貴族たちはまた薬を欲しがる。貴族たちがおかしいと言っても、新種の“破蕾病”の症状だと言えば誤魔化せるしな」
俺が造った秘薬は、ただの偽薬だ。
“破蕾病”を治す力などまったくない。
いや、むしろ悪化させられる。
「しかし、貴様はこの方面の知識が豊富だな」
「元々、私はとある国で宮廷薬師を務めておりましたので」
これは真実だ。
俺は遠く離れた国で宮廷薬師までなった男だ。
だから、医術や薬、毒の知識はたくさん持っている。
まぁ、医術を悪用しようとしたら追い出されてしまったわけだが。
クライムに取り分の金を渡す。
「貴様のおかげでワシの収入も増えておる。感謝しなければならないな」
「いえ、お礼を言うのは私の方でございます。クライム様のおかげで商売がスムーズにできておりますので」
少し前、この国はハリケーンに襲われたらしい。
農場が潰れて困った小さい貴族がたくさん出た。
そこにクライムは目を付けた。
土地と家を貸し与えるという名目で契約を結び、搾取に近い形で金を吸い上げている。
その土地と家の水源地はみな同じと聞いたとき、俺はすぐさま閃いた。
水源地に“破蕾病”を起こす毒の像を置く。
そうすれば、弱小貴族たちが発病し、偽薬で一儲けできる。
<さすらいコマクサ>がまだ見つかっていないというのも好都合だった。
農場が潰れたとはいえ、貴族は貴族。
庶民よりかは金を貯め込んでいる。
「それにしても、クライム様はたくさんの貴族たちに土地を貸しているのですね。ここまで大きい家はなかなかないでしょう」
「大したことではない。農場が立ち行かなくなった小さい貴族を吸収してきただけだ」
クライムの元で働いている弱小貴族はたくさんいた。
これはかなり儲かるぞ。
「ところで、像の方は大丈夫だろうな。れっきとした証拠だぞ」
「問題ございません。非常に強固に造った上、誰にも見つからないよう透明化する闇魔法もかけています」
俺は魔法も少し齧っているからな。
毒の像には特殊な結界をかけてある。
普段は姿を現さない。
とある気象条件のときだけは魔法が解けてしまうが、何も心配はいらなかった。
天気なんて不確かな物は誰にも予想できないのだ。
「いずれはこの商売をもっと大きくしたいものだな。その時は貴様の力も借りるぞ」
「ええ、もちろんでございます」
クライムは“破蕾病”で本格的な商売をしようとしているらしい。
今はお試しといったところか。
まぁ、その頃にはとんずらしているかもしれないがな。
俺たちは基本的に長居はしない。
稼ぐだけ稼いだら、すぐに国を変える。
国が違えば法律も違うし風習も違う。
俺たちの後を追ってこれるヤツなど、どこにもいない。
だが、不安がないと言えばウソになる。
「クライム様。この件が他の貴族たちに知られると、少々厄介なことになると思うのですが……その辺りはいかがでしょう」
「問題ない。“破蕾病”のことは他言しないよう厳命している。我が土地から出るなど恥だとな」
クライム自身、閉鎖的な性格をしているらしい。
契約していない貴族が屋敷に来ることもほとんどなかった。
「あの、クライム様! 突然失礼いたします!」
クライムと話していると、さっきとは別の女貴族が慌ただしく入ってきた。
貴族らしからぬ必死さだ。
「どうした、騒がしくするんじゃない」
「そ、それが、子どもの“破蕾病”が悪くなってしまったんです! 新種の“破蕾病”ということでしたが、もしかしたら薬に……」
「黙れ! さっさと出ていけ! 言われた通りに薬を飲むんだ! まさか……ワシの紹介した薬師が怪しいとでも言うのか!?」
「い、いえ、そのようなことはありません! 申し訳ございませんでした!」
貴族はすごすごと引き下がる。
こいつらはクライムの手下のような者たちだ。
逆らえるはずもない。
クライムが固く口止めしているので、他言される心配もない。
楽な商売だ。
さて、稼ぐだけ稼いだらとんずらしよう。
もう少し稼がせてくれよ。




