第66話:破蕾病の出現
「ウェ、ウェーザ嬢……それにフレッシュも……」
「私たちは“破蕾病”を治した経験があります。きっと、お力になれると思います」
「うむ……し、しかし……」
「他国の方に話していいものでしょうか……」
ルーズレスさんたちは言い淀んでいる。
でも、あの病気の怖さ、辛さはネイルスちゃんだけでなく私の身にも染みていた。
苦しんでいる人がいるならば、少しでもどうにかしたい。
「“破蕾病”の怖さは私もよく知っています。どうか、お話願えませんか?」
「俺の妹もその病気になっていたんだ。今はもう完治したがな。俺たちにも話してくれないか?」
「アタシらにも多少の知識はあるよ」
「父上、母上、お願いです。話してください」
「そうだったのか……ラフ殿の妹君まで」
みんなで話すと、ルーズレスさんたちも静かに話し出してくれた。
「ラントバウ王国では、最近“破蕾病”が報告され始めてな。我々も相談を受けているのだが、対処に困っているのだ」
「昔はそんなことはなかったのよ。本当にここ最近ね。なので、“重農の鋤”で育てているという<さすらいコマクサ>を私たちにも分けてくれないかしら?」
「ええ、それはもちろんお分けしますが……。再発したというのはなんでしょうか」
「再発なんて俺も聞いたことがないな」
“破蕾病”は<さすらいコマクサ>から作った薬を飲めば完治するはずだ。
ネイルスちゃんだってしっかり治った。
アザが復活することもない。
「そのことなのだが……」
ルーズレスさんたちは顔を見合わせると、深刻な表情で話し出した。
「“破蕾病”が報告され始めてから、流れの薬師が来てな。とある国の宮廷薬師も務めたことがあるという触れ込みだ。どうやら、<さすらいコマクサ>を使わない“破蕾病”の新しい薬を作ったらしい」
「え、そんな薬があるのですか?」
「ああ、なんでも長年の研究成果だそうだ。<さすらいコマクサ>は王国でも見つかっておらん。私も聞いたときは画期的な発明だと思った」
ネイルスちゃんの“破蕾病”を治すときは、そのような薬はなかった。
だから、あんなに必死になって<さすらいコマクサ>を探し出したのだ。
ギルドのみんなも聞いたことがないようだった。
「ですが、再発するとは変です。まだ試作段階の薬なんでしょうか」
「どうやら、一時的にはアザが消えて治るらしい。だが、少し経つとぶり返すと聞いている。さらには症状がより強くなるようだ」
「それは、なんだか怪しいですね。治ったと思ったのにまた症状が出るなんて」
「僕も変だと思います。<さすらいコマクサ>から作った薬であれば完治するはずですから」
一旦治ってもぶり返すのでは意味がない。
それどころか、症状が強くなったらより苦しんでしまう。
どうしてそんな薬を売るのだろうと思った。
「そして、奇妙なことに一部の貴族に多発している。どの病人も……クライム公爵の土地で働いている者たちなのだ」
「「クライム公爵……(ですか)?」」
ルーズレスさんとシビアリアさんは話を続ける。
「ラントバウ王国でも有数の大貴族だ。我らにも負けないほど規模が大きく、政治への発言力も強い」
「以前、大嵐で農場がダメになった小さな貴族がたくさんいたの。そういう人たちは使用人も雇えなくなっちゃってね。クライム公爵はそのような貴族に土地や家を与えて、また農業ができるように契約していたのよ」
「なるほど……話を聞いている限りですと良い人に思えますね……生活を支援しているということですよね」
自然災害で困っている人に土地を分けて、生活の立て直しをサポートする。
むしろ、良い行いをしているように聞こえた。
「表向きはウェーザ嬢の言うとおりだ。だが、実際は地主と小作人の関係に近いようだ。クライム公爵は税という名目で、厳しく作物や金を徴収しているらしい」
「昔から良いウワサをあまり聞かない家なの。それとなく私たちも意見しているのだけど、よその貴族にあまり口出しはできないのよ」
ルークスリッチ王国でも、貴族は互いに深く干渉することはなかった。
その辺りは貴族特有の文化なのかもしれない。
「それで、“破蕾病”のことを相談してきたのは、クライム公爵と契約している貴族の方ですか?」
「ああ、そうだ。“破蕾病”と薬の件はかなり固く口止めされているようでな。私も最近まで知らなかった。ようやく数人が話してくれたような状況だ」
「口止め……ですか。なぜ隠したがるのでしょう」
「クライム公爵は、自分の土地から“破蕾病”が出るなど恥だ、などと言っているらしい。他言すると薬師が治療に専念できなくなる、ともな。契約している貴族たちも、立場上相談しにくいのだろう」
ルーズレスさんの話は終わり、室内は静かになった。
どことなく薄気味悪さを感じる話だ。
ずっと黙って聞いていたアグリカルさんが口を開いた。
「聞けば聞くほどおかしな話だね。アタシには知られたくないことがあるような気がしてならないよ」
「俺もそう思う。薬を飲んでも“破蕾病”が再発するというのは、もっとよく調べるべきだ」
「他の貴族に相談すれば、同時に警告にもなるのに。どうしてそんなことをするのだろう」
私もギルドのみんなと同じ意見だ。
疑問に感じることばかりだった。
「その“破蕾病”が再発したという方の話を、もう一度よく聞いてみませんか」
この話はうやむやにしてはいけない気がする。
何かが隠されているように思えてならないのだ。




