第65話:気になる話
「では、父上、母上。眠る前に屋敷の中を案内してきます」
「そうだな。ついでに植物の標本も見せてあげなさい。ロファンティでは見かけない植物がたくさんあるはずだ」
「行ってらっしゃい。私たちは談話室にいるわ」
お食事も終わり、フレッシュさんがお家の中を案内してくれることになった。
みんなと宮殿みたいな廊下を進む。
壁にはラントバウ王国を描いたのだろう、美しい風景画が何枚も飾られている。
アグリカルさんとラフさんも、楽しそうに眺めつつ歩いていた。
「どれも素敵な絵だね。偉い画家が描いた絵なのかい?」
「いえ、ほとんどは父上と母上は描いた物です。二人とも絵画が趣味だったので」
「え、そうなんですか? すごい……とってもお上手ですね」
「へぇ……ずいぶんと立派な絵を描くもんだな」
長い廊下には赤絨毯が敷かれていて、寒さに震えることもない。
豪華な調度品も飾られていて、まるでお城の中にいるみたいだった。
大きな窓の近くに来たとき、フレッシュさんが立ち止まった。
「みんな、この窓からうちの農場が見渡せるよ。もう暗いけどまだ作業してるね」
夕暮れに照らされて、うっすらと広い農場が見えた。
空中にはポツポツと灯りが浮いている。
遠く地平線の方まで続いているので、薄暗いけどその広さがよくわかった。
「“重農の鋤”の農場もかなり広いと思いましたけど、ここはそれ以上ありそうですね」
「ラントバウ王国の農場ってどこもこれくらい広いのかい?」
「いいえ、自分で言うのもなんですが、グーデンユクラ家の土地はひときわ大きいですね」
「へぇ、さすがはフレッシュの家だな」
少し農場を眺めたあと、フレッシュさんは地下室に案内してくれた。
「さあ、どうぞ。ここが標本室だよ。国内の貴重な植物の標本が保管されているんだ。幼い頃よく来たもんさ」
大きなガラスの扉が壁一面に置かれている。
古い図書館のような匂いが漂っていた。
アグリカルさんが感心した様子で眺めている。
「立派なもんじゃないか。さすがは大公爵家だね。いずれは“重農の鋤”でもこういう部屋を作りたいもんさね」
「ああ、ギルドの作物もきちんとした記録に残しておきたいな」
「こんなにたくさんの標本見るのは私も初めてです。圧倒されてしまいますね」
フレッシュさんが棚から一冊の本を取り出した。
「“重農の鋤”にあるような植物の標本も揃っているよ。これは<閃光ヒマワリ>の標本だね」
「俺たちにも馴染み深い植物だ」
本の中には見慣れた植物がこじんまりと収まっている。
ただ、花びらも種も“重農の鋤”で育てている物よりも少し小さかった。
「ギルドの<閃光ヒマワリ>より小さいですね」
「ロファンティの天気は変わりやすいから、負けじと花も大きくなったのかもしれないね。いずれはその辺りも調べてみたいよ」
「フレッシュさんの好きな植物とかってありますか?」
「もちろんあるよ。特に、この<ベビーレモン>が印象深いね」
そう言って、小さな箱を持ってきてくれた。
指先で摘めそうなほど小さいレモンの切り身が保存されている。
「うわぁ、小っちゃくてかわいいレモンですね」
「その名の通り、世界最小のレモンなんだ。プランターでも育てられるくらいだよ。特別な効果もないただのレモンなんだけど、僕が初めて育てた作物なんだ。この標本を見るたび初心に戻るって言うかね……農業に対する姿勢が正しくなるような気がするんだ」
その言葉を聞くと、目の前の標本は特別な物のように思えてくる。
「私にとっては<太陽トマト>がそんな存在かもしれません。初めてギルドに来たときにいただいたスープの味は忘れません」
「俺だったら何と言っても<さすらいコマクサ>だな。あの花のおかげで俺もネイルスも人生が変わったようなもんだ」
「みんなも好きな標本を見てごらんよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて見させてもらおう」
ラフさんと一緒に標本室の中を歩く。
野菜や花、毒のある植物など、細かく分類されているようだった。
「ロファンティでは見かけない植物がたくさんあるな。これは良い土産話ができた」
「あっ、これはスズランですかね?」
ビンの中に珍しいスズランがあった。
細長い茎に鈴のようなお花がいくつか連なっている。
不思議なことに、お花の部分は五色に移り変わっていた。
赤、青、黄、緑、黒と、ゆっくり色が変わっている。
「すごいな、標本になっても色が変わるのか」
「見るからに特別なスズランですね」
ラフさんと眺めていたら、フレッシュさんがやってきた。
「ああ、それは<五色スズラン>というんだ。赤い花を食べたら火属性の魔力が、青色は水属性、黄色は雷属性、緑は風の魔力が宿るんだよ」
「不思議なスズランですね。黒色はどんな効果があるんですか?」
「黒は毒なんだ。効果が知られていなかった昔は、間違えて食べてしまう人が多かったんだよね」
「ど、毒ですか。怖いですね」
興味深く眺めていると、少し離れたところからアグリカルさんの声が聞こえた。
「おーい、こっちに面白い植物があるよ」
「はい、今行きまーす」
アグリカルさんの前には細長いガラスケースがあった。
透明なサボテンがまるごと保存されている。
光を受けるたび、宝石のようにきらりと光っていた。
「フレッシュ、これはなんて言う植物だい?」
「これは<水晶サボテン>ですね。吸い取った水分を体の表面で水晶に変えてしまうんです。乱獲されて、今ではすっかり数を減らしてしまいました」
標本室にはいくらいても飽きないほど、多種多様の植物がいっぱいだ。
しばらく思い思いの標本を眺めていると、いい時間になった。
「さて、そろそろ寝ようか」
「いやぁ、楽しかったねぇ。ありがとう、フレッシュ」
「フレッシュさん、貴重な資料を見せていただいてありがとうございました」
「世の中には色んな植物があると改めて思ったぞ」
私たちは標本室を後にする。
「みんなには特等の寝室を用意してあるからね」
「ありがとうございます。でも、そこまでしていただいてなんだか悪いです」
談話室の前を通ったとき、ルーズレスさんたちの声が聞こえてきた。
「……しかし、フレッシュたちが<さすらいコマクサ>の栽培に成功していたとは思わなかった。少し分けてもらおう。破蕾病患者は増え続けているからな」
「ええ、明日皆さんにお願いしましょう。新しく開発された薬を飲んでも再発するみたいですからね」
聞くつもりはなかったけど、思わずみんな立ち止まってしまった。
“破蕾病”……その名前を聞いたときドキリとした。
ここでネイルスちゃんの病気が出てくるとは思わなかった。
ラントバウ王国では流行している、しかも再発するとも言っていた。
「ラ、ラフさん。今のお話はいったい……」
「“破蕾病”か……詳しく聞かせてもらいたいな」
「フレッシュ、ちょっと聞き逃せないね」
「ええ、僕もです」
そう言うと、フレッシュさんは談話室の扉を開けた。
「父上、母上、失礼します」
「「フレッシュ! それに“重農の鋤”の皆さんも……!」」
「聞くつもりはなかったのですが、お話が聞こえてきてしまいました」
ルーズレスさんたちはとても驚いているけど、構わず私たちは前に出る。
「そのお話、詳しくお聞かせいただけませんか?」
「破蕾病が流行しているっていうのは本当かい? しかも再発ってなんだい?」
「俺たちでよかったら力になるぞ」




