第63話:結果は
翌日、私たちは会場で待機していた。
昨日一日かけて集計が終わり、このあと結果発表されるのだ。
何もできないことはよくわかっているのだけど、あれこれ考えていたらよく眠れなかった。
みんなも眠そうだ。
「もう結果発表かね。緊張してきたよ。ずいぶんと早いじゃないか」
「昨晩は落ち着かなくてな。正直よく眠れなかった」
「僕も昨日は眠れませんでしたね」
周りの参加者たちも同じように疲れが滲んでいる。
勝負の相手はルーズレスさんたちだけじゃない。
この中の全員だ。
(大丈夫、みんなで頑張ったんだから)
言い聞かせるように、心の中で強く呟いた。
「「国王陛下がいらっしゃいました!」」
衛兵の声が轟く。
みんな姿勢を正すのがわかった。
「それでは、国王陛下。結果発表のほど、お願い申し上げます」
「ああ、そうじゃな」
国王陛下と王妃様がバルコニーに出てくる。
ザワザワしていた会場も、徐々に静けさを取り戻す。
「では、みなの者。まずは“花の品評会”、ご苦労じゃった。ワシらも参加者に混じって楽しませてもらったぞ」
「どれもみんなキレイでしたね。目が癒されるようでしたよ」
王様の言葉を聞いて、会場はザワザワしだした。
「え、今回も国王陛下と王妃様が参加してらっしゃったのか!?」
「毎度のことだがまったくわからなかったな」
「変装がお上手すぎる」
もちろん、私たちも驚いていた。
「王様も会場に来ていたなんて、まったく気づかなかったなぁ」
「ああ。しかし、大胆なことをする国王だ」
「ア、アタシが怒ったヤツじゃないだろうね」
「だ、大丈夫ですよ……たぶん」
冷や汗をかくアグリカルさんを、同じく冷や汗をかいているフレッシュさんがフォローしていた。
王様は衛兵から紙を受け取る。
「さて、そろそろ結果発表といこうかの。ワシとしては全部を優勝としたいが、そうもいかん。国の繁栄を示す大事な品評会じゃからな」
私たちを含めた参加者の全員が、ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。
いよいよ、フレッシュさんの運命が決まるのだ。
「第3位は……リング―ル伯爵家の<ユウレイ蘭>! 105点!」
会場の一角から、わあああ! という歓声がわいた。
当主と思われる男女は涙を流して喜んでいる。
「ガラスのような花びらをよく割らずにあそこまで大きく育てたの。近年でも稀に見るほどの功績じゃ」
「恐れ入ります、国王陛下……! こんな喜びは他にございません……!」
園芸人たちも本当に嬉しそうだ。
やっぱり、この品評会で評価されるのは大変な名誉なのだ。
「私もあのお花は印象に残っています」
「あの幽霊みたいな蘭が3位か。たしかに幻想的な花だったな」
「アタシもキレイだと思っていたからね。納得できるよ」
フレッシュさんは真剣な表情で呟く。
「しかし、<ユウレイ蘭>で3位か……これは厳しい戦いになりそうだね。準優勝は堅いと思っていたけど」
そうだ、あんなに美しいお花でも3位なのだ。
改めてこの大会のレベルの高さを突きつけられた。
どぎまぎして結果発表の続きを待つ。
「第2位は……グーデンユクラ大公爵家の<翠玉ローズ>! 118点!」
ひときわ大きな集団から、ひときわ大きな歓声がわく。
その中心にはルーズレスさんたちがいた。
会釈をして拍手に答えている。
「ありがとうございます、国王陛下。グーデンユクラ家としても誇りに思います」
「長きに渡って品種改良を行い、新種のバラを生み出したことは多大な功績じゃの。まるで宝石が花になったような美しさじゃった。ワシの寝室にも飾りたいくらいじゃよ」
王様に褒められて笑顔は見せているが、そこまで喜んでいるわけではなさそうだ。
「やっぱり、優勝以外は意味がないと思っているのでしょうか」
「父上たちのことだからね。きっと、そうさ」
「2位でも十分すごいと思うけどね」
(ルーズレスさんたちでも準優勝なんだ……やっぱり激しい競争なのね)
「さて、残すは名誉ある優勝のみとなってしまったな」
やがて歓声も静かになり、残すは優勝の発表のみとなった。
心臓が痛いほどドキドキする。
もしここで優勝できなければ、フレッシュさんとはお別れだ。
「栄えある第1位、優勝は……」
気のせいか、時間がゆっくり流れているような気がした。
「フレッシュ・ド・グーデンユクラと“重農の鋤”! 120点!」
(う、うそ……ほんとに……?)
「「わあああああ!」」
一瞬の間をおいて、会場が大盛り上がりになる。
「い……今優勝って言ったのかいな? アタシの聞き間違いじゃないだろうね?」
「聞き間違いなんかじゃありません。本当に僕たちは優勝できたんです!」
「やったぞ! 僅差で勝ったんだ!」
フレッシュさんもアグリカルさんもラフさんも、満面の笑みで喜んでいる。
私とも手を取り合って大喜びだ。
でも、すぐには実感が湧いてこなかった。
「<歌うたいのマーガレット>とは珍しい。さらに、その歌声の素晴らしさ、何と言っても人語を話すという希少価値が高く評価されたぞよ。ワシも初めて見た」
「私も長年王妃を務め、植物には詳しい自信がありましたが、人間の言葉を話す<歌うたいのマーガレット>を見たのは初めてです。大変に驚きました」
王様たちのお褒めの言葉が静かに響く。
「フレッシュ殿の知識の豊富さ、アグリカル殿の優秀な鍛冶能力、ウェーザ嬢の天気予報スキル、みなの全ての努力が組み合わさって育った花だとよくわかる!」
「お花の歌を聞いているだけで私たちにも伝わりました。おめでとう」
「「おめでとうございます! やっぱり、あなた方の花でしたか! きっと優勝すると思っていましたよ!」」
他の参加者たちもいっせいに集まってくる。
「僕たちの……いや、みんなの頑張りが認められたんだ……! こんな嬉しいことは……他にないよっ……!」
フレッシュさんは拳を握りしめながら泣いている。
ラフさんがそっと肩に手を乗せていた。
すると、会場の端からルーズレスさんたちが厳しい表情で歩いてきた。
人だかりがサッとはける。
ルーズレスさんたちは、私たちをきつく睨みつけた。
「ち、父上……母上……」
何か言われる前に、アグリカルさんとラフさんが立ちはだかる。
「なんだい。アタシらの優勝に文句を言おうというのかい」
「俺たちの優勝はきちんとした評価だぞ」
彼らが“重農の鋤”に来たときと同じように、空気が張り詰める。
他の参加者たちも緊張して私たちを見ていた。
「……いや、文句をつけようなどとはしていない」
「あなたたちを称えに来たのよ」
ルーズレスさんたちは、フッと笑う。
「フレッシュ、よくやったな。あの花を見たとき、お前たちが優勝するだろうと思っていた」
「優勝おめでとう。私たちの負けだわ。あなたも成長したわね」
彼らの言葉を聞いて、ようやく実感が湧いてきた。
私たちは“花の日品評会”を優勝できたのだ。




