第62話:“花の品評会”
「それにしても色んな花があるんだな」
「見たことがないお花がいっぱいです」
「国内で一番の品評会だからね。年々出品数は増えているんだよ」
右からも左からも、色んなお花の香りが漂う。
こんなにたくさんのお花が並んでいるのは私も初めて見た。
参加者たちは、それぞれの花の良さを盛大にアピールしている。
その様子が私たちの展示スペースからもよく見えた。
「さあ、みなさん! これは活きのいい食虫リップです。ほら、見てください」
一見するとただの黄色いチューリップだ。
園芸服を着た人が、虫を花の前に持っていく。
すると、バクンッ! と勢いよく食べてしまった。
私はうわっと驚いていたのに、ラフさんたちはまったく動じていない。
「へぇ、虫を食べる花か。ロファンティにもいなさそうだな」
「強そうでいいじゃないか。それにしても、ウェーザはすごいビックリしていたね」
「……ふぅ、驚きました。いきなり食べるんですからね」
さらに向こう側では、幽霊みたいに半透明なお花が展示されていた。
風に揺れている様子は本当のお化けみたいだ。
参加者の声が聞こえてくる。
「今回の品評会には世にも珍しい<ユウレイ蘭>をお持ちしました。花びらの大きさが一番の自慢でございます」
周りの人たちは、ほぅ……とか、すごいな……とか言っていた。
有名なお花なのかな? と思ったら、フレッシュさんが解説してくれた。
「ウェーザさん、<ユウレイ蘭>はなかなか見かけない上に育てるのが難しくてね。花びらがガラスみたいなんだけど、育つにつれてひび割れてしまうことが多いんだ。あの大きさは僕でも初めて見るな」
「アタシもあれくらいの花びらは初めて見たさね。育てるのが大変だったろうよ」
「やっぱり、ラントバウ王国の農業レベルはかなり高いみたいだな」
たしかに、ここには貴重で美しいお花がいっぱいだ。
それでも……。
《ラララ~、キレイなお花がいっぱいね~、なんだか私も良い気分~》
「「<歌うたいのマーガレット>が喋っているぞ!」」
会場の中でも、歌うようなお花は<歌うたいのマーガレット>だけだった。
さっきからひっきりなしに人が集まってくる。
「どうやったら、人の言葉で歌うようになるのですか!?」
「ここまで美しい歌声を出させるには、とにかく世話が大変だと聞いていますが……!」
「歌声を出させるだけで大変なのに、人の言葉を話せるなんて。もしかしたら、世界初ではありませんか!?」
出場者たちは次々と質問してくる。
フレッシュさんは大変そうにしつつも嬉しそうだった。
「<星読みモミジ>の落ち葉と、<潮騒ヤマブキ>の花びらから落葉堆肥を作りました。落ち葉は春の大三角形を連想させるように斑点が3つ並んだものを、花びらは雨の日に採取することで水分をたっぷり含ませました」
「「なるほど! ですが、それは相当な苦労ではありませんでしたか!?」」
「肥料は僕の仲間たちが作ってくれました。ラフとウェーザさんです。今日はいませんが、ラフの妹さんも手伝ってくれました」
フレッシュさんに促され、参加者たちの前に出る。
貴族たちの視線が集まり緊張した。
「ラフだ」
「ウェ、ウェーザです」
「彼らは大量の落ち葉から三角形の斑点模様だけを見つけ出してくれたのです。しかも、落葉堆肥が作れるくらいたくさんの落ち葉をです」
フレッシュさんが言うと、参加者たちは互いに小声で話し合う。
「<星読みモミジ>は落ち葉が多い木だよな。数本生えているだけで、すぐに地面が隠れるのを見たことがある」
「私の屋敷にも生えているが掃除するのは本当に大変だぞ。しかも、三角形の斑点は珍しいときた」
「それなのに落ち葉を探すなんて大変な苦労だったろうな。私は絶対に探したくない」
「ウェーザさんのおかげで、<潮騒ヤマブキ>の花びらも雨の日に無事採取することができました。彼女は素晴らしい【天気予報】スキルを持っているのです」
天気予報と聞いた瞬間、参加者たちは色めきだった。
「そういえば、天気が100%わかる魔女様がいるって聞いたことがあります! あなたがそうでしたか!」
「私の農園でも天気予報をしていただけませんか!?」
「いえ、ぜひうちの農場で!」
「うわっ」
わいわいと参加者たちに囲まれる。
みんな気持ちが高揚しているようだ。
たぶん、農業に役立つからだろう。
すぐラフさんが駆けつけてくれた。
「みんな、ちょっと落ち着いてくれ。そんなに囲んだら大変だろう。大丈夫か、ウェーザ」
「は、はい、ありがとうございます」
ラフさんが人を避けて助け出してくれた。
参加者からはさらに質問が飛んでくる。
「しかし、落葉堆肥を作るには時間がかかったのでは? 特に<潮騒ヤマブキ>の花びらは腐りにくい性質だったと思いますが」
「ええ、おっしゃる通りです。ですが、僕の仲間に優秀な鍛冶師のアグリカルさんがいまして……彼女が堆肥を早く作ることのできるスコップなどの道具を作ってくれたのです」
視線が集まると、アグリカルさんは照れた様子で笑っていた。
「そして、<歌うたいのマーガレット>に必要である清純な水も、アグリカルさんの特製ろ過板のおかげで用意できました。どんなに汚い泥水でも、とてもキレイな水にしてしまうんですよ」
「「そんな道具が!?」」
「ほら、これだよ」
アグリカルさんが特製ろ過板を掲げる。
いくら農業大国と言えど、そんな道具はなかなか無いのだろう。
みんな興味深そうに見ていた。
「もっとよく見せてください!」
「うるさいね、見世物じゃないんだよ」
アグリカルさんも参加者たちに囲まれて大変そうだった。
農業をする人にとってはどれも魅力的な道具に違いない。
そして、今まで気づかなかったけど、参加者でも使用人でもなさそうな人たちもいた。
辺りを注意深く見ながら歩いている。
「あの人たちは審査員だろうね。基本的に彼らは身分を明かさず審査するんだ。賄賂とかを渡されないようにね。花や鉢植えのデザインはもちろん、栽培の知識も判定されるよ。もしかしたら、さっきの質問者の中にも審査員がいたかもしれない」
質問者たちの中に審査員が……と聞いてヒヤリとした。
そうか、品評会の間は一瞬の気も抜けないのだ。
アグリカルさんが冷や汗を垂らしながら言う。
「そ、それを早く言いなよ、フレッシュ。アタシは変なこと言ってないかね? うるさいとか言っちゃったよ」
「はははっ、大丈夫だと思いますよ、アグリカルさん」
さて、とフレッシュさんが言う。
「みんな、勝負といっても品評会には色んなお花があるんだ。せっかくだから、少し見てきたら? 両親のスぺースはこの先をまっすぐ行ったところさ。途中、色んな出場者の花を見てくるといいよ」
「で、ですが、<歌うたいのマーガレット>のお世話が……」
「俺たちはなるべくお前と一緒にいるぞ」
他の人たちのお花も気になるけど、フレッシュさんの傍にいてあげたい。
「いや、いいんだ。花の世話は僕に任せて。一人で考えたいこともあるし……それに、ここまで来たらあとは祈るくらいしかできないからね」
「そうか……では、お言葉に甘えるとしよう。ちょっとばかし見に行くか」
「あまり遅くならないようにしますね」
「あんたの両親たちの花も偵察してくるよ」
みんなと会場を進んでいく。
やがて、ひときわ大きな人だかりが見えてきた。
それだけで誰の展示スペースかわかる。
「ラフさん……」
「ああ、あそこがルーズレスたちの花みたいだな」
「ずいぶんと人が集まっているね」
人だかりをかき分けて進む。
そして、展示されているお花を見た瞬間、目を奪われてしまった。
顔の大きさくらいまでありそうなエメラルドグリーンのバラが咲き誇っている。
その花びらは宝石のように透き通っていて、日の光が当たるたびキラキラと輝いている。
「うわぁ……キレイ……」
あまりの美しさに、思わず感嘆の声が出てしまった。
「なるほど……たしかに、こいつは美しい」
「悔しいけど美しいと言わざるを得ないね」
ラフさんもアグリカルさんも真剣に見つめていた。
勝負の相手ではあるけれど、お花は本当に素晴らしい。
彼らがあそこまで自信を持っているのもよくわかった。
そして、日も暮れて品評会はおしまいとなった。
言わずとも、みんなが緊張しているのが伝わってくる。
もちろん、私もそうだ。
明日……フレッシュさんの運命が決まるのだから。




