第58話:肥料作り②
「よしっ、こんなもんでいいだろう」
「だいぶ集まりましたね」
「でも疲れた~」
みんなで一生懸命探したおかげで、三角形の斑点が出ている葉っぱがたくさん集まった。
こんもりとそこそこ大きな山になるくらいだ。
「これだけあれば堆肥もできるだろう。二人ともありがとうな」
「いえ、フレッシュさんのためですから」
「私だってどんなことでも頑張るよ」
これで落葉堆肥の材料のうち、半分が集まった。
あとは<潮騒ヤマブキ>の花びらだ。
ヤマブキとしてはとても珍しい、海のような青色と聞いている。
「<潮騒ヤマブキ>って、花から海の音がするヤマブキですよね?」
「ああそうだ。良く知っているな、ウェーザ。<歌うたいのマーガレット>と同じ歌唱植物で、肥料として相性が良いらしい」
「波の音が大きいものを選んでほしいって書いてあるね」
フレッシュさんのメモには、採取するときの天気についても書かれていた。
「雨が降っているときに採取するのが一番良いみたいです」
「ああ、花びらに水分が蓄えられているらしい」
「逆に晴れているときに集めると、カラカラの花びらになっちゃうみたいだね。……あっ、ちょうど雨が降っているんじゃない? 空が黒くなっているよ」
「ウェーザ、森の方の天気も予報できるか? 少し遠いかもしれないが」
ラフさんが遠方を指す。
やや離れているけど問題ないはずだ。
「大丈夫だと思います。では、予報してみますね」
空を見ながら全身に魔力を集中する。
森の上空の天気が見えてきた。
今は積乱雲がモクモクと成長していて、強い雨を降らしている。
だけど、上空の西風も激しいので雲をどんどん吹き飛ばしていた。
しばらくするとスッキリ晴れてしまうくらいだ。
そして、その後はだいぶ先まで大きな雲はできず雨も降らない。
「た、大変です。今採りに行かないとしばらく晴れてしまいます」
「なに、それは本当か!? それなら今すぐ行こう!」
「早くしないと晴れちゃうっ!」
みんなで急いで群生地へ向かう。
<星読みモミジ>が生えていた森よりさらに遠い。
でも、フレッシュさんのためならそんなのは苦労でもなんでもない。
やがて、目的地の森に着いた。
しとしとと、やや強めの雨が降っている。
<潮騒ヤマブキ>の美しい青い花が咲き誇っていた。
風に乗って小さな波の音が聞こえてくる。
心なしか、潮の香りまで漂っているようだった。
「良かった、たくさん咲いていますね」
「よし、さっそく花びらを集めよう」
<潮騒ヤマブキ>の花に耳を当てる。
注意して聞くと、ざざざ……という波の音が聞こえてきた。
花の香りも相まって、目を閉じると本当に海にいるみたいだ。
「今回は<星読みモミジ>より簡単そうで良かったですね」
「まったくだ。あんなに大変な作業はしばらくご遠慮したい」
「楽しかったけど本当に気が遠くなるって感じだったよ」
波の音を聞きながら、プチプチと花びらを集める。
「ウェーザ、雨は大丈夫か? 体が冷えてきたら教えてくれ」
「はい、大丈夫ですよ。ラフさんの日よけ帽子のおかげで濡れずにすんでいます」
日よけ帽子を被っていると、ラフさんにすっぽりと守られているみたいだ。
ちょうど晴れ間がでてきたときに採取し終わった。
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「終わってみれば、落ち葉も花びらもずいぶんと集まったな」
「みんなの頑張りのおかげですね」
「我ながら結構頑張ったと思うよ」
その後、私たちはギルドに帰ってきていた。
無事<潮騒ヤマブキ>の花びらもいっぱい回収できた。
特製たらいの中に、<星読みモミジ>の落ち葉と一緒に入れる。
あとはアグリカルさんの特製スコップで堆肥していくだけだ。
「じゃあ、みんなで混ぜ合わせるぞ」
「はい、息を合わせてやりましょう」
「本当にそんなすぐ疲れるのかな」
土を掬ったりこね回したり……スコップでかき混ぜるたびに、落ち葉と花びらがどんどんボロボロになっていく。
(すぐに崩れちゃった。やっぱりアグリカルさんはすごいなぁ。だけど……)
ほんの少し肥料を混ぜているだけなのにかなり疲れる。
山でずっと【天気予報】スキルを使っているのと同じくらいだ。
ラフさんたちも額に汗かき、息がハアハアしていた。
「なるほど……たしかに、こいつは疲れるな」
「でも、フレッシュのためだからね……頑張らなきゃ」
「休み休み混ぜましょう……」
少し混ぜては少し休む。
体力と魔力を節約しながら混ぜ合わせる。
これで肥料は用意できた。
「<歌うたいのマーガレット>は見つかるでしょうか」
「大丈夫、きっと見つかるさ。アイツらの気持ちは植物にも伝わるだろう」
その後、肥料の手入れを進めているとギルドが騒がしくなった。
フランクさんとメイさんが走ってくる。
「おーい、フレッシュたちが帰ってきたぞー!」
「ウェーザちゃんたちもおいでー!」
二人の言葉を聞いたとたん、身体に元気が戻った気がした。
「やったー! 思ったより早かったね!」
「ラフさん、二人が帰ってきたみたいです!」
「俺たちもギルドに戻ろう!」
疲れながらも小走りで向かう。
街の方から、フレッシュさんとアグリカルさんが歩いてくるのが見えた。
「みんなー、ただいまー! 遅くなってごめーん!」
「アタシらが留守の間、大丈夫だったかーい?」
「おかえりなさーい!」
二人とも大きく手を振っている。
「おかえりなさい、お二人とも元気そうで良かったです」
フレッシュさんが抱えているものは黒い布で覆われている。
きっと、<歌うたいのマーガレット>だ。
「フレッシュ、俺たちは今堆肥を作っているところだ。順調だぞ。かなり疲れるが」
「大変な作業を本当にありがとう。みんながいてくれて良かった」
「ねえねえ、早くお花見せてよ」
ネイルスちゃんが言うと、二人は表情が暗くなった。
「どうした、お前ら。もしかして……見つからなかったのか?」
「い、いや、違うよ! <歌うたいのマーガレット>はちゃんと見つかったさ。見つかったんだけど……」
「まぁ……ビックリしないでくれよ」
フレッシュさんは黒い何かを丁寧に地面へ置いた。
「じゃあ、行きますよ、アグリカルさん!」
「そうだね、隠していてもしょうがないもんね……それっ!」
二人は勢い良く布を取る。
《ボエー!!》
「「うわぁっ!」」
突然、重低音の大声が鳴り響いた。
<歌うたいのマーガレット>は真ん中が黄色くて、そこから白くて細長い花びらが伸びている。
見た目は普通のマーガレットと同じだった。
歌どころか音を出すお花なんて相当珍しい。
(だ、だけど、これは……)
《ボエ、ボエ、ボエー!!》
<歌うたいのマーガレット>は、低い唸り声みたいな音しか出さない。
ラフさんとネイルスちゃんも拍子抜けしたような顔だった。
「フ、フレッシュ、これが本当に<歌うたいのマーガレット>なのか? だいぶ、予想と違うのだが」
「聞いているだけで耳が悪くなりそうだよ」
「す、すごい声ですね。ビックリしちゃいました」
私たちはみんなボエボエ歌う花にたじろいでいた。
フレッシュさんとアグリカルさんは苦笑いしている。
歌と聞いていたから、元々美しい音を出すのかと思っていた。
たしかに、これは育てるのが大変そうだ。
フレッシュさんが黒い布を被せると、<歌うたいのマーガレット>は静かになった。
「<歌うたいのマーガレット>は太陽の光に当たると歌い出すんだ。だから、歌ってほしくないときは黒い布を被せれば大丈夫さ」
「だから、持ち運びも問題ないさね」
ただ……と二人は顔を見合わせる。
「どうやら、育っていた環境が悪かったみたいで、こんな歌しか歌わないんだ。これを歌というかは別だけど……。でも、肥料や水をきちんとあげればキレイな歌声になるはずなんだ」
「こいつは正直な花なのさ。だけど、アタシが必ずとんでもなく美しい声にしてみせるよ」
「なるほど、環境で歌声が変わるのか……。よし、みんなで頑張ろう」
そうだ、ここからが本番なのだ。
みんなの努力で、この歌を素晴らしい物に変えるのだ。
心の中でグッと決心した。




