第57話:肥料作り①
「では、僕たちは南の方に行ってきます」
「絶対に<歌うたいのマーガレット>を採ってくるからね」
お花探しは、フレッシュさんとアグリカルさんが行ってくることになった。
行商人の話にあった南の方へ探しに行くのだ。
ギルドの前でラフさんとネイルスちゃんと見送る。
「気をつけて行ってこいよ。怪我でもしたらしょうがないからな」
「肥料作りは私たちに任せてください」
「お花がグングン育つような土を作ってあげるよ」
時間もたくさんあるわけじゃないので、手分けして準備を進めることになっていた。
「<歌うたいのマーガレット>にも落葉堆肥を使おうと思うんだ。肥料の作り方とかは、この本にまとめておいたからね。大変だと思うけどよろしく頼むよ。この辺りに生えている植物で作れるように調整してあるから」
「ふむ、落葉堆肥か。任せておけ。だが、落ち葉が発酵するのに数か月はかかるぞ。品評会までに間に合うか?」
「畑にまく用に作っているのは、いつも早めに用意しているもんね」
落葉堆肥は落ち葉が土の成分によって腐り、それ自体が土のようになった肥料だ。
葉っぱが分解されていくのはゆっくりなので、二、三か月くらいはかかってしまうことが多い。
“花の品評会”のことを考えると間に合うか不安になった。
(もちろん、フレッシュさんが知らないわけがないと思うけど……)
「アグリカルさんが特別な道具を用意してくれるって言っていたから大丈夫だと思う」
「なるほど、それなら安心だな。だが、どこに行ったんだ?」
「そういえば、最近姿を見かけませんね」
「今日が出発だってのに何やってるんだ」
みんなで辺りを見回すけど姿が見えない。
ここ一、二週間ほど、アグリカルさんを見かけていない。
「お~い、待たせてすまないね~! いやぁ、遅くなっちまったよ!」
アグリカルさんがギルドの方から走ってきた。
その背中にはいくつかの金物を背負っている。
走るたびガランガラン! と大きな音がしていた。
「どこに行っていたんですか、アグリカルさん。姿が見えなくて僕たちも心配してたんですよ?」
「悪かったね、みんな。ちょっと集中し過ぎてたのさ。こいつらの最終調整が気に入らなくてね」
「「こいつら?」」
アグリカルさんは苦笑しながら背中の金物を下ろす。
銅色のスコップと大きなたらいだった。
「フレッシュから落葉堆肥を使うって聞いたからね。落ち葉の腐食を早める道具を造ってたんだ。こいつらを使えばあっという間さ。混ぜるときはこのスコップとバケツを使うんだよ。特別な魔力を込めてあるからね。肥料ができるのをスピードアップしてくれるはずさね」
「「なるほど……」」
アグリカルさんが銅色のスコップを渡してくれた。
小ぶりではあるけど、ずしりと重い。
きっと、大きいのは私とラフさん、小さいのはネイルスちゃん用だ。
特別な魔力といっても、“重農の鋤”のマークが刻まれている以外は何の変哲もなかった。
「見たところ、ただのスコップとたらいだが……普通に使うだけでいいのか?」
「ああ、たらいに落ち葉と土を入れてかき回せばいいよ。ただね……魔力をものすごく消費してしまうのさ。どっと疲れると思うから、休み休み使うんだよ」
「たしかに、持っているだけで魔力が吸い取られている気がするな」
私もスコップを持ってみた。
ラフさんの言う通り、持っているだけで魔力が吸収されていく。
アグリカルさんがパラパラと落ち葉をたらいに入れた。
「試しにこの中で土を掘り返してみな。葉っぱが崩れるはずだよ」
ラフさんが特製スコップで少しの土を加える。
ちょっと混ぜ合わせただけで、あっという間に葉っぱがボロボロになってしまった。
「おお、こいつはすごいな。これならすぐに堆肥ができそうだ」
「もっと魔力の伝導率を上げられれば良かったんだけどね。アタシの技術じゃこれで精一杯だったよ」
「いやいや、大変な技術だと思いますよ。少なくとも、私はこんなスコップを見たことがありません」
アグリカルさんはどんな道具でも作ってしまう。
本当にすごいなと思った。
「じゃあ、アタシらはもう行こうかね」
「よろしく頼んだよ」
「お気を付けて」
フレッシュさんとアグリカルさんを見送り、私たちも作業を始める。
「さて、俺たちもさっそく始めよう」
「お花が見つかるまでに堆肥を完成させよー」
「気合が入りますね」
フレッシュさんの書いてくれた本をめくる。
上質な落葉堆肥の作り方が、事細かに書かれていた。
普段の農作業でも使うことはあるけど、それよりずっと手間がかかっている。
「落ち葉は<星読みモミジ>の葉か……<潮騒ヤマブキ>の花びらも使うと書いてあるな。そして、<星読みモミジ>は大三角形の物が良いようだ。他の形に比べて栄養価が高いらしい。ふむ、<歌うたいのマーガレット>専用と言った具合だな」
「ふーん、見つけるのが大変かもねぇ。ちょっと大仕事になるかも」
ラフさんとネイルスちゃんは難しい顔をしている。
「あの、<星読みモミジ>ってなんですか?」
「ああ、ウェーザはまだ知らなかったか。手の平みたいな葉っぱの木でな。葉は落ちると白い斑点が出てくるんだ。それが星座のように見えるから、星読みなんて呼ばれているのさ」
「クマの形に見えたり、お魚の形だったり、本当に色んな種類があるよ。でも、三角形を作るような斑点模様は珍しいかも」
「へぇ、そんな木が生えているんですか」
あっちの森にある、と二人は北の方を指していた。
「<星読みモミジ>がまとまって生えている場所がある。まずは現地に行ってみよう」
「はーい」
「頑張って探しましょう」
ということで、森の中までやってきた。
「よし、手分けして探そう。俺は右の方を探す。ウェーザとネイルスは左側を頼む」
「はい、わかりました」
「りょーかい」
みんなで地面をガサガサ探す。
<星読みモミジ>の葉っぱは、手の平みたいなので見つけるのは簡単だった。
でも、鳥だったり剣だったり模様自体はたくさんあるのに、三角形の斑点はなかなか見つからない。
たしかに、これは大変な作業だった。
ネイルスちゃんは楽しそうに葉っぱを探している。
「あっ、お兄ちゃん。バーシルちゃんみたいのがあったよ。ウェーザお姉ちゃんも見て」
葉っぱをペラりと見せてくれた。
なんとなくバーシルさんが走っているような模様だった。
「へぇ、ほんとにバーシルさんみたいね。よく見つけたわね、ネイルスちゃん」
「ネイルス、真面目に探すんだぞ」
「わかってる~」
みんなでガサゴソ探すも、三角形の斑点模様はなかなか見つからない。
途中、葉っぱの下で寝ていた虫が出てきたりして、ビックリしたりなんだりだった。
(落ち葉はこんなにあるのに見つからないものね)
やがて、しばらく探していると、少し離れた地面からのぞいている葉っぱが気になった。
ひょいと拾い上げる。
白い斑点がぽつぽつと、大きな三角を描くように浮き出ている。
「ラフさん! 見つけました! 三角形の斑点模様です!」
「なに!? それは本当か!? 見せてくれ、ウェーザ!」
「ウェーザお姉ちゃんすごーい」
二人にも葉っぱを見せる。
待ち望んだ三角形の斑点模様だった。
「おお、こいつは見事な三角形だ」
「これなら間違いようがないね」
みんなでワイワイ喜ぶ。
(良かった……これで何とかなりそう)
と、そこで、至極大事なことに気づいた。
「でも……一枚だけじゃダメですよね。どれくらい必要なんでしょうか」
ラフさんとネイルスちゃんも、ハッとしたように固まる。
「ど、どれくらい必要なんだろう……お兄ちゃん」
「そ、そうだな、一言でいうと……たくさんだ」
目の前には見渡す限りの落ち葉が広がっている。
みんな無言で作業に戻った。
それからしばらく、私たちは黙々と落ち葉を探していた。




