第56話:品評会へ向けて
「さて、まずはどんな花を育てるか決めないとな」
まずは品評会へ出品する花を決めようということで、私たちは話し合っていた。
「“花の品評会”にはどんなお花が出てくるんですか?」
「花なら何でもいいのかいね?」
「毎年出品されるのは本当に多種多様な花です。バラやアネモネ、ヒヤシンス……花であればなんでも出品できます。中には野菜の花を出してくるグループもありましたね」
花なら出品できるとはいえ、しっかり選ばないといけない。
“重農の鋤”にはどんなお花が咲いていたか思い出す。
「花のどこが評価対象になるんだ?」
「形や色はもちろんだけど、例年は花の特性をとても伸ばした物が評価されるね」
「やっぱり、流行とか意識した方がいいんでしょうか。ルークスリッチ王国でもジュエリーの品評会が開かれることがあるんですが、流行りのデザインとか宝石を使っている物が人気ありました」
きっと、お花にも同じことが言えるはずだ。
「ウェーザさんは鋭いね。もちろん、流行りは大事な加算ポイントになるよ。中でも、ラントバウ王国ではバラの交配が昔から人気だね」
「交配……ですか?」
“重農の鋤”で農作業を始めてだいぶ経つけど、まだまだ知らないことも多かった。
「違う種類の花を掛け合わせて、新しいタイプの花を作ることさ。例えば、赤色のバラと白いバラから赤白模様のバラを作るといった具合にね。その中からキレイな模様が出た花を出品するんだよ」
「へぇ、そんな方法があるんですか。でも、なかなか思い通りにはいかなそうですね」
「交配には細かい手順がいくつもあるんだ。たくさんの株を用意したり、手作業で受粉させたり、蕾が開く前に雄しべを全て取ってしまったり……。育てている間は他の花粉がつかないように気を付けることも大事だね。場合によってはその花だけ別の場所を用意する必要もあるよ」
想像以上に手間暇がかかる作業のようだ。
聞いただけで大変そうだった。
「交配はただでさえ時間がかかるからね。しかも上手くいく保証はない。“花の品評会”まで時間もないし。もし失敗したら出場さえ危うくなるかもしれない」
「そうだね。アタシも交配にチャレンジするのは少し危ない賭けになると思うさね」
「あの、<さすらいコマクサ>はどうでしょうか」
ネイルスちゃんの“破蕾病”を治してくれた花だ。
ただでさえ見つけるのが難しいと聞いている。
その珍しさは“花の品評会”でも評価されそうだ。
「栽培も上手くいっているし、どうだ、フレッシュ?」
「うん、<さすらいコマクサ>は僕も考えていました。ラントバウ王国でも珍しいと思います。ただ、展示の仕方で減点されてしまう気がするんです」
「「展示の仕方?」」
ジュエリーの品評会では、ただ宝石を並べているだけだった。
「<さすらいコマクサ>は太陽の光の方へ動くからね。“花の品評会”に出品したときは、逃げないよう檻に閉じ込めておかないといけない。そうなると、人によっては粗野な印象を持ってしまいそうなんだよね」
「なるほど……檻に入っていると印象も良くないですよね」
「品評会では花だけじゃなくて、鉢のデザインや花の飾り方も評価対象に入るんだ」
(そうか、運びやすかったり展示の仕方まで考えないといけないのか)
花の飾り方の全体が採点されるのだ。
思ったより難しかった。
「でも、僕は敢えてバラでない花にしようと思う。何年も専門的に育てている家には勝つのが難しいだろうしね。それに……」
フレッシュさんは言葉を止める。
「ロファンティならではの花で勝負したいな」
ポツリと呟いた。
その言葉から、本当にロファンティが好きなのだとわかった。
「だがな、ラントバウ王国って農業大国なんだろ? ここら辺にある花なんて、全部揃っているんじゃないか?」
「うん、ラフの言う通りだね。あの国には本当にたくさんの作物や花が育っている。だけど、ロファンティと違って一年中気候が安定しているんだ。だから、農業が発展したんだけどね。ロファンティの気候で生まれた花なら、ラントバウ王国でも見かけないと思うんだ」
「なるほど、それなら逆手を取ってロファンティでしか見かけないお花で勝負できますね」
気候が変われば植物の育ち具合も変わる。
きっと、<さすらいコマクサ>以外にも珍しいお花が咲いているはずだ。
「“重農の鋤”でもまだまだ見つけていない花はたくさんあるからな。探せば良い花が見つかるだろうよ」
そして、私たちが話している間にも、アグリカルさんは真剣な顔で考え込んでいた。
「……フレッシュ。この前行商人が言っていたんだけどね、南の方で<歌うたいのマーガレット>が咲いているって言っていたよ」
「う、<歌うたいのマーガレット>ですって!?」
フレッシュさんはとても驚いている。
かなり珍しいお花のようだ。
「あの、どんなお花なんですか?」
「その名の通り、歌を歌うマーガレットだよ。分類上は歌唱植物さ。どうやら、育つには複雑な気象の変化が必要みたいでね。世界的に見ても結構珍しい花だと思う。僕もロファンティに来て初めて存在を知ったくらいさ」
「そんな花があるんですか……」
「ロファンティは天気が変わりやすいからね。まだ見たこともない新種の植物が多いんだと思う」
(ロファンティにはまだまだ知らない植物があるんだな)
「フレッシュ、ラントバウ王国に咲いているの見たことあるかい?」
「いえ、僕の記憶では聞いたことすらありませんね。うちの図書館でも名前すら見たことがなかったような……」
「だったら、決まりだね。品評会には<歌うたいのマーガレット>を出そうよ」
「ええ、僕もそれが良いと思うのですが……ちょっと待ってください」
フレッシュさんは何か思ったようで本を取り出す。
少しの間ペラペラとめくると、浮かない顔で話し出した。
「ただ、肥料の質や生育環境にかなり左右される性質を持ってまして……普通に育てるだけじゃ聞くに堪えない歌しか歌わないそうです。読めば読むほど難しいことしか書いてありません。本当に上手く育つか不安です」
自信を失っているフレッシュさんを見るのは初めてだ。
いつもなら絶対にできるというオーラでいる。
それほど今回の勝負には追い詰められているのだろう。
いきなり、アグリカルさんがフレッシュさんの背中をバンッ! と叩いた。
「いたっ! 何するんですか、アグリカルさん!」
「フレッシュ、あんたがそんなんじゃ育つ物も育たないよ! いつも自分で言ってるじゃないか。作物には世話する者の心が伝わるって。今回もそれと同じなんじゃないかい?」
フレッシュさんはビックリしていたけど、やがてフッと笑った。
「アグリカルさんの言う通りですね。僕としたことが一番大事なことを忘れていたみたいです。やりましょう! 父上たちに素晴らしい歌声を聞かせてやりますよ!」
「よく言った! それでこそフレッシュさね! 鉢植えも心配しなさんな! アタシが良いデザインの鉢を考えてやるよ!」
「天気予報なら任せてください。どんなにわずかな天気の変化も見逃しませんから」
「俺だって肥料ならいくらでも作ってやるぞ」
ここにいるのはフレッシュさんの味方ばかりだ。
みんながいればどんな高い壁も乗り越えられる。
「ありがとう……みんなの力を貸してほしい」
そうして、品評会に出品するお花は<歌うたいのマーガレット>に決まった。




