第55話:勝負
「……わかりました。その勝負を受けます」
フレッシュさんは一呼吸置くと、静かに答えた。
「本来ならば、国外から参加するのは非常にハードルが高い。だが、私たちの方から国王陛下に口利きしておこう」
「審査は他の方と同じようにしますからね。それほどまでに農業が好きなのであれば、あなたが優勝できるはずよ。もちろん、手を抜くつもりはありませんけどね」
「はい、わかっております」
相変わらず、彼ら三人の表情は険しい。
すでに見えない戦いが繰り広げられているようだった。
「では、私たちはこれで失礼する」
「次会うのはラントバウ王国かしらね」
そう言って、ルーズレスさんたちはギルドの前に停まっていた馬車に乗った。
全体は黒っぽく、金色の装飾がセンスよく施されている。
ルークスリッチ王国でもなかなか見ないほど、大変豪華な馬車だった。
私たちが挨拶する間もなく、さっそうと走り出す。
フレッシュさんは硬い表情で見送っていた。
真っ先にラフさんとアグリカルさんが駆け寄る。
「大変だったな、フレッシュ。少し休もう」
「アンタが気に病むことはないよ。何を言われたって、フレッシュの功績はアタシが一番よく知っているよ」
「ありがとう……ございます……」
どっと疲れた様子のフレッシュさんと一緒にギルドへ向かう。
吹き抜ける風は爽やかだけど、不穏な気持ちは拭えなかった。
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みんなは一旦仕事をやめ、ギルドの酒場に集まった。
先ほどのやり取りを整理するためだ。
バーシルさんもネイルスちゃんも来ていた。
まずは、フレッシュさんの話を聞くことになった。
「みんな、さっきはごめん」
開口一番、フレッシュさんは謝った。
「何言ってるんだい、アンタが謝る必要なんかどこにもないんだよ」
「お前は何も悪くないだろうが」
「そうですよ。フレッシュさんが責められることはありません」
みんなは優しくフレッシュさんを慰める。
「僕の両親は元々ストイックな性格なんです。みんなにもひどいことを言ったかもしれません……」
「私たちのことは気にしないでください。一番辛いのはフレッシュさんですから」
「アタシらはなんとも思ってないさ。たしかに、少しはイラッとしたけどね」
「お前の苦労はここにいる全員が知っているさ」
フレッシュさんは嬉しそうに涙を拭っていた。
「それで、“花の品評会”って何なんだい?」
「ご両親は優勝する自信がすごくおありだったみたいですが」
「絶対に手を抜かないとも言ってたね」
“花の品評会”の話に戻ると、フレッシュさんは真剣な表情に戻った。
「みんなも知っての通り、ラントバウ王国は農業大国なんだ。そこで、国の威厳を示すために毎年花の出来を競い合う大会がある。それが“花の品評会”さ。この大会で優勝することは大変に名誉なんだ」
「「なるほど……」」
「品評会って、どういう審査をされるんですか?」
私は大会とかはあまり知らないけど、ルールの把握が大事なことはなんとなくわかった。
「王国から選ばれた審査員による投票だよ。彼らは一人当たり3点、2点、1点の投票用紙を持っていてね。1グループ辺り1度だけ点数を入れるんだ」
『だったら、ギルドメンバーをたくさん連れて行けばいいんだ。みんなでフレッシュに投票すればいいだろ。俺様も協力するぞ』
「なかなかそう上手くはいかないんだ、バーシル。審査員以外が投票することはもちろん禁止されている。過去にもズルをしようとした人たちがいたけどね……みんな終身刑になったよ」
「『しゅ、終身刑……』」
「それに……僕は正面から父上たちと戦いたいんです。とはいえ、これが結構シビアな大会でね。毎年激しい争いになる。どこの家も優勝目指して必死に努力をしているからね」
フレッシュさんはポツリと呟く。
その様子から、本当に難しい大会なのだと想像がついた。
「ルーズレスさんたちはどれくらい強いんですか?」
彼らは大変に自信がありそうだった。
自分たちが優勝することを信じて疑わないほどに。
「グーデンユクラ家は最多優勝回数を誇る家だよ。ちなみに、去年優勝したのも父上たちだった」
やっぱり、ルーズレスさんたちは強豪の家だったのだ。
アグリカルさんが何かを考えながら呟く。
「なるほどねぇ……でも、そこまで農業に真剣なら、フレッシュが農業をすることに賛成だと思うけどね」
「昔から、両親には貴族としての心構えを叩き込まれていまして……社交界やマナーの勉強を送る子ども時代でした。父上たちがあのような性格ですからね。家庭教師たちも非常にストイックな人たちでした。少しでも間違えると鞭で叩かれたり、冷水を浴びせられたり……父上たちも止めることはありませんでした。それが正しい教育だと思っていたようです」
こちらまで辛い気持ちになるような身の上話だった。
ラフさんたちも厳しい顔で俯いている。
「そのような毎日を癒してくれたのが農業でした。父上たちに隠れて花や作物育てるのは楽しかったです。初めて小さな果実が実ったときの感動は今でも覚えていますよ。それに、みんなの食も豊かにできる。こんなに素晴らしい世界があるのかと思いました」
農業に対するフレッシュさんの原点がわかったような気がする。
そういった辛い環境にいたからこそ、フレッシュさんは農業で人を幸せにしたいのだ。
「もちろん、父上たちの気持ちもわかります。むしろ、二人の言う通りにした方がいいのでしょう。それでも、僕は自分で農業をやりたかったんです」
フレッシュさんは固く拳を握りしめる。
「品評会も優勝する気でいますが……正直に言って、父上たちに勝てるかわかりません。僕はまだ“重農の鋤”に……みんなと一緒にいたいです」
「「……」」
ギルドの中を重苦しい空気が包む。
“重農の鋤”の農業レベルはとても高いことは知っている。
でも、相手は農業大国の、しかも大公爵家だ。
相当厳しい戦いになることは容易に想像できる。
「私たちはずっと……フレッシュさんの味方です」
気がついたら、自然に言葉を紡いでいた。
そうだ、どんなことがあろうと私たちはフレッシュさんのために行動する。
大切な仲間なのだから。
「そうだよ、アタシらがついているじゃないか。何も心配することはないんだよ」
「いつもお前に頼ってばかりだからな。たまには俺たちの力を借りてくれ」
みんなが一つになるのを感じる。
「なんなら、俺が父ちゃんたちにガツンと言ってやるさ!」
「オヤジが言い負かされる光景しか思い浮かばないね」
「なんだと、メイ!」
「うるさいね、あんたたちは!」
ギルドをアハハという笑い声が包む。
もう大丈夫だ。
「ありがとう……みんな」
「ほら、泣くんじゃないよ。ナンバー2がそんなに泣いてるんじゃ示しがつかないだろうが」
「お前も涙もろくなったな。遠慮なく俺たちを頼ってくれ」
「みんなでフレッシュを優勝させよう」
さっそく、“花の品評会”への準備を始めることになった。




