第54話:視察
「そ、それはどういう意味ですか!? 僕たちは本当に一生懸命育てているんですよ!」
いつもは温厚のフレッシュさんも怒っていた。
私だってそうだ。
“重農の鋤”では誰もが真剣に農業に取り組んでいる。
それを認めないような言い方には怒るのも当然だ。
「ついてこい、証明してやる」
「お待ちください、父上、母上!」
二人はさっさと農場へ向かっていく。
みんな慌てて後を追った。
駆けながらラフさんに尋ねる。
「証明ってどういうことでしょう?」
「わからん……だが、また一波乱ありそうだ」
どこまで行くのだろうと思ったら、ルーズレスさんたちはピタリと立ち止まった。
<砂金小麦>の畑の前だ。
金色の実がゆらゆらと風に揺れている。
「まず、この<砂金小麦>だが育ちの悪い麦穂が目立つな」
「湿害になっているんじゃないかしら? ちゃんと対策したの?」
畑の中には<砂金小麦>の色が変わった物がちらほらある。
黄金のような輝きはなく、くすんだ褐色になっていた。
湿害とは、土の中に水分が溜まりすぎて作物の育ちが悪くなることだ。
このところ、ロファンティには珍しく雨が続いていたのだ。
「も、もちろん、湿害対策はきちんと行っています。排水用の溝を掘ったり畝立てをしたり……」
「だが、結果がこれでは対策していないのと同じだな」
「この辺りの土は粘土質で……どうしても水はけが悪いのです」
畑を耕したりしてわかったけど、ロファンティの土はカチカチしているところが多かった。
そのせいで作物が育ちにくいと、フレッシュさんから聞いたことがある。
「<砂金小麦>で作ったパンはどれくらい日持ちする?」
「半年ほどです」
「ずいぶん短いじゃないの。グーデンユクラ家の物は1年はもつわね」
(半年でも十分長いのに……)
「作物を育てる前に、もっと土壌の改良をするべきだったな」
「まさか、改善方法がわからなかったわけじゃないでしょうね?」
「砕いた黒曜石や泥炭を混ぜることです」
「どうしてしない?」
フレッシュさんは矢継ぎ早に追及される。
尋問でもされているかのようだった。
「ど、どちらもロファンティでは手に入らない物なのです。行商人に頼んでもどうしても入手できず……」
「それはただの言い訳だ。できない理由など必要ない」
「行商人から手に入らないのなら、あなたが自分で探しに行けばいいでしょう。あなたは甘すぎるの」
「ぐっ……」
フレッシュさんは悔しそうに手を握りしめている。
きっと、農業に関する知識が豊富だから、正論だとわかっているのだろう。
さて、とルーズレスさんたちは歩を進める。
<サファイアスイカ>の前に来た。
彼らは品定めするようにじっくりと見る。
「種の数は平均いくつだ?」
「まさか、数えていないわけはないでしょうね」
二人はさも当然のように聞いているけど、驚きを隠せなかった。
(え!? 種の数!?)
スイカの種を数えたことなど一度もない。
「だいたい250個ほどです」
(か、数えていたの!?)
フレッシュさんはフレッシュさんで、こちらも当然のように答えた。
私の知らないところで大変な作業をしているのだ。
ラフさんがそっと話しかけてくる。
「俺も手伝ったことがあるが……本当に苦行だったぞ」
「で、ですよね……」
文字通り、気が遠くなる作業だろう。
250個と聞いて、ルーズレスさんたちは顔をしかめた。
「ずいぶん少ないじゃないか。それでは育てているとは言えないな」
「グーデンユクラ家の物はいくつか知っているでしょう?」
「400個ほどだったと記憶しています……王国で一番多いことも……」
それを聞いて、ギルドのみんなも張りつめた表情になる。
ルーズレスさんたちは、さらにレベルの高い栽培を行っているみたいだ。
「農業をやりたいなどと抜かすのであれば、常に最高の状態を目指さなければ意味がない。常々言っているだろう」
「こんな育て方では作物がかわいそうだわ」
彼らの人となりがわかってきた。
最高以外は意味がないというストイックな考えの持ち主らしい。
「さて、もういいだろう。たしかに、良く育ててはいる。見たところ土地も痩せていたはずだ」
「育てやすい芋系の作物も育たなかったんじゃないかしら」
ラフさんたちから、前のロファンティは土地が痩せていたと聞いている。
ルーズレスさんたちは、ちらりと見ただけで見抜いてしまった。
「ええ、土壌の改良には相当手こずりました」
「だが、結果がこれではな……」
「あなたの農業への情熱はこの程度ってことね」
フレッシュさんは悔しそうに悲しそうに下を向いている。
もうこれ以上は見過ごせなかった。
「フレッシュさんは……素晴らしい人です!」
気がついたら、大きな声で叫んでいた。
「いつも作物たちのことを考えていて、農業の知識だって情熱だって誰よりもあります」
「……貴公はどなたかな?」
「私はウェーザ・ポトリーと申します。ルークスリッチ王国と“重農の鋤”で天気予報士をしています」
「ふむ……ウワサに聞く天気が100%わかるというご令嬢か」
目の前に立つと、ルーズレスさんはさらにすごい威圧感だ。
まるで巨人に睨まれているようだった。
でも、一歩も引くつもりはない。
私はフレッシュさんに本当によくしてもらった。
自分がここで暮らせているのも、フレッシュさんが認めてくれたからだ。
「フレッシュさんは誰よりも農業を愛しています。お言葉ですが、あの作物たちを見てわからなかったのですか?」
ここで農作業をしていて、実感していることがあった。
フレッシュさんが農場へ行くたび作物たちは喜んでいる。
一緒に農作業をしてみて、食べてみてわかった。
農場の作物たちにはフレッシュさんの愛が詰まっているのだ。
アグリカルさんが声を張り上げた。
「そうだよ! ウェーザの言う通りさ! フレッシュはうちの大事なメンバーさね! どこにも連れて行かせやしないよ!」
ラフさんもネイルスちゃんもバーシルさんも前に出てくる。
「俺からも言わせてもらおう。フレッシュほど農業へ真剣に向き合っている人間を他に知らない」
「フレッシュのおかげで私の病気は治ったんだよ!」
『ロファンティの事情も知らず、知ったような口を利くんじゃない!』
堰を切ったように、みんなしてフレッシュさんの味方をする。
重苦しい雰囲気なんか吹き飛ばしそうだった。
「そうだそうだ! 勝手なことを言わないでくれ! フレッシュがいなくなったらどうすればいいんだ!」
「こいつはいつも俺たちのことを考えてくれているんだよ!」
「フレッシュがいなければ、飢えて死んでいるヤツだっていたんだぞ!」
ここにいる全員が……いや、ロファンティに住んでいる人たちはみんなフレッシュさんが大好きだった。
農場を大きな歓声が包む。
「み、みんな……」
フレッシュさんは今にも泣きそうだった。
そんな中、ルーズレスさんたちは静かに黙って見ている。
動揺したり気持ちが揺れ動いているような様子はまったくなかった。
「わかった。そこまで言うのなら私たちにも考えがある」
ルーズレスさんとシビリアさんは顔を見合わせる。
すぐさま、フレッシュさんは険しい顔に戻って尋ねた。
「なんでしょうか?」
農場は広いのに、なぜか狭くなったような息苦しさだ。
「ラントバウ王国で開かれる“花の品評会”で私たちと勝負してもらおう。見事優勝すれば、私たちも身を引くことにする」
「だけど、もしあなたが優勝できなければ潔く家に帰ってきなさい」




