第51話:王国の晩餐会
「ラフさん、なんだか緊張してきました。昨日はそんなことなかったのですが」
「こういうのは慣れていると思ったが、ウェーザでも緊張するんだな」
「やっぱり色んな人が来ますからね」
そして、いよいよ晩餐会の日がやってきた。
お料理は王宮の調理人が作ってくれるので、私たちはゲストとして参加するだけだ。
今はみんなで服装の最終確認をしている。
「う~ん、こういう服は慣れないねぇ。動きづらくてしょうがないよ」
「「すごく似合ってますよ、アグリカルさん」」
「そういう服の方が怖がられないんじゃないか?」
「なんだって!?」
アグリカルさんは紫の髪が映える、シックなブラウンのドレスを着ていた。
あふれんばかりの力強さをさらに増してくれているようだった。
「似合っていると言ったらフレッシュ。あんたはさすがに似合うね」
「いや、ラフの【裁縫】がすごいんですよ」
「王子様に間違えられてもおかしくないくらいです」
フレッシュさんはかっちりした黒いジャケットに身を包んでいる。
白いズボンがすらりと伸びていて爽やかさな印象だった。
「ラフもいつもと雰囲気が違うね。修道士みたいだ」
「変じゃないか?」
「全然変じゃないです。むしろ、とてもよく似合ってますよ」
ラフさんはいつものような半袖ではなく、ゆったりとしたケープを着ている。
無骨な雰囲気は消え、洗練された厳かな雰囲気を醸し出していた。
「とはいえ、一番気合いが入っているのはウェーザの服だね。どこのお姫様かと思ったよ」
「ウェーザさんに比べたら、僕たちの服なんかおまけですよ。まぁ、それもしょうがないですけどね」
「おい」
そして、私には藍染めのドレスを作ってくれた。
あの日よけ帽子みたいに濃い青色で、目立つのが苦手な私にはピッタリだった。
「ウェーザの赤い髪がさらに美しく見えるよ。きっと、そこまで計算されているんだろうね」
「どんなに服が素晴らしくても、結局は着る人間に左右されるからな」
「またキザなことを言っちゃって」
「うるさいぞ、フレッシュ」
もちろん、全部ラフさんが仕立ててくれた。
着ているだけで嬉しい気持ちになるお洋服だ。
そんなこんなで笑い合っていると、晩餐会の時間になった。
部屋の扉がノックされる。
ディセント様だ。
「皆さん、準備はよろしいですか? そろそろ時間ですよ」
ディセント様に案内され大広間に向かう。
「では、僕は父上たちのところに行ってきます。まずはお食事を楽しんでください。会の途中で皆さんを紹介する時間がやってきますよ。そのときはどうぞよろしくお願いします」
「はいよ、任せときな」
王様の合図で晩餐会が始まった。
わいわいがやがやと、楽しそうな話し声があふれる。
アグリカルさんたちもお料理を楽しんでいた。
「ふ~ん、なかなか美味いじゃないか。フランクといい勝負だね」
「フランクたちも一緒に来れればよかったですね」
「あいつのためにも色んな料理を食べていってやろう。きっと、新作のメニューを作ってくれるぞ」
“重農の鋤”で採れた作物のお料理はもちろんだけど、どれも絶品だった。
ロファンティでは珍しい海鮮物を使ったお料理もたくさんある。
カレイのムニエルや、ホタテ貝のバター焼き、ロブスターの丸焼き……。
見ているだけでお腹が空いてくる。
「こ、これはウワサに聞いた<太陽トマト>のスープじゃないか。まさか、ここで食べられるとは思わなかった。どれ、一口……おお、すごい。体があったまるな」
「こっちにあるのは<さくさくアスパラガス>だ。くぅぅ、なんという歯ごたえ。おまけに<微笑みカボチャ>のスムージーもある……体が蕩けそうだ」
「見てくれ、<弾けイチゴ>まであるぞ……おおっ、口の中がパチパチする~」
あちらこちらから、作物たちをおいしく食べている声が聞こえてくる。
どうやら好評みたいだ。
アグリカルさんたちもホッとしている。
「ふぅ、良かった。やっぱり美味しいって聞くと安心するさね。アタシはちょっと不安だったんだよ」
「他ではなかなか見かけない作物だからな」
「僕も美味しいって言葉を聞くと苦労が報われた気がします」
と、そこで、ディセント様がやってきた。
来客たちの視線が集まるのを感じる。
「皆さん、楽しんでらっしゃいますか? おかげさまで料理の方も好評ですよ」
「ああ、そうみたいだね。アタシらも嬉しい限りさ」
「こちらこそありがたい限りです。さて、そろそろ皆さんをご紹介したいのですが、一緒に壇上へ来てくれますか?」
「ああ、もちろんいいよ」
ディセント様と一緒に壇上へ向かう。
私たちを見て、会場の話し声も少しずつ小さくなっていった。
「本日は、この素晴らしい作物たちを持ってきていただいた方々をご招待しております。ロファンティにある農業ギルド、“重農の鋤”の皆さんです。さぁ、どうぞ一歩前へ」
「「は、はい」」
「「わあああ!」」
私たちが一歩前へ出ると歓声に包まれた。
パチパチと笑顔で拍手される。
「こんな作物を育てられるなんてすごい栽培技術だな」
「ぜひ一度見学させてもらいたいものだ」
「あちらにいらっしゃるのはウェーザ嬢じゃないか。今はロファンティにいらっしゃるのか」
みんな“重農の鋤”を褒め称えている。
ひとしきり挨拶すると拍手で迎えてくれた。
「皆さん、ありがとうございました。どうぞお戻りください」
私たちが壇上から降りると、すぐ貴族たちが集まってきた。
口々にお礼を言う。
「あなた方が美味しい作物を届けてくれてのですね。大変に美味しいですよ」
「育てるのは大変だったでしょう。ぜひ、実際の農業のお話を聞かせてほしいですな」
「まさか、ロファンティにこんなすごいギルドがあったなんて知りませんでした」
一躍、私たちは注目を浴びてしまった。
わいわいする中、アグリカルさんに困った様子で話しかけられる。
「まいったね、アタシはこういうの慣れていないんだよ。どうしようか」
「いつものように堂々としていればいいんですよ。僕も一緒に話しますから。とはいえ、すごい人だかりですね」
二人は困りつつも質問に答えていた。
(みんな楽しそうで良かったな……あれ?)
誰も気づいていなかったけど、ラフさんだけなんとなく浮かない表情だ。
「あの、ラフさん……」
こっそり話しかけたけど、何か考え込んでいるようだ。
険しい顔でジッとしている。
「ラフさん、どうしましたか?」
腕をつんつんとすると、ラフさんはハッとした。
「どうしたんですか?」
「あ、いや……なんでもない」
しっかり聞いて見ても、ラフさんは視線を逸らすだけで話そうとしない。
こんなラフさんは初めてだった。
(何か様子が変だ……)
もしかしたら、体が疲れているのかもしれない。
ずっと御者をしていたのだ。
そう思うと、具合でも悪いのかと心配になる。
もう一度聞こうとしたところで、貴族たちが集まってきた。
「あなたがラフさんですね。おウワサは聞いていますよ。大変に身体能力が高いみたいですね」
「お持ちいただいた野菜たちはどれも素晴らしくおいしかったです。ぜひ、詳しくお話をお聞きしたいですな」
「どうも、ウェーザ嬢。きっと、あなたの人柄が素晴らしい人たちを引きつけるのでしょう」
わいわいと話す貴族たちを無下にすることもできず、タイミングを逸してしまった。
結局、ラフさんが話してくれることはなかった。




