第50話:宮殿へ
「さあ、皆さん着きましたよ。ここがルークスリッチ王国の王宮です」
「「ここが王宮……」」
旅も無事に進み、私たちはルークスリッチ王国の宮殿にたどり着いた。
壁は温かみのあるアイボリーで、アーチ状の窓が等間隔に並んでいる。
王宮の前には広いお庭があって、季節のお花がぽんぽんと咲いていた。
「ずいぶんと立派な王宮なんですね。さすがはルークスリッチ王国だ。あっ、ロファンティでは見かけないような花が咲いていますよ」
「へぇ、やっぱり場所が変わると植物も変わるもんだねぇ。このポピーなんかオレンジ色でキレイじゃないか。ちょっと貰ってってもいいかね」
「ダメに決まってるだろうが。おい、そんなにいじると花がかわいそうだぞ」
フレッシュさんたちは興味深そうにお花を眺めていた。
平和を象徴するようで、私もこのお庭は特に好きだった。
「ウェーザはいつもここで天気予報しているのかい?」
「はい、王国の天気予報をするのはいつも宮殿の仕事部屋でやってますよ。ちょうどあの辺りですね」
王宮の端っこを指す。
小さな部屋だけど、窓からは空が広く見渡せるのだ。
「ウェーザさーん! よく来てくれましたねー!」
歩き出したら、宮殿の入り口から聞きなれた声が聞こえてきた。
「ディセント様! お出迎えしていただきありがとうございます!」
ディセント様が手を振りながら歩いてくる。
ニコニコと優しそうに笑っていた。
威厳があるときは王様みたいなのに、こういうときは仲のいい友達みたいな雰囲気だった。
ラフさんとアグリカルさんは、ちょっと硬くなっている。
「こんにちは、“重農の鋤”の皆さん。遠路はるばる来ていただき、本当にありがとうございます。お疲れでしょう、荷馬車はこちらでお預かりしますよ」
「あ、ああ、どうも……」
「別に俺はそこまで疲れていない」
“重農の鋤”との間にはひと悶着あったわけだけど、ディセント様はもう気にしていないようだった。
使用人が馬車を引いていく。
そのまま、笑顔で宮殿の中に案内してくれた。
「作物を運んで来るのは大変だったと思います。連絡してくれれば途中まで迎えに行ったんですが」
「さすがに、そこまでしてもらうのは悪いってもんさ。それに、アタシらは自分の仕事に最後まで責任を持ちたいからね」
「俺たちは日頃から雨も盗賊もきっちり対策しているからな。特に問題なかったさ」
途中雨が降ったり強風が吹いたりしたけど、【天気予報】スキルと保存箱のおかげで作物は無事だった。
盗賊や山賊に襲われることもなかった。
これもラフさんたちが目を光らせてくれていたおかげだ。
「そうでしたか、それなら安心ですね。では、まずはお茶でもどうですか。王国にも良い茶葉が揃っているんですよ」
「それは楽しみだね。いただこうか」
ディセント様は応接室に連れて行ってくれた。
室内はアンティーク調の家具がセンスよく置かれ、シャンデリアの明るさも落ち着いている。
どことなく“重農の鋤”を想像させた。
ディセント様に促され、私たちはふかふかのソファに座った。
「この部屋は皆さんのギルドをモチーフにしたんですよ。家具もなるべく木目を活かしています」
「ふ~ん、なかなかセンスが良いじゃないか。貴族の建物にもこういう部屋があるんだねぇ」
「木の香りもうっすらとしていますね。良い木材を使っていることがわかりますよ、ディセント王子」
「俺もこういう雰囲気の方が落ち着けていいな」
お部屋はアグリカルさんたちにも好評だった。
ディセント様なりの気遣いかもしれない。
みんなで話していると、使用人たちがお茶を持ってきてくれた。
紅茶がとくとく……とカップに注がれると、芳醇な香りが湧きたった。
「皆さん、これがさっき言っていたお茶です。わが国で一番の銘柄をご用意しました」
「へぇ、紅茶とは珍しいね。ロファンティではハーブティーが主流なんだよ」
「でしたら、お土産にいくらかお渡ししますよ。ぜひ、ギルドの皆さんにも飲んでもらいたいですから」
「どれ、さっそく飲んでみるか」
「「いただきま~す」」
ラフさんの一言で、みんな一緒にコクリと飲む。
「「おいし~い」」
ほのかな渋みの中に豊かな甘さがある。
いくらでも飲めてしまいそうだ。
テーブルに置かれた入れ物のラベルがちらりと見える。
いつも王様と王妃様がくれる物より1ランク上の大変高価な品だった。
「さて、お疲れのところ申し訳ありませんが、そろそろ晩餐会のお話をしてもいいでしょうか?」
「もちろん、いいよ。そのために来たんだからね」
「ありがとうございます。では、まずは会場にご案内します。作物たちもそちらで拝見しましょう」
ディセント様に連れられ大広間へ入る。
天井は高くて大きなシャンデリアが3つもぶら下がっている。
王宮で一番広い部屋だ。
「晩餐会はこの大広間で行う予定なのです。国内外から多数の要人を招待しますからね。あなたたちの作物を使った料理なんてとても珍しいでしょう」
片隅のテーブルには保存箱が並べてあった。
使用人たちが準備してくれたのだろう。
だけど、彼らは少し困った顔をしている。
「「ディセント様、お届けいただいた作物を持ってまいりました。ですが、申し訳ありません。この箱を開けられないのです」」
「ん? 箱を開けられないって?」
「ああ、すまないね。その保存箱を開けるにはアタシの魔力が必要なんだよ。ちょっと貸しとくれ」
アグリカルさんはテーブルの前に行くと箱に手を当てる。
その両手がぼぅ……と光り、箱が自動的に開いた。
「ほら、こんな感じさ。この箱は特殊な造りをしていてね、作物を凍らしてきたよ」
アグリカルさんは氷漬けになった<太陽トマト>を取り出す。
ディセント様はその光景を見て固まった。
かと思いきや、ものすごく驚いた。
「こ、これは中に入れた物を凍らせることができるのですか!? そんな技術見たことがありませんよ!」
「そこまで驚くことかねぇ。アタシにとっては朝飯前だよ」
「なんて素晴らしい技術なんだ! ぜひ、わが国の鍛冶師にも教えていただけませんか?」
ディセント様はすごい勢いでアグリカルさんに歩み寄る。
「ま、まぁ、そこまで言うなら別にいいけど。技術は人のためになってこそだからね」
「ありがとうございます! これで国内の流通もスムーズになりますよ!」
ひとしきり作物を確認した後、私たちはそれぞれの寝室に案内された。
これもまた“重農の鋤”みたいなアンティーク調で、みんなにも好評だった。
晩餐会までは作物の調理法とかを教えて過ごす予定だ。
軽く食事も済み、今は談話室でのんびりしている。
「あいつも丸くなったもんだね。“重農の鋤”に来たときは、あんなにおっかなかったのに」
「ディセント王子は本来なら優しい人なんですよ。次期国王としての重責に真面目なだけで」
「俺もあいつはいいヤツだってことは知っているさ」
まだ一日しか経ってないけど、ディセント様とのわだかまりみたいな物はもう消えていた。
隣に座っているラフさんに話しかける。
「今から晩餐会が楽しみですね」
「ああ、外国から来た貴族たちの驚く顔が楽しみだ」
「さて、今日はもう寝ようかね。明日は朝から仕事だよ」
「「はーい」」
アグリカルさんの一言で、それぞれの寝室へ向かう。
「では、おやすみなさい」
「「おやすみ~」」
みんなと挨拶を交わし寝室に入る。
窓からは夜空が見えた。
星々が控えめに瞬いている。
どこにいても空は見える。
きっと、“重農の鋤”でも同じように安らかな空が見えるのだろう。
(晩餐会が上手くいくといいな)
ギルドにいるときと同じ温かい気持ちで眠りに就いた。




