第48話:第二王子からの手紙
「アグリカルさーん、“重農の鋤”宛てに手紙が届きましたよ。ずいぶんと立派な文書のようです……って、ルークスリッチ王国からです!」
ある日の昼下がり、ギルドの酒場で休んでいたときだ。
フレッシュさんが一通の手紙を持ってきた。
シーリングスタンプには王国の紋章である、剣と盾のマークが刻まれている。
「ルークスリッチ王国から手紙ぃ? ウェーザ宛じゃないのかいね」
「いえ、“重農の鋤”宛てですよ。アグリカルさん、読んでください」
あの後も、ディセント様はたまにお手紙をくださっていた。
次期国王としての仕事も少しずつ任されているようだ。
「ふーん、なんだろうねぇ」
アグリカルさんはびりびりと手紙を破き、そのまま読み上げていく。
「えー……『拝啓、“重農の鋤”殿。咲き誇る花からはかぐわしい香りを感じ、心華やぐ季節になってまいりました。さて、本題に入ります。次の満月を迎える頃、国を挙げての晩餐会が開かれることになりました。そこで、貴ギルドの素晴らしい作物を使った料理を出したいのです。ぜひ、私たちに作物を分けていただけませんか? ルークスリッチ王国 第二王子・ディセント』……こりゃすごいよ、宮殿の料理にアタシらの作物を使いたいんだってさ!」
「「え、ほんとですか!?」」
アグリカルさんは嬉しそうに叫ぶ。
「ぼ、僕にも見せてください。王国から直々に頼まれるなんて滅多にないですよ。しかも、正式な晩餐会と言ったら大変な名誉です!」
「私も見たいです。ギルドの作物が王宮で使われるなんて、これ以上ないほど嬉しいです!」
アグリカルさんから手紙を受け取った。
フレッシュさんとわくわくしながら読んでいく。
ラフさんも後ろの方からこっそり覗き込んでいた。
(ディセント様は字がキレイだなぁ……あれ?)
下の方に追伸が残っている。
「アグリカルさん、まだ手紙は続いているみたいですよ。追伸があります」
「ほんとかい、ウェーザ。読んどくれ」
「はい……『追伸、“重農の鋤”の皆さんもぜひご参加ください。私の方から紹介させていただきますので。あなたたちが来てくださったら、晩餐会はさらに盛り上がるでしょう』……です」
「ふーん、アタシらも晩餐会に呼ばれてんのかぁ…………なんだって!?」
追伸を読み終わったとたん、アグリカルさんは目を見開いた。
ただでさえ大きな目が顔から零れそうになっている。
フレッシュさんが嬉しそうに話しかけた。
「いやぁ、これはすごいことですね。作物だけじゃなくて、ギルドメンバーまで呼ばれるなんて……。“重農の鋤”が色んな人に認められるまたとない機会ですね」
「そうですよ。私も皆さんにはぜひ一度ルークスリッチ王国に来てほしかったんです。ここにも負けないくらい緑豊かで素晴らしい国なんですよ」
「俺もウェーザの護衛で何度か行ったことがあるが良いところだったぞ」
私たちはアハハと笑っているのに、アグリカルさんは固まっている。
と、思ったら、その顔をたらりと汗が伝った。
「王国の晩餐会ってことは貴族がわんさかいるんだろ!? 互いに牽制して権力を奪い合うんだろ!? そんなところにいたら干上がっちまうよ!」
「「え」」
アグリカルは固まったと思ったら騒ぎ出した。
「アタシは貴族社会なんてウワサでしか聞いたことがないけどね! 大変に恐ろしい社会だって聞いているよ! おまけに、みっともない服を着ていたら捕まるんだろ!?」
「お、落ち着いてくださいよ、アグリカルさん。そんなことするわけないじゃないですか」
慌てふためくアグリカルさんを、フレッシュさんが冷静にたしなめる。
「とはいってもねえ、アタシらは貴族でも何でもないんだよ。もちろん、ウェーザは別だけどさ。服も作業着しかないし、食事のマナーもよく知らないしねぇ」
アグリカルさんの気持ちも痛いほどよくわかった。
貴族と聞くと、それだけで堅苦しくてとっつきにくいイメージがある。
でも、王国と行き来していてわかったけど、ディセント様の周りに集まるのは優しい人ばかりだった。
「ディセント様はお優しい方ですから、服装なんか気にしないと思いますよ。食事のマナーだって私がお教えします。やってみればそんなに難しくないですよ」
「向こうだって俺たちの事情は知っているだろう。それに、俺がかっちりした服を仕立ててやるさ」
「ほ、ほんとうかい? それなら大丈夫そうだね……まったく、あんたらは優しいよ」
アグリカルさんは私たちに抱き着く。
大げさに泣くふりをしていた。
「まぁ、服やらマナーやらはどうにかするとして、まずは作物を選別しないとな。少し長い距離を運ぶことになりそうだから、長持ちするような道具を作ってくれ」
「アグリカルさんが作った道具なら新鮮なままで運べますよ。ギルドマスターの力の見せ所ってヤツですね。何だったら僕もお手伝いします」
「ああ、そうだね! 任せときな! とっておきの保存容器を作ってやるさ!」
アグリカルさんはすぐにいつもの快活さを取り戻した。
その様子を見て、フレッシュさんが安心したように笑う。
「やっぱり、アグリカルさんは騒がしい方が似合ってますよ」
「こら! 騒がしいってどういうことだい!」
「いや、元気って意味ですって!」
アグリカルさんがフレッシュさんを追いかけ回す。
のどかな光景で微笑ましかった。
ということで、晩餐会に持っていく作物をみんなで選ぶことになった。




