第47話:日よけ帽子
「おはようございます、ラフさん」
「ああ、おはよう、ウェーザ」
「ウェーザお姉ちゃん、おはよう」
翌朝、ギルドの仕事を終えて仕立て屋に行く。
すると、昨日藍染めした布で、ラフさんがさっそく服を作っていた。
「何を作っているんですか? あっ、注文にあったドレスですね」
「いや、ドレスではない」
「え、そうなんですか?」
言われてみれば、頭の入りそうな丸みがある。
つばの広い帽子だった。
「今作っているのは日よけ帽子だ。これくらいの濃さまで染めたら、太陽の光も遮れると思ってな」
「出来上がるまで見ててもいいですか?」
「別に構わないが……楽しくもなんともないと思うぞ」
「いえ、私にとってはすごく楽しいですよ」
椅子を持ってきて近くに座る。
たまに仕立て屋の仕事を見せてもらうことがあった。
ラフさんが手を動かす度に、布は帽子の形になっていく。
魔法がかかっていくような不思議な光景で、見ているだけでわくわくした。
「ウェーザ、ちょっと頭を上げてくれるか?」
「は、はい、頭ですか?」
突然、ラフさんに声をかけられた。
慌てて頭を上げる。
ラフさんはジッと私を見たかと思うと、また裁縫に戻った。
(ど、どうしたんだろう)
疑問に思いつつも、ラフさんの手仕事を眺めていた。
「よし、もう大丈夫だ。ほら」
「え?」
ラフさんがスッと帽子を差し出した。
「この日よけ帽子はウェーザのために作ったんだ。受け取ってくれ」
「わ、私にくださるんですか!?」
まさか、私の帽子だとは思わなかった。
さっき頭を上げて、と言われたのは仕上げのためだったのか。
「でも、初めて染めた布だからもっと良い品を作った方がいいんじゃ……」
「いや、ウェーザのおかげで素晴らしい青の布が見つかったんだ。これはちょっとしたお礼の気持ちだな。ぜひ、受け取ってほしい」
「ありがとうございます。そういうことでしたら有難くいただきます。すごく嬉しいです」
みんなで藍染めした帽子は、穏やかな夜空から生まれたみたいだ。
見ているだけで気持ちが落ち着いていく。
手触りも柔らかいのだけど、どこか頼りがいのありそうな触り心地だった。
「濃い藍色だからウェーザの赤い髪によく似合うと思うんだ。被ってみてくれ」
「では、さっそく……」
(うわぁ……)
鏡の前に行って、自分の姿を見た瞬間気持ちが高揚していった。
赤い髪は帽子を引き立て、帽子は赤い髪を引き立てている。
サイズも私の頭にピッタリで、顔が隠れすぎることもない。
つばも広いから日よけ効果はバッチリだ。
ネイルスちゃんが鏡の中で飛び跳ねているのが見えた。
「ウェーザお姉ちゃん、すごいキレイ! 大きな国のお姫様にも負けないくらいだよ!」
「ありがとう、ネイルスちゃん!」
ラフさんの姿は私に重なって見えない。
どんな顔をしているのかすぐに知りたかった。
なにより、この素敵な姿をラフさんにも見てほしい。
「こんなに素敵な帽子を作っていただいてありがとうございます、ラフさん! 似合ってますか?」
「う、うむ……そうだな」
笑顔で振り返ったけど、ラフさんは視線を逸らした。
顔が赤くなっていて険しい表情をしている。
(似合ってないってことかな)
ラフさんの帽子にふさわしい人間じゃなくて申し訳なくなってきた。
「もう……お兄ちゃんは肝心なところで怖じ気づくんだから。はっきりキレイだよ、見惚れちゃうよ、って言えばいいのに」
「こ、こら、ネイルス! 余計なことを言うんじゃない!」
「余計なことじゃなくて事実でしょ~」
「っ!?」
ネイルスちゃんが呆れた様子で言う。
ラフさんは大慌てで追いかけまわしていた。
「ラフさん、本当にありがとうございます。心があったかくなる帽子です。大切に毎日使わせていただきますね」
「ああ、気に入ってくれたら良かった。雨避けのまじないをかけてあるから、弱い雨くらいなら防げるはずだぞ」
「被る度にみんなで藍染めした楽しい思い出がよみがえりそうです」
(これなら農作業にも使えるわ。あっ……)
ふと、帽子からうっすらと土の香りがしてきた。
「ラフさん、帽子から土のような香りがしてきましたよ!」
驚いて言うと、ネイルスちゃんもお鼻をくんくんさせてきた。
「えっ……ほんとだぁ。不思議」
「藍染めにはそういう香りもあるようだ。虫よけにもなるみたいだな」
「へぇ、そうなんですか」
帽子を被っていれば、いつも畑にいるみたいで気持ちが落ち着く。
さっそく、農作業をするときは帽子も被ることにした。
「さて、そろそろギルドに帰るか」
「せっかくだから、このまま被って帰ります」
「きっと、みんなすごく驚くよ」
仕立て屋の仕事を終えギルドに戻る。
バーシルさんも私たちを見かけると、勢い良く走ってきた。
『ウェーザ、その帽子はなんだ!? すごくキレイな色だな!』
「ラフさんが作ってくれたんです」
『なんだって!? おい、ラフ! 俺様にもなんか作ってくれ! スカーフとかがいいな!』
バーシルさんはラフさんに飛びかかる。
興奮して息が荒かった。
「今抱えている仕事が一通り終わったらな。ひと月はかかるかもしれんが」
『そんなに待てんぞ!』
「まったくわがまま言わないでくれよ、バーシル」
バーシルさんは嬉しそうにラフさんの周りを走っている。
微笑ましい光景だった。
その後、農作業を手伝っていると日が暮れてきた。
今日の仕事はおしまいの時間だ。
みんなでギルドへ向かう。
「さて、そろそろ上がるか。俺たちは飯まで少し休んでくるよ。また後でな、ウェーザ」
「またね、ウェーザお姉ちゃん」
「はい、また後で」
ラフさんたちと別れ、パタリと自室の扉を閉じる。
「さてと……」
部屋に戻ってからも、しばらく帽子を被っていた。
もちろん、太陽の日差しは特に強くないし被る必要もないのだけど、まだ被っていたかった。
そよ風が窓から入ってきて顔を撫でる。
帽子もふらふらと揺れていた。
「ラフさんは私のことを……本当に大事にしてくれるな……」
言うつもりがなくても、ポツリと言葉が出てきた。
空は藍染めみたいに濃い青色になってきた。
もう一度帽子をふわりと撫でる。
幸せが形になったようだった。




