第46話:みんなで藍染め
「ふむ、まずは布をよく洗うのか。どうやら、下準備が特に大事らしい」
「私も洗うの手伝います」
「私も~」
ラフさんと一緒に大きな布を洗う。
買ったままだと細かい汚れやのりがついていたりするので、事前に落とすのだ。
ざぶざぶ洗うのは気持ちよくて、思いのほか楽しかった。
「次は蓼藍の葉から色を取り出す作業だな。フランクに貸してもらった乳棒と乳鉢を使おう。すりつぶすのは俺がやるから、ウェーザとネイルスは乳鉢を押さえておいてくれ」
「は~い」
「わかりました。しっかり支えておきますね」
ラフさんが力強く葉っぱをすりつぶしていく。
乳鉢がグラグラしないように、気をつけて抑える。
ネイルスちゃんの力が意外と強くて安心した。
乳棒が動く度、だんだん葉っぱが擦り切れていく。
途中、ぬるま湯を少しずつ加えていると、黄緑色の液体になってきた。
「なんだか、葉っぱをすりつぶしたときと色が違いますね」
「青くないね、お兄ちゃん。どうしたんだろ、やり方を間違えたのかなぁ?」
「いや、これで正しいようだ。乾燥すると青くなるみたいだな」
ラフさんと一緒に本を読みながら作業する。
蓼藍に含まれている色の成分は、空気に当たると青色になるらしい。
「ほんとだ……それにしても、“ジャッパン”人たちはよくこんなことを発見しましたね」
「そうだよなぁ。俺だったら液体が黄緑なだけで諦めてしまいそうだ」
「きっと感受性豊かな人が多いんだろうね」
布で濾して葉っぱの欠片を取り除いた。
これで下準備はおしまいだ。
黄緑の液体に白い布を浸してよく揉みこむ。
やがて、少しずつ色が青く変わってきた。
「あっ、ラフさん! 青くなってきましたよ」
「へぇ、これは面白いな。蓼藍が手に入ればまた染められるし、なかなか良い技法だ」
「私の爪まで青くなってきちゃった」
『どれどれ、うまくいっているみたいだな。出来上がったら俺様も見てやるぞ』
バーシルさんは自慢の毛が青くなるのが嫌なんだろう。
私たちよりちょっと離れたところにいた。
それでも、尻尾がふりふりしているので興味津々なことはよくわかる。
「さて、一度広げてみるか。染まり具合を確認しよう」
「どんな色になるか楽しみです」
『俺様も手伝ってやるぞ』
「じゃあ、バーシルちゃんはここをくわえてね」
みんなで布の端っこを持ち、思いっきり広げてみる。
布は澄んだ青色に染まっていた。
雲一つなく晴れた青空を想像させる。
予想以上に素晴らしく、思わず感嘆の声があふれた。
「これは見事な色合いだ……」
「うわぁ! すごいキレイですね! こんな色は見たことありませんよ!」
「私も! あの葉っぱから染め上がるなんてすごいねぇ!」
『植物にもこんな使い方があるんだなぁ!』
王都でも見かけないくらい素晴らしい美しさだ。
こんな青色はなかなか見かけない。
ラフさんも満足気に布を眺めていた。
「これでも十分素晴らしいが、もう少し濃い青色を目指してみよう」
「色を濃くするには、液につける時間を長くすればいいみたいですね。何度か液に浸せばできそうです」
藍染めなんてやったことはなかったけど、本には細かく書かれている。
手順通りにやればどうにかできた。
バーシルさんもさっきより近くで私たちを見ている。
ふと、気になっていたことを呟いた。
「“ジャッパン”人たちは仕事が細かいですね。手順一つ一つから、彼らの真剣さが伝わってくるようです」
「きっと、彼らを取り巻く境遇がそうさせているんだ。なんといっても修羅の国だからな。生半可なことじゃやっていけないんだろう」
「少しでも気を抜くと怪物に食べられちゃうんだろうね。怖いなぁ」
『俺様は別に怖くないぞ。シルバーワーグの方が強いに決まっている』
その後、何回か藍染めを繰り返すと、初めは白かった布が深い藍色になった。
まるで夜空を切り出したような色合いだ。
見ているだけで吸い込まれそうだった。
「俺はこういう色がほしかったんだ。イメージしていたのとピッタリだ」
「見ているだけで気持ちが落ち着くよ」
「上手く染まって良かったですね、ラフさん」
「ウェーザやネイルス、そしてバーシルのおかげだな」
ラフさんも嬉しそうに喜んでいる。
あとはしっかり乾燥させれば完成だ。
(明日の予報はもうしてあるけど……)
「では、念のためもう一度明日の天気を予報してみますか?」
「ああ、頼むよ、ウェーザ」
「私もウェーザお姉ちゃんのスキル使うところ見る!」
「ちょっと待っててくださいね」
空を見ながら意識を集中する。
風の流れる様子や雲が生まれる様子など、未来の空模様が見えてきた。
明日は薄雲がかかる。
天気が崩れる合図だけど、この雲自体は雨を降らさないから大丈夫だ。
もしかしたら、太陽の周りに暈が出てきてキレイかもしれない。
(天気は人々の生活と密接に関わっている……)
【天気予報】スキルを使うたび、私はそんな気持ちになった。
「明日は曇りですが雨を降らすことはありません。空は白くなりますけど、薄い雲なので太陽の光はしっかり通してくれます。安心して干しましょう」
「よし、ウェーザが言うなら安心だ」
「ウェーザお姉ちゃんは頼りになるねぇ」
みんなで協力して物干し竿に布を干す。
風になびく藍色の布は気持ちよさそうになびいていた。
(上手くいって良かった)
ラフさんの問題を解決できてホッとした。
「完成したらどんな色になるんだろうな」
「今から楽しみですね」
「もっとキレイになると思うよ」
『俺様にもちゃんと見せるんだぞ』
私たちはしばらく風に揺れる布を眺めていた。




