第45話:蓼藍探し
「さて、まずは蓼藍を手に入れないとな。だが、こんな植物見たことないぞ」
「この辺りに生えているといいんですが……」
私たちは本を見ながら悩んでいた。
蓼藍は茎の先に実のような蕾がいっぱいくっついている。
濃いピンク色のお花だ。
しかし、このような植物は“重農の鋤”でも見たことがなかった。
「行商人に頼んでみるか? だが、採りたての葉の方がよく染まると書いてあるな」
「できれば自生しているものを使いたいですね。“ジャッパン”の植物だから珍しい植物なんでしょうか。ねえ、ネイルスちゃんはこの植物見たことある?」
ネイルスちゃんを見ると、顎に手を当てて考え込んでいた。
まるで何かを思い出すように。
見たことないくらい真剣な表情だ。
あまりの真剣さにラフさんもたじろいでいた。
「ど、どうした、ネイルス」
「私……この植物見たことある」
「え!? ほんと、ネイルスちゃん!?」
「見たことあるだって!?」
まさかネイルスちゃんが見つけているとは思わなかった。
とうの本人は蓼藍の絵を見ながら、うんうんとうなずいている。
「……うん、やっぱりそうだ。バーシルちゃんとお散歩しているときに見つけたの。食べてみたらすごく苦かったからよく覚えているよ」
「そうだったのか。それで、どこにあるんだ?」
「ギルドの近くにある森の中に生えていたよ。少し奥の方だけど。本当にまずかったから動物も食べたりしてないんじゃないかな」
「じゃあ、明日さっそく採りに行こう。今日はもう遅いからな」
翌日、ギルドの仕事を終えた私たちは森へ行く準備をしていた。
事情を話すと、アグリカルさんも快く送り出してくれた。
「蓼藍はこの小さな鎌で刈り取ろう。採取した物はこのカバンに入れれば大丈夫そうだな」
「たくさん採れるといいですね」
「ちょっとした遠足みたいで楽しみだねぇ」
目的の森は、農場のさらに奥だ。
途中、みんなで歩いているとバーシルさんがやってきた。
『勢揃いしてどうしたんだ、お前ら。これからどっか行くのか?』
「この前、バーシルちゃんとお散歩したときに見つけた植物を採りに行くんだよ。ほら、あのすっごい苦かった葉っぱ覚えてる? 蓼藍っていうんだって」
『ああ、あれか。たしかに、めちゃくちゃまずかったな。ひょっとして、美味い飯の作り方がわかったのか?』
バーシルさんは嬉しそうにハッハッとしている。
ラフさんが呆れたように話した。
「違うぞ、バーシル。葉を染め出すと美しい青色が採れるんだ。俺は青い布がほしいんだが、なかなか見つからなくてな」
「みんなで染めてみようという話になったんです。“ジャッパン”の技術に藍染めというのがありまして……」
『なにぃ、“ジャッパン”だとぉ!?』
修羅の国の名前を出したら、バーシルさんが勢い良く食いついてきた。
『“ジャッパン”のウワサなら俺様も聞いたことがあるぞ。ますます面白そうじゃないか。せっかくだから一緒に行ってやる』
「別にいいよ。お前が来たらうるさくなるし」
『こら! うるさくなるってなんだ!』
ラフさんが適当にあしらうと、バーシルさんがプンスカしだしてしまった。
すかさずネイルスちゃんが間に入る。
「まぁまぁ、バーシルちゃんも一緒に行こうよ。その方が確実だし。でしょ、ウェーザお姉ちゃん」
「え? う、うん、そう私も思うわ」
いきなり私にふられたので、たどたどしく返事をしてしまった。
「まぁ……ウェーザたちがそう言うのならしょうがないか。バーシル、お前も一緒に来ていいが、はしゃいで植物を台無しにするなよ」
『いくら俺様でもそんなことはしないさ』
ということで、バーシルさんも一緒に行くことになった。
『ああ、そうだ。“ジャッパン”と言えば、尻尾が九本も生えている化け物がいるらしいな。だが、俺様にとっては敵じゃない。なぜなら、俺様はどんな生き物より強いシルバーワーグで……』
楽しそうにペチャクチャ喋るバーシルさんは、いつものように微笑ましかった。
やがて、森の奥に来た。
森の端っこに比べて、背の高い木が多く鬱蒼としている。
晴れていても日が陰ってしまうくらいだった。
「この辺りか、ネイルス?」
「うん、ここら辺だったと思うよ。いや、もうちょっと先かな」
『ああ、もう少し向こうだった気がするぞ。大きな木の下に生えていたはずだ』
二人に付いて行くと、さらに巨大な木が出てきた。
その下には眩しいくらいに濃いピンクの花が咲いている。
『「あった! あれだ!」』
「お、おい、そんなに走ると危ないぞ」
「ちょ、ちょっと待って」
真っ先にネイルスちゃんとバーシルさんが駆けだした。
私たちも慌てて後に続く。
そこには探していた植物がいっぱい生えていた。
鮮やかな緑の葉っぱに、はっきりとしたピンクのお花。
本で見たのとそっくりだ。
「ほら、これだよ、お兄ちゃん! 見て見て!」
『どうだ、俺様を連れてきて良かっただろう!』
「よくやったぞ、二人とも」
「ありがとう、ネイルスちゃん、バーシルさん」
私たちがお礼を言うと、二人はにんまりしていた。
さっそく、ラフさんは植物を観察する。
「これが蓼藍か。たしか、本に見分け方が書いてあったな」
「えーっと……指で葉っぱをすり潰すと指先が青くなるって書いてありますね」
「よし、確かめてみよう」
ラフさんと一緒に葉っぱをすりつぶす。
少し擦っただけで指先が青くなった。
この植物が蓼藍で間違いない。
「うわぁ、ほんとに青くなるんだねぇ」
『こんな植物があるんだな。俺様も初めて見たぞ』
「よかった……やっぱり蓼藍でしたね、ラフさん」
森の中を歓声が包んだ。
ラフさんも嬉しそうな様子だ。
「ああ、良く染まる気がするぞ。これもみんなのおかげだな」
まずはお試しということで、少しだけ刈り取ってきた。
良さそうであれば、またみんなで採りに来る。
もちろん、森に影響しないくらいの量だ。
藍染めの場所として、ギルドの前のスぺースを貸してもらった。
「上手く染まるといいですね」
「そうだな。では、さっそく藍染めを始めるか」
私たちはドキドキしながら藍染めの準備を始める。




