第44話:青い布
「ラフさん、針と糸を出しました。次は何をすればいいですか?」
「ああ、ありがとう。じゃあ、この布をしまってくれないか? ネイルスも一緒に頼む」
「「は~い」」
今、私はロファンティの街に来ている。
でも、“重農の鋤”の仕事ではない。
ラフさんのお手伝いだ。
冒険者稼業をお休みしてから、週に数日仕立て屋をしている。
ギルドの仕事がないときは、私もお手伝いさせてもらっていた。
「さて、俺は頼んでおいた布を受け取ってくる。少し店番しといてくれ」
「わかりました。気をつけて行ってきてくださいね」
「もう気をつける必要なんてないけどな。でもありがとう」
手を振って見送る。
後ろを振り返ると、ネイルスちゃんがにやにやしていた。
「どうしたの、ネイルスちゃん。何かおかしなことでもあった?」
「いや、ウェーザお姉ちゃんたちは本当に仲が良いなぁと思って」
「もうからかわないでよ」
「だって嬉しいんだもーん」
ネイルスちゃんはくるくる回りながら喜んでいる。
かわいいなと思っていたら、ラフさんにお土産を渡すことを思い出した。
鞄から一冊の本を取り出す。
前に王都へ行ったとき買ってきた物だった。
「あっ、ウェーザお姉ちゃん。その本なに?」
「これはね、お洋服の……」
「すまん、二人ともちょっと手伝ってくれ」
話そうとしたとき、お店の入り口からラフさんの声が聞こえてきた。
顔が見えないくらい、たくさんの布を抱えていた。
小さな山を持っているみたいだ。
「はい、すぐ行きます! って、今回もたくさん届きましたね」
「何回かに分けて行けばいいのに」
「こっちの方が早いんだよ」
山の向こうからからラフさんの声が聞こえた。
ネイルスちゃんと一緒に布を受け取る。
これを全部扱いきれるのだから、やっぱりラフさんはすごいなと思った。
「色も厚さも、生地にはたくさんの種類がありますね。私だったら混乱しちゃいそうです」
「慣れればどうってことないさ。おっと……こういう色だったか」
ラフさんは青い布を持って考え込んでいる。
どこか冴えない表情だった。
「どうしましたか、ラフさん。破れたりしてたんですか?」
「いや、布自体は問題ないんだが……思っていた色と違うな、と思ってな。絵で見たよりだいぶ色が薄いんだ」
そう言って、ラフさんは青い布を広げた。
キレイではあるんだけど、たしかに色が薄い気がする。
光を当てると向こう側がうっすら透けて見えた。
「そのまま使ったら透け透けのドレスになっちゃいそうだね。恥ずかしくて着られないや」
「染色が上手くいかなかったんでしょうか」
「たぶんそんなところだろう。もっと深みのある青色が欲しかったんだが……これではちょっと使えないな」
ラフさんはううん……と悩んでいる。
今仕立てているドレスは、早め希望のお仕事だ。
次の入荷を待ってたら間に合わないかもしれない。
「行商人さんたち、次来るのはいつかなぁ?」
「早くても来月だろうな。さすがにそこまでは待てない。仕方がない……明日にでも直接買いに行ってくるか」
「良い色が見つかればいいね」
(そうだ、このお土産が役に立つかもしれない)
「あの、ラフさん。これどうぞ」
一冊の分厚い本を差し出した。
「ん? なんだ、これは。ずいぶんと分厚い本だな」
「王都で買ってきたお洋服の本です。色んな国の服に関する伝統文化が載っているみたいです。ラフさんのためになるかなと思いまして。もしかしたら、良い青色の染色法とかが見つかるかもしれません」
「それは素晴らしい土産だ! ありがとう、さすがはウェーザだな」
さっそく、ラフさんは嬉しそうにページをめくる。
喜んでいる顔を見ていると、こっちまで嬉しくなってきた。
(買ってきて良かったな)
二人で本を眺めていると、東にある島国“ジャッパン”のページが出てきた。
その名前を見たとき、私たちは驚きのあまり固まってしまった。
「「ジャ、“ジャッパン”……!」」
ここからずっと東へ行ったところに、その国はあるらしい。
何人たりとも侵入を許さない、言わずと知れた修羅の国だ。
それでも、あまりのすごさからウワサが少しずつ届いていた。
ラフさんがハッとしたように叫ぶ。
「む、昔聞いたことがあるぞ! 庶民も貴族も黄金に身を包み、釜茹でにされるのが趣味らしい! それも毎日だそうだ!」
「「ええ!?」」
私たちもお風呂には入るけど、釜茹でにされるほど熱いのは遠慮したい。
しかも毎日入るなんて、“ジャッパン人”はどんなに頑丈な体をしているのだろう。
そして、ラフさんの話を聞いて私もウワサを思い出した。
「わ、私も聞いたことがあります! 国民たちは全員、音もなく走れたり水中にいつまでも潜れたりと、飛びぬけた身体能力を持っているらしいです!」
「「ええ!?」」
変わった人たちかと思いきや、その身体能力は飛びぬけている。
おまけに、魔法とは違う特殊な術も使えるようだ。
「わ、私も“ジャッパン”の話は聞いたことあるよ! 人を食べる傘の怪物がいたり、人に化ける狐のモンスターがいるんだって! しかも“ジャッパン人”たちは絵に描いて楽しむらしいよ!」
「「ええ!?」」
聞けば聞くほど危険な話しか出てこない。
“ジャッパン”は想像以上に修羅の国らしい。
だんだん、本に書いてある話も怖くなってきた。
「その“ジャッパン”で生まれた技術って、どんな物なんでしょう」
「釜茹でがあるのは間違いないね。もしかしたら、モンスターの血で染めてたりして」
「なんだか怖いな。危ない技術じゃなければいいんだが」
みんなでそぉっとページをめくると思わず息を呑んだ。
見たこともないくらい美しい青色の衣服が描かれている。
「あっ、ラフさん! 青い布の絵が描いてありますよ!」
「すごいキレイだね。美しさだけじゃなくて威厳まで感じるよ」
「ほんとだな……しかし、これはなんだ? ふむ……藍染めというのか」
「「藍染め……」」
さらに次のページには細かい作り方が説明されていた。
絵と一緒に文が書いてあるので、大変にわかりやすい。
「初めて見る技法だ。“ジャッパン”にはこんな技術があるのか。きっと、モンスターに襲われながらも懸命に生み出したんだろう。大したものだ」
「どうやら、染めた時間によって青色の濃さが変わるみたいですね」
本には藍染めのやり方も詳しく書いてあった。
「ほぅ、蓼藍という植物から色を取り出すのか。ずいぶんと美しい青が出る植物なんだな」
「藍染めした衣服は、火傷や虫刺されも治すって書いてありますよ。まるで着るお薬みたいですね」
「そんな効果まであるのか。ますます気に入ったぞ」
蓼藍から取り出した染料には特別な効能があるらしい。
“ジャッパン”人たちはよく発見したものだ。
(これもモンスターに襲われながら作ったのかな)
ラフさんじゃないけど感心しきりだった。
「ほ、ほら、やっぱり釜茹でしてるよ。怖いなぁ」
ネイルスちゃんは布をぐつぐつ茹でている絵を見て震えていた。
「心配するな、ネイルス。布を染めるときは茹でることもよくある。これもきっとそうだ。見たところ危なそうなところはないし、一度やってみよう。こんなにキレイな青色の布が使えたら客も喜ぶ」
「そうですね、まずはやってみましょう。天気もしばらく晴れなので、乾燥も上手くできるはずですよ」
「うん、私も手伝うよ。見てるだけじゃつまんないから。それに、ウェーザお姉ちゃんたちがいれば何があっても大丈夫だし」
ネイルスちゃんも力強く拳を握っていた。
「じゃあ、さっそくみんなで藍染めだ!」
「「おおおー!」」
ということで、みんなで藍染めをしてみることになった。




