第43話:念願の服(Side:とある少女①)
「あんたたち、用意はいい? お金を落としたりしてないでしょうね」
「もちろん持っているわ。全財産ね。使い切るつもりなんだから」
「私だって買い渋りはしないわ。いざとなれば歩いて帰ってもいいくらいよ」
あたしたちが今いるのは、辺境の街ロファンティ。
目当ては“ラフネーザ”の服だ。
私の地元では、ここの服を着ていることが一番の自慢だった。
でも、新作はいつも一日持たずに売り切れる。
とにかくデザインと着心地が素晴らしくて大人気なのだ。
その頑丈さも売りで、擦り切れたり破れることは滅多になかった。
なにより、ちょっと高いけどお手頃価格なのが嬉しい。
無駄遣いしなければ、あたしたちみたいな小娘でもどうにか買えた。
「ここがロファンティか……思い返せば、ずいぶん遠くまで来たわね」
「まさか、私にこんな行動力があるなんて思いもしなかったわ」
「“ラフネーザ”の服が買えるなら、どんなことだってするわよ」
地元ではどんなに頑張っても買えない。
でも、“ラフネーザ”の服は絶対に欲しい。
となれば、工房に直接行くしかない。
というのがこの旅の始まりだった。
馬車をたくさん乗り継ぎ、ようやく着いた。
服を買うため少しでも安い馬車に乗ったので、体があちこち痛かった。
「なんだか活気のある街ね。以前は治安が悪かったらしいけど」
「元々は流れの冒険者が多かったみたいよ。ちらほらそういう人がいるわ」
「でも、私たちみたいなお嬢さんも歩いてるわね。観光客かしら」
ロファンティはガサツだけど元気いっぱいの街、という印象だ。
詳しくは知らないけど最近治安が良くなったらしい。
荒くれ者が多いっていう話だけど、怖そうな人は全然いなかった。
衛兵みたいな人たちも歩いているから安心できる。
「それにしても、服を仕立てているラフってどんな人かしらね」
ウワサだと男性が一人でデザインと製作を担っているらしい。
毎月のように新作が出るので、職人がたくさんいるのかと思っていた。
「あんなに素晴らしいデザインを思いつくんですもの。きっと、王子様みたいな人よ」
「もしかしたら、姿を隠すために男装した姫様だったり」
「あたしは年老いた紳士だと思うわね。人生の酸いも甘いも知り尽くした人が仕立てているんだわ」
謎の仕立人ラフについて、あれこれ予想するのは楽しかった。
“ラフネーザ”の情報はそもそも少ないけど、その分想像の余地がある。
道を歩きながら、同志たちに気になっていたことを聞いた。
「ね、ねえ、手紙とか送ってないけど大丈夫かしら」
私たちの地元は田舎だ。
“ラフネーザ”はウワサ程度の話しか入ってこなかった。
手紙がちゃんと届くかもわからなかったので直接やってきたわけだ。
「まぁ、平気なんじゃない? 地元には愛想がいい仕立て屋だってあるし」
「断られても頼みこめば売ってくれるわよ。わざわざこんな遠くまで来たんですもの」
(そうね、同志たちの言う通りだわ。もしダメでも、絶対にお洋服を売ってもらおう)
心の中で静かに決心した。
「ねえ、あそこが“ラフネーザ”の工房じゃない? 見るからに仕立て屋っぽいわよ」
「ほんとね。なんだか看板もオシャレだわ」
やがて、だいぶ奥まで来たときだった。
同志たちが向こう側を指している。
レストランや武器屋とはまるで違う雰囲気のお店があった。
「どれどれ、お店の名前は……」
看板には“ラフネーザ”と書いてある。
その端っこには、金属でできた鋏の飾りがつけられていた。
これもウワサ通りだ。
「「やった! とうとう見つけた! ここだわ!」」
あたしたちは手を取り合って喜ぶ。
憧れのブランド名が見えただけで、遠路はるばるやって来たかいがあった気がした。
しかし、ここからが本番だった。
既製品は販売しているのか……あたしたちに売ってもらえるのか……。
「では、さっそく工房に入りましょう。あたしは後から入るから、あんたたち先に行っていいわよ」
「いえいえ、あなたが一番来たがっていたでしょう。一番乗りはお譲りするわ」
「私もお店の飾りを見てから入るからお先にどうぞ。なかなか見かけない飾りですからね」
同志たちは意外と怖がりで、私の後ろに隠れようとする。
かと言って、私も一番手はご遠慮したかった。
厳格なお爺さんみたいな人が出てきたらどうするのだ。
想像したら急に怖くなってきた。
みんなで押し合い圧し合いしていると、工房のドアが開いた。
「なにか用か?」
「「ひっ……!!」」
巨大な男の人がぬらりと出てきた。
黒髪に黒目。
顔は整っていてカッコいいのだけど……怖い。
身体はがっしりしているし、笑顔の一つもなかった。
特に、その鋭い目で見られると猟犬に狙われたウサギの気分になった。
たぶん、この人は“ラフネーザ”の用心棒だ。
(ど、どうしよう、お洋服は欲しいけどこの人怖い……)
あと一歩というところで、最大の試練が立ちはだかった。
この用心棒を倒さないとお店には入れないのだ。
「なにか用かと聞いているんだが」
「「ひっ……!!」」
男の人は私たちを睨む。
冷や汗がじわじわと出てきた。
金縛りにあったかのように体が動かない。
(だ、誰か助けて)
「ちょっと、お兄ちゃん! 何やってるの!」
同志を置いて逃げようと覚悟を決めたときだ。
お店の中から女の子の声が聞こえてきた。
「何やってるって、誰か来たから対応しているだけだが」
「もう! その人たちはお客さんでしょ! まったく、どうしてわからないのかなぁ」
そぉっと中を覗くと、小さな女の子が男の人を怒っていた。
長く伸ばした青っぽい黒髪に黒目。
お兄ちゃんと呼んでたし、二人は兄妹かもしれない。
「客? こいつらが?」
「だから、お客さんにこいつらとか言わないの! ……すみません、“ラフネーザ”にようこそ。さあ、どうぞ中に入ってください」
「「ど、どうも」」
女の子に案内されお店に入った。
棚にはたくさんの布がしまってあったり、机の上には鋏や針が置かれている。
一見すると雑多な雰囲気だけど、よく整理整頓されていた。
「狭くて悪いな」
「「あ、いえ」」
女の子はニコニコしているけど、男の人は相変わらず表情が硬い。
あたしたちは気まずい雰囲気で佇む。
「ほら、お兄ちゃん、自己紹介して」
「ああ、そうだな……さて、俺はラフだ。こっちは妹のネイルス」
「ネイルスでーす。お兄ちゃんはいつも無愛想なんですけど、怒ったりしてるわけじゃないから安心してください」
「「よ、よろしくお願いします……って、あなたがラフさんなんですか!?」」
男の人にラフと名乗られ驚愕した。
“ラフネーザ”の仕立人と同じ名前だ。
(こんな無骨な人が作っていたなんて……)
同志たちも驚きで固まっている。
「それで用件はなんだ?」
ドギマギしていると、同志たちに小突かれた。
あたしが代表して言いなさい、ということのようだ。
「あ、あたしたちは“ラフネーザ”の服がほしいのですが……地元ではどうしても買えなくて。工房なら買えるかもしれないと思ってここまで来ました」
「なるほど……だが、今ここに既製品はないぞ」
「ちょうど今日の午前中、よその街に全部送っちゃったんです」
「「え!? そ、そんな」」
なんという巡り合わせの悪さだ。
せっかくここまで来たのに。
同志たちもショックを隠せないようだ。
ネイルスさんとラフさんは顔を見合わせている。
「そんなに気落ちするな。服が欲しいのならオーダーメイドで作ってやろうか?」
「急ぎの仕事が終わったので作れますよ」
「「ほ、ほんとですか!?」」
オーダーメイドで作れると言われた瞬間、心が明るくなった。
傍らの同志たちもうなずいている。
「じゃ、じゃあ、お願いしていいですか?」
またもや小突かれたので、あたしが代表して頼んだ。
「よし、さっそく取り掛かろう。好きなモチーフはあるか? 好みのデザインは? 色は何色がいい? オーダーメイドだからな、お前らの着たいデザインにしてやるぞ」
「お兄ちゃん、言葉遣い」
「仕方ないだろ、昔からこんな話し方なんだから」
(そうか! オーダーメイドだから、あたしの好きな服を作ってもらえる!)
こんな機会はまたとない。
すかさず希望を伝える。
「あ、あたしはリボンとフリルがついたワンピースが好き……色は赤」
「わ、私はふんわりしたドレスがいいです……緑色の」
「お、お花をいっぱい描いたロングスカートにしてください……あったかい雰囲気で」
同志たちもあんなに怖がっていたのに、希望だけはちゃっかり伝えていた。
ラフさんはサラサラとメモを取っている。
「わかった、すぐに作り始める。だが、三着か。さすがに数時間はかかるな。それまで暇をつぶしておいてくれ」
「あ、あの、採寸とかは?」
「必要ない」
「「へ、へぇ~」」
ラフさんはもう布をさくさくと切っていた。
集中していることが伝わってくる。
「では、またあとで来てくださいね」
「「はい」」
ネイルスさんがお店の外まで見送ってくれた。
パタリと扉が閉まる。
「じゃ、じゃあ、カフェにでも行きましょうか」
「そ、そうね、私もそれがいいと思うわ」
「せ、せっかくだからロファンティの名物が食べたいわ」
あたしたちはみんな夢でも見ているような心持ちだ。
適当なカフェに入って、ハーブティーとトマトのカップケーキを頼む。
「はい、お待たせしました。お茶もケーキも“重農の鋤”で採れた作物を使っていますよ」
「ありがとうございます。“重農の鋤”ってなんですか?」
「この近くにある農業ギルドよ」
「「ふ~ん」」
見た目は普通のお茶とケーキだけど、食べたらあまりの美味しさにびっくりした。
ハーブティーは一口飲んだだけで疲れが消え去り、トマトのカップケーキはかじっただけで体が温かくなった。
こんな美味しい物があるんだねと話していると、やがて約束の時間になった。
緊張しながら工房に戻る。
「「し、失礼しま~す」」
「あっ、お兄ちゃん! さっきのお客さん来たよ!」
「こっちにきてくれ。ちょうど出来上がったところだぞ」
「「うわぁ……す、すごい!」」
大きなテーブルの上には、目を奪われるほど素敵なお洋服が並んでいた。
リボンとフリルがほどよく飾られた赤いワンピース。
ふんわりしたシルエットの緑のドレス。
かわいいお花がいっぱい描かれたロングスカート。
どれも注文通り、いやそれ以上の素晴らしい出来だった。
ラフさんがいるのも忘れ、あたしたちはきゃあきゃあ喜んでいた。
「さて、服の代金だが……」
「「は、はい」」
代金と聞いてドキッとした。
お手頃価格といってもやっぱり高い。
しかもオーダーメイドだ。
とんでもない値段だったらどうしよう。
全財産出しても足りないかもしれない。
「こんなところでどうだ?」
値段の書かれた紙を見て、あたしたちは驚いた。
地元で見るより……ずっと安かった。
これなら二等馬車に乗って帰れる。
「「こ、こんなに安くていいんですか?」」
「よその街に卸すと、運送費やらなんやらがかかるからな。店で売るときはどうしても高くなる。服自体の値段はこんなもんだ」
「私たちは良い物を安く売ることを目指しているんです」
“ラフネーザ”のお洋服がどうして人を惹きつけるのかわかった気がする。
きっと、ラフさんたちの思いが服を通して伝わってくるのだ。
温かい気持ちでお金を払いお店から出る。
少しでも感謝を伝えたくて深くお辞儀をした。
「「本当に……本当にありがとうございました!」」
「気をつけて帰れよ」
「また来てくださいね」
ラフさんたちと別れ、二等馬車に乗る。
座席は広いし椅子もふかふかで気持ちよかった。
「大変な旅だったけど来てよかったわね」
「お洋服もそうだけどあの人たちに出会えて嬉しかったわ」
「絶対また来ましょう」
鞄からお洋服を取り出して眺める。
待ち望んだ“ラフネーザ”の服……。
しかも一点ものだからこの世でたった一着しかない。
涙が出るほど嬉しかった。
さっそく同志たちとコーディネートを考える。
オシャレ談義に花を咲かせ、楽しい気持ちで帰路に着いた。




