第42話:夢(Side:ラフ②)
俺はひび割れた大地に立っていた。
見渡す限り草一本も生えていない。
いつもより狭く感じる空は真っ黒だ。
飛んでいる雲は白いが、それがやけに不気味なコントラストだった。
そして……傍らのネイルスは泣いている。
(ああ……またこの夢か。最近は見なくなっていたのに)
俺はこの夢が嫌いだった。
過去の辛い境遇を思い出すからだ。
俺とネイルスは国を渡り歩く“彷徨の民”の末裔だった。
様々な属性の魔力を操れる特異体質の一族。
そのような存在は世の中でも珍しく、警戒されることが多かった。
忌み嫌われ、色んな国から迫害される歴史だ。
俺がまだ幼い頃、族長はある王国に定住することを決めた。
小さな国だったが事情を話すと住むことを許してくれたのだ。
一族はみな喜んだ。
ようやく、行く当てのない旅が終わったと。
王国近くの草原を借りて、俺たちはそこに住みだした。
国は太陽を信仰しているようで、兵隊たちは太陽の紋章をつけていた。
人々も優しく、一族は新しい生活に胸を膨らましていた。
だが、平和な日々も長くは続かなかった。
あるときから、王国に病が流行り出したのだ。
俺たちも懸命に薬を届けたりしたが、まったく効果がなかった。
やがて、王国との交流も途絶えてしまい、明日からまた旅を始めようと決めた夜だった。
俺たちは何者かに襲撃された。
盗賊団だ。
容赦なく人や物を襲う火。
俺とネイルスは必死に逃げ回った。
ふとした瞬間、盗賊たちの鎧が炎に煌めいたのを覚えている。
その胸には見覚えのある紋章が刻まれていた。
そう……太陽の紋章だ。
逃げる俺たちに向かって兵隊が投げかけた言葉が、未だに耳にこびりついている。
――病が流行り出したのは、お前たち“呪われた一族”のせいだ!
もちろん、俺たちは何もしていない。
だが、王国の住民たちは信じようとしなかった。
目を瞑れば襲撃の光景が鮮明に思い出される。
迫りくる兵隊。
降り注ぐ矢。
喉元に切りかかってくる鋭い剣……。
「……うっ」
目が覚めたら汗だくになっていた。
喉もカラカラに乾き息も乱れている。
この夢を見たときはいつもこうだ。
「……そうだ、ネイルスは……」
部屋の隅にあるネイルスのベッドを見る。
大丈夫だとわかっていても、確認せずにはいられなかった。
ネイルスはすうすうと静かな寝息を立てていた。
その安らかな寝顔を見て、ようやく安心できた気がする。
静かに水を飲むと気持ちが落ち着いた。
窓の外はまだ真っ暗だ。
時計を確認すると、夜明けまで小一時間はある。
世界はまだ夜だが、もう一度寝るような気分にはならなかった。
(外の空気を吸ってくるか)
ギルドのヤツらを起こさないよう静かに外へ出た。
ひんやりとした空気が体に張り付く。
空にはうっすらと星が瞬いていた。
夜が終わりつつある瞬間だ。
広い世界の中で、自分一人しかいないような錯覚があった。
「……」
農場を見ながらさっきの夢を思い出す。
できることならキレイさっぱり忘れたい。
だが、忘れたくても忘れらなかった。
(あいつらは今頃どうしているだろうか。それに、親父も……お袋も……)
襲撃により俺たちは両親ともはぐれてしまった。
生きているかどうかさえわからない。
幼いネイルスを連れて逃げるだけで精一杯だった。
俺が運よくロファンティにたどり着けたように、一族もどこかに身を寄せていると願いたい。
そんなことを考えていると、東の空がうっすらと明るくなってきた。
夜明けが近づいている。
そろそろ部屋に帰った方がいいだろう。
静かに自室へ戻った。
改めてネイルスの寝顔を見る。
「むにゃ……お兄ちゃん……ウェーザお姉ちゃん……」
むにゃむにゃと寝言を言っていた。
ホッとしつつも、心の小さなわだかまりは消えてくれない。
結局、俺は朝日が昇り切るまで外を眺めていた。
「お兄ちゃん、おはよう! 今日も良い朝だね!」
「おはよう、ネイルス。よく眠れたか?」
「うん、よく眠れたよ」
やがて、ネイルスが起きてきた。
ベッドの上で小さく伸びをしている。
「お兄ちゃん、朝ごはん食べに行こう」
「ああ、行こう」
暗い気持ちを振り払うように答えた。
ギルドのヤツらと合流し、一緒に食堂へ向かう。
「ウェーザお姉ちゃん、お空がキレイだねぇ。雲がひつじみたいでかわいい」
「ええ、あれはひつじ雲ね。このあと雨が降るサインよ」
ネイルスは楽しそうに空を指した。
窓からはのどかな景色が見える。
空にはぷかぷかと白い雲が飛んでいた。
「ラフさん、午後からは雨が降ってしまうので午前中は忙しくなりそうですね」
「ああ、そうだな」
ウェーザの予報だと午後から雨が降り出す。
雲の隙間から見えるのは澄んだ青色だ。
不気味な黒色なんかではない。
それなのに、後から不吉な出来事がやってくるような不穏な空に見えてしまった。




