番外編:フレッシュの一日(Side:フレッシュ①)
「ふぁぁ……もう朝か」
さっき寝たと思ったら朝になっていた。
外はまだ薄暗い。
僕はいつも日の出より早く起きる。
窓を開けると爽やかな空気が入ってきた。
(……ふぅ、目が覚める)
顔を洗ったりしていると、窓から朝日が差し込んできた。
この瞬間だけ、農場全体が少し黄色っぽくなる。
他では見られないほど美しい光景だ。
毎日こんな景色が見られるなんて、僕は幸せだと思う。
(朝ごはん前に作物のチェックをしておこう)
みんなを起こさないよう、ギルドの階段を静かに降りる。
それぞれの部屋からは、安らかな寝息が聞こえていた。
平和の象徴のようだ。
外に出て、思いっきり息を吸い込む。
「……っはぁ。今日も爽やかだなぁ」
朝一番のスッキリした空気が身体に染み渡る。
僕はこの感覚がとても好きだった。
さて……と、農場へ向かう。
まずは<潤いナス>の確認からしよう。
その名の通り、水分が豊富なナスで食べるだけで肌がツヤツヤになる。
傷がついてないか心配だったけど、概ね順調に育っているようだ。
(今から収穫が楽しみだな)
作物のチェックも終わりギルドへ戻る。
厨房からはすでに良い匂いがしていた。
フランクとメイが朝ごはんを作っている。
「おはようさん、フレッシュ。相変わらず朝が早いな」
「よくそんなに早く起きられるね。しかも毎日」
「おはよう、フランク、メイ。どうしても作物のことが気になっちゃってね」
そのまま、配膳や食器の準備を手伝いだす。
いつもの日常だった。
「「おはよう、フレッシュ」」
「おはようございます」
そのうち、ラフやネイルスちゃん、ウェーザさんも起きてきた。
みんなシャキッとしている。
特に、ウェーザさんはキレイな赤い髪をしっかりとかしていた。
きっと寝ぐせなんてないのだろう。
「みんな、おはようね~」
少し遅れて、アグリカルさんがあくびをしながらやってきた。
朝だけ彼女の猫っぽい目はぼんやりしている。
みんなでフランクたちを手伝って、美味しそうな朝ごはんができあがった。
「「いただきま~す」」
今日のメニューは<砂金小麦>と<濃厚にんじん>を混ぜたパン、<パワフルピーマン>のポタージュだ。
自分たちで作った作物をこんなに美味しく食べられるなんて本当に贅沢だった。
「「ごちそうさまでした」」
「よし、今日も仕事といくかね!」
アグリカルさんは朝ご飯を食べるとシャキッとする。
あっという間に、いつもの快活な感じになった。
「さて、俺たちも農場に行くか。ネイルスも頑張ってくれ。たくさん耕さないとならんからな」
「は~い」
「フレッシュさんはどうされるんですか?」
「僕も今日は農場に行くよ」
みんなで一緒に農場へ向かう。
ウェーザさんとラフは本当に仲が良い。
二人を眺めているだけで僕は嬉しかった。
隣にいるネイルスちゃんも満足気な顔だ。
敢えて、彼女はラフたちの少し後ろを歩いていた。
『お~い、今日の朝メシはなんだ~?』
さっそく畑を耕そうとしたら、森の方からバーシルがのこのこやってきた。
彼は何時に起きるとかは特に決めていないらしい。
「もうみんな食べ終わっちゃったよ。バーシルは自由で本当に羨ましいなぁ」
『なんだと! 俺様だって農場を守るために朝から晩まで……むごっ』
「はい、バーシルちゃんはギルドに行こうね~」
ネイルスちゃんがズリズリとバーシルを引きずっていく。
これもまたいつもの光景だった。
やがて、農作業をしてたら昼時になった。
「そろそろ昼か、腹減ったな。ギルドに戻ろうぜ、フレッシュ」
「いや、今日は農場を眺めながら食べるよ。さっきフランクにお弁当を作ってもらったんだ」
「そうか。じゃあ、また後でな」
「それでは、私たちはギルドで食べてきますね」
ウェーザさんとラフを見送り、森の方へ歩いていった。
少し小高いところに行き、農場を見渡す。
僕はみんなとご飯を食べるのも好きだけど、農場を眺めながら食べるのも好きだった。
さっそくお弁当を開ける。
「へぇ~、サンドイッチかぁ」
食べやすいよう気を遣ってくれたんだろう。
さすがはギルドで一番のシェフだ。
感謝の気持ちと一緒に噛み締めた。
柔らかな風が作物たちを優しく揺らす。
他愛もないけど大切な毎日だった。
午後からはギルドで、種の選別や道具の手入れをする予定だ。
ラフたちと入れ替わるようにギルドに入った。
昼を過ぎると、“重農の鋤”は途端にがらんとなる。
聞こえるのは厨房で食器を洗う音だけだ。
いつもは賑やかなギルドが静かになる、唯一の時間帯だった。
一人で地下の貯蔵庫に向かう。
作物の匂いが混じった、ひんやりしている空気も好きだった。
「さて、ここからが大仕事だぞ」
良い作物を育てるには、種の段階で良い物を選ぶ必要がある。
たくさんある種の中から選んでいくのは、なかなかに難しく大変な作業だった。
できれば、この後は道具の整備も終わらせたい。
(う~ん、これはちょっと形が良くないな。こっちはやや小さいし……)
悩んでいると後ろから女性の声が聞こえてきた。
「フレッシュ、種の選別かい?」
「あっ、アグリカルさん。はい、ちょうど今始めたところで……」
「だったら、アタシも手伝おうかね」
「ありがとうございます、お願いします」
アグリカルさんは本当に頼りになる。
おかげで、種の選別も無事に終わった。
「手伝ってくれてありがとうございました、アグリカルさん」
「お礼なんていらないよ。この後は道具の整備もするんだろ? アタシにもやらせとくれ」
「アグリカルさんはなんでもお見通しですね」
「これでもギルドマスターだからね」
農作業では色んな道具を使う。
ギルドの代名詞である鋤以外にも、クワだったりシャベルやスコップ、鎌や台車などを使うこともある。
農工具は刃物でもあるので、管理が行き届いていなければ怪我をしてしまう。
道具の整備も大切な仕事だった。
そして、手入れしていると古い鎌が出てきた。
「この鎌、刃こぼれしてますね。アグリカルさん、直せませんか?」
「どれ、貸してみな」
アグリカルさんは鎌を受け取ると、真剣な目で状態を確かめる。
「うん、これくらいならすぐ直せそうだ。研磨でどうにかできそうだからね」
「そうですか、それなら良かったです。一つお願いがあるんですけど、作物の切り口が痛みにくいように魔力を込めたりできますか?」
「ああ、できると思うよ。これの修理が上手くいったら、他の鎌もそうしようかね」
「お願いします、アグリカルさん」
そんなこんなで道具の整備を終えると夜になった。
「「ただいま~」」
「すみません、遅くなりました」
「お帰り、みんな」
ちょうど酒場に出たとき、ラフたちも戻ってきた。
厨房からは良い匂いが漂い、すぐ晩御飯になる。
「フランクさんはどんな作物も美味しい料理にしてしまいますね」
「こっちのマリネもなかなか旨いぞ」
「そういえば、今日バーシルちゃんがね」
美味しい料理を食べつつ、思い思いに話すのは楽しい時間だった。
「ほら、明日も早いんだ。もう寝るよ」
「「は~い」」
アグリカルさんの一声で、みんなそれぞれの部屋に帰る。
「「おやすみ(なさい)、フレッシュ」」
「おやすみ」
部屋に入ると、本棚から一冊の本を取り出した。
日中は農作業で忙しいので、夜は貴重な勉強の時間だ。
僕は農場をもっと大きくするのが夢だった。
でも、あまり遅くまで起きていると明日の仕事に差し支える。
(そろそろ寝ようか……いや、もう少し勉強してからにしようかな……)
いつの間にか寝ることなどすっかり忘れて、魅力的な農業の世界に入り込んでいった。
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