第41話:快晴
「ウェーザさん、あまり無茶しないでくださいね。あなたは二人といない大切な人なんですから」
「ありがとうございます、ディセント様。ですが大丈夫です。もう終わります」
今、私がいるのはルークスリッチ王国の王宮だ。
仕事部屋で何か月分かの天気予報をまとめていた。
"重農の鋤"を離れて王宮で暮らす日々を送っている。
「ウェーザ嬢、ちょっとよろしいか」
「ウェーザさん、こんにちは。今日のお仕事はもう終わったのかしら?」
「王様!? 王妃様!?」
突然、王様たちが入ってきた。
慌てて姿勢を正す。
彼らは私を気遣ってよく顔を出してくれた。
何度お会いしても緊張してしょうがない。
「いや、楽にしてくれ。疲れが溜まってないかと思ってな。様子を見に来ただけだ」
「差し入れのお茶ですよ。良かったら飲んでくださいね」
王妃様が高そうな紅茶をくれた。
ラベルには王族御用達と書いてある。
「あ、ありがとうございます。こんなに高価なお茶をいただいてしまって恐縮でございます」
毎回、大変お高い差し入れをくださるので恐縮しっぱなしだった。
「ところで、ウェーザ嬢。日頃の感謝を込めて、そろそろ晩餐会を開こうかと思っているのだがな。今夜あたりどうだ?」
「国民のみなさんからもお礼の手紙がたくさん届いていますわよ」
王妃様が机の上にドサッとたくさんの手紙を置いた。
量が多すぎて床にこぼれるほどだ。
「ま、またこんなに届いたのですか」
「みな、そなたが戻ってきてくれたことを本当に嬉しく思っておるのだ」
「ウフフ、みんなウェーザさんのことが大好きなのよ。もちろん、私たちもね」
私が王宮天気予報士に再任命されると、国中でパレードが開かれた。
それはそれは盛大で、こっちの方が申し訳なくなるくらいだった。
「晩餐会のお誘い大変光栄でございますが、本日はこれにて失礼させていただきたく……」
「なんだ、もう帰ってしまうのか? 来たばっかりではないか」
「もうちょっとゆっくりしていけばいいのに」
机を片付け始めると、王様たちは残念そうな顔をしていた。
「申し訳ございません。ちょうど、<太陽トマト>の収穫が近づいておりまして。人手が足りていないのです」
「そうか、それならしょうがないな」
「しかたありませんわね」
いつものように荷物をまとめていく。
王様と王妃様は何か言いたげだった。
「あの、どうかされましたでしょうか?」
「いや、その、なんだ」
「まぁ、何と言いますか」
なんだろうと思っていると、ディセント様が笑いながら言ってきた。
「父上たちは<太陽トマト>のスープに病みつきになっているんです。次来るときにぜひ持ってきていただけますか?」
「こ、こら、ディセント!」
「ディセント! おやめなさい!」
王様たちは必死に否定している。
それが面白かったけど懸命に笑いを堪えた。
「……承知いたしました。次回お持ちしますね」
「そ、そうか、よろしく頼む」
「楽しみだわぁ」
すんなり喜ぶところがまた面白かった。
予報が終わったので部屋を出ていく。
「ウェーザさん、外までお送りしましょう」
「いえ、そこまでしていただかなくても……」
「まあまあ、遠慮しないで」
申し訳ないから断ったのに、ディセント様がエスコートしてくれた。
周りにいる人たちが羨ましそうに見てくる。
まるで、そこのポジションを譲ってくれとでも言いたげだった。
(そういう関係じゃないんだけどな)
イジワルな貴族たちはもういない。
"赤い髪"とか"メイドの子"とか言われることもなかった。
「あなたが戻ってきてくれて本当に良かったです。ネイバリング王国との関係も改善しましたし。ウェーザさんのことを話すと、スタミーニ殿はずいぶんと興味を持ってました」
「そ、そうですか」
この先、外交とかもしなくてはいけないのだろうか。
そんなことを考えているうちに城門へ着いた。
「あっ、ウェーザさん。専属の騎士が待っていますよ」
「え? どなたですか?」
ディセント様が向こうの方を指している。
背の高い男の人が立っていた。
鎧は着てないけど身体が大きくて強そうだ。
そして、なんとなく機嫌が悪そうなオーラが出ていた。
(騎士なんて頼んでいないはずだけど。もしかして、ディセント様が雇ってくださったのかしら?)
「ウェーザ、待ちくたびれたぞ。終わったらさっさと戻ってこい」
と、思ったら、ラフさんだった。
私たちに向かってずんずんと歩いてくる。
ディセント様は意味ありげな顔で私を見た。
「騎士というよりかは王子様かな?」
「ディセント様、からかわないでください」
「おい、早く帰るぞ」
ラフさんに手を握られ力強く引っ張られていく。
「あっ、ちょっ、ラフさん。あ~れ~」
「またね~」
ラフさんははっきり言わないけど、私とディセント様が仲良くなるのがイヤらしい。
そのまま、引きずられるようにして歩いていく。
これもまたいつもの光景だった。
あの日、私が下した決断。
それは……。
(ルークスリッチ王国と"重農の鋤"両方で天気予報をすること)
王国で数か月先まで天気を予報したらギルドに戻るのだ。
これなら、王国に貢献しつつ"重農の鋤"で暮らしていける。
(実際は、心配になって予定より少し早めに王国へ戻ったりしているんだけど)
「しかし、お前が王国に帰るとか言ったときはどうなるかと思ったぞ」
「す、すみません。ちゃんと説明しようと思っていたのですが」
ラフさんに言われ、あの日のことを思い出した。
(最初はみんな大泣きしていたわね。だけど、王国とギルドを行ったり来たりするだけと言ったらとても喜んでいたっけな)
そして、ラフさんは護衛のためだと毎回私にくっついてきた。
「ネイルスちゃんの具合はどうですか?」
「ああ、もうすっかり元気だ。毎日外で走り回っているよ。バーシルの背中に乗っかってな」
ネイルスちゃんの破蕾病は無事に完治した。
日差しが強いときに出ても問題ないし、普通の女の子らしい暮らしができるようになった。
「ラフさん。王様たちがまた<太陽トマト>を持ってきてほしいと言ってました」
「そうか。帰ったらすぐ確保しておかないとな。大人気の作物だから」
ロファンティもだいぶ様変わりした。
私が出入りしているとのことで、王都から騎士隊が派遣されている。
治安維持のためだそうだ。
と、言っても、悪い人たちを取り締まるだけだ。
それどころか、人が増えたのでより活気があふれている。
「冒険に行かなくなって、ネイルスちゃんと一緒にいられる時間が増えましたね」
「まぁ、そうだな」
ラフさんは農場を手伝いつつ、今は仕立て屋をしている。
流行に敏感でオシャレが命な女子たちに大人気で、とにかく売れに売れていた。
ネイルスちゃんの病気も治ったしギルドも順調なので冒険者稼業はお休み中だ。
そこで、ディセント様が言ったことを思い出した。
(騎士というよりかは王子様……か)
その言葉が全てを表していた。
「ねえ、ラフさん」
「なんだ?」
私たちの間を爽やかな風が通り抜ける。
「ラフさんといるとき、私の心の天気はなんだと思いますか?」
ずっと前から聞こうと思っていたことだった。
「いきなりなんだよ」
「いいから」
ラフさんはしばしの間考える。
そして、そぉっと言ってきた。
「お……大荒れか?」
見たことがないくらい神妙な顔をしている。
ふふっと吹き出しそうになった。
「雲一つない快晴ですよ」
晴れやかな気持ちで空を見上げる。
私の心と同じように、澄み切った青空がどこまでもどこまでも続いていた。




