第40話:俺とお前(Side:ラフ①)
「申し訳ないのですが、食べ物を分けてくれませんか? ずっと何も食べていないのです」
あの日、ウェーザがロファンティにやってきた。
ディセントって野郎が来た日、俺はお前と出会ったときのことを思い出していた。
お前のボロボロな身体を見て、最初は変なヤツだなと思ったんだ。
いや、怒るな。誰だってそう思うだろう。
(どうやら、金に困っているようだ)
お前が来た食堂でメシを食っていたとき、俺はそんなことを思ったような気がする。
この辺りは決して裕福ではないからな。別におかしくはない。
しかし、その後お前が言ったことに、雷に打たれたような衝撃を受けた。
「私には明日の天気がわかるんです。あなたに天気予報をお教えしますから、どうか食べ物を……」
(天気がわかるだと? 本当か? この女にはそんなすごい力があるのか?)
ある事情を抱えていた俺はその言葉に釘付けになった。
だが、店主にとってはどうでもいいらしくお前は追い出された。
そこで、とりあえず後をつけることにした。
お前はフラフラ歩いていると裏路地に入っちまった。
俺の他に怪しいヤツらがつけているとも知らずにな。
(あの様子じゃ奴隷狩りにあうぞ)
お前はヒョロヒョロで力なんてまるでなさそうだった。
おまけに"赤い髪"はこの辺りでは珍しい。
奴隷商人が目をつけるのもわかる。
裏路地に入ると思った通り、ヤツらがお前を襲っていた。
「私はウェーザ・ポトリーって言います。何とお礼を言ったらいいかわかりません。本当にありがとうございます」
(ずいぶんと丁寧な女だな)
そして、俺とお前は出会った。
「お願いします! 私は【天気予報】しかできませんけど、ちゃんとやります! 農作業だって手伝います! だから、ここに置いてくれませんか?」
(そんなに頭を下げる必要はないんだが)
それから、お前との生活が始まったんだよな。
ウェーザはとにかく真面目でよく働いていた。
天気予報をするだけでいいのに農場も手伝いたいとか言っていた。
貴族出身の女に農作業などできるか不安だったが余計な心配だったな。
「は、はい。お散歩係ってことですかね? わかりました」
(お散歩係……これは面白くていい名前だ)
バーシルもお前のことを気に入っているぞ。
特等家来ができたと心底嬉しそうだ。
アイツも他所から来たようなもんだから、似たような境遇に親近感が湧いたのだろう。
話は長いがこれからも仲良くしてやってくれ。
「……治す方法はないんですか?」
(……)
ネイルスの病気を話したとき、お前はとても悲しそうな顔をしていた。
その日から、アイツのためにお前は一生懸命だったな。
天気の話をしてやったり一緒に遊んでやったり。
ウェーザは知らないだろうが、ネイルスはお前を本当の姉のように思っているぞ。
「ラフさんのことを軽蔑しないでください!」
(ウェ、ウェーザ!?)
あの日、お前が怒っているのを初めて見た。
ロファンティの店で昔の知り合いに会ったときだ。
俺はいつものように無視するつもりだった。
ああいうヤツらは放っておくのが一番良いんだ。
だが、お前は見過ごさなかった。
俺の代わりに怒ってくれたんだよな。
ありがとう、ウェーザ。
「ラフさん、素晴らしいスキルですよ! こんなに良いもの、私にはとても作れません!」
(……笑わないのか?)
ウェーザが倒れたときはとにかく心配だった。
周りのヤツらが何と言おうとな。
もしかして、このまま目覚めないんじゃないかと思っていた。
俺のスキルを黙ってたのは恥ずかしかったからだ。
だって男が【裁縫】だぞ?
どうやら、俺が勝手に悩んでいただけだったようだな。
「いえ、私は自分にできることをしただけですから」
(まったく、お前はどこまで謙虚なんだ)
ムーンボウ……あれは本当に美しかった。
お前がネイルスと一緒に出てきた光景は夢かと思った。
ネイルスは一生外に出られないかと不安になっていたんだ。
今だから言うが、俺はちょっと泣いてしまった……気づいていなかったよな?
「ええ、もちろんです。私だってラフさんたちといつまでも一緒にいたいです」
ザリアブド山を一緒に登ったことを覚えているか?
<さすらいコマクサ>を見つけたときの喜びは絶対に忘れないだろう。
ホワイトグリズリーに遭遇したとき、お前は一緒に戦ってくれたよな。
ステッキで叩いたりするし。
俺は内心結構驚いていたんだぞ。
ああ、そうだ。
いびきは治しとけ、うるさいからな。
「……王国に戻って来てほしいって言っていました」
(ウソだろ……)
やがて、"重農の鋤"にディセントが来た。
ルークスリッチ王国という大きな国の王子だ。
ウェーザの事情はある程度知っていたから、どんな話かだいたい想像ついた。
やっぱり、お前は優秀なヤツだったんだな。
王子が直々に探しに来るなんてすごいじゃないか。
「ウェーザ、お前はどうしたいんだ? 王国に帰りたいのか?」
そういえば、ウェーザは王国に帰りたいなどと一言も言っていなかった。
ここでの生活を気に入ってくれていたんだよな。
「ウェーザ、自分に素直になるんだ」
(本当は帰ってほしくない……だが、俺の口からそんなことを言えるわけがない)
お前とは離れたくないが、ウェーザは世界に二人といない人間だ。
ルークスリッチ王国もよく知らんがまずいことになってるんだろう?
もしかしたら、俺とお前は離れ離れになるかもしれない。
でもな、この先何があろうとこれだけは変わらない。
ウェーザ、俺はお前が好きだ。
ずっとお前の味方だ。




