第38話:私の決断
「アタシはウェーザと離れたくないよ。いつまでもここにいればいいさ」
私を抱きしめながらアグリカルさんが言う。
「でも、王国はウェーザさんの代わりが見つからないようですよ。ウェーザさんがいないと天気予報が……」
「そんなの探し方が悪いのさ! 絶対ウェーザは渡さないからね! フレッシュ、あんたが代わりに行っておいで! 王子と知り合いなんだろ! 撤回させな!」
「無茶言わないでくださいよ、アグリカルさん。僕だってウェーザさんと離れたくないんですから」
ディセント様たちが帰ってから"重農の鋤"では連日話し合いが開かれていた。
もちろん、私の今後についてだ。当の私はというと……。
(う~ん……)
未だに悩み続けている。
ハッキリとした結論が出ないまま、約束の日を迎えていた。
「ウェーザ、お前はどうしたいんだ? 王国に帰りたいのか?」
ラフさんはいつも通り冷静だ。
そういえば、取り乱したことなんて今まで見たことがなかった。
(私は……どうしたいんだろう?)
正直、王国に帰りたいなんて一度も思わなかった。
王都に比べるとロファンティは不便なことが多い。
それでも、ここでの生活が好きだった。
何より"重農の鋤"のみんなが大好きだ。
周りを見回すと、ギルド中の人が集まっていた。
「ウェーザ嬢ちゃん、王国に行かないでくれ」
「もう会えなくなるなんて思うと辛いよ」
「そりゃ向こうの方が楽しいことはたくさんあるだろうけど、ここだっていい所だぞ」
みんな口々に、私がいなくなるのはイヤだと言ってくれている。
こんな良い人たちに出会えて本当に幸せだと思う。
人混みをかき分け、ネイルスちゃんがしがみついてきた。
「せっかくお外に出られるようになってきたのに。もっとウェーザお姉ちゃんと遊びたいよ」
よしよしと頭を撫でる。
まだやりたいこと、やり残したことだってたくさんあった。
『ウェーザ、王国に帰っちまうのか? いくら俺様と言ってもさすがに寂しいぞ』
バーシルさんもしっぽがだらんとしている。
耳も垂れていて元気がなかった。
見ているこちらまで悲しくなってしまうほどだ。
フレッシュさんもアグリカルさんもしょんぼりしている。
「ウェーザさん、できればここにいてほしいよ」
「あんたみたいに良い人は、他にはいないと思っているからね」
二人ともいつもの快活な感じはなくなっていた。
しばしの間、私たちは黙り込む。
「ほら、ウェーザ! おいしいメシだぞ! こんなに美味いメシは、王都でもなかなか食えないだろうなぁ!」
静寂を破るように、フランクさんがドンッと料理を出してきた。
あいにくと食事時じゃないのでお腹は空いていなかった。
「すみません、フランクさん。まだお腹いっぱいで……」
「あんたは本当に空気が読めないね! こんなときに何やってんだい!」
アグリカルさんがフランクさんの頭をボカッと叩く。
「いってぇー! うまいメシを食えば、ここから離れなくなると思って……!」
「そんな単純な問題じゃないんだよ!」
普段ならアハハと笑えるような光景だけど、明るい気持ちにはなれなかった。
ラフさんが私の肩に手を置いて言う。
「ウェーザ、自分に素直になるんだ」
「自分に素直になる……」
気持ちを鎮めて心の声を聞く。
目をつぶると今までの出来事が走馬灯のように駆け巡った。
王国を追放されて、ラフさんに出会って、"重農の鋤"での生活が始まって……今日まで数え切れないほど色んなことがあった。
(できるなら、ずっとここにいたい。みんなと離れたくない)
だからといって、ルークスリッチ王国や国民を見捨てることなどできない。
私の境遇は彼らには関係ないからだ。
【天気予報】のスキル探しも上手くいかない気がする。
私だってアローガ以外に同じようなスキルは見たことがない。
(ルークスリッチ王国には戻らないと……)
王国に帰るのか、それとも"重農の鋤"に残るのか。
選べるのは二つに一つだった。
周りには私の大切な人たちがいる。
この人たちと会えなくなるのは絶対にイヤだ。
(何より……ラフさんと離れたくない)
今になって気づいた。
ラフさんは私の中で、とても大きくて特別な人になっていた。
「ギルドが王国のお隣に移ったらいいのにね。そうすれば、ウェーザお姉ちゃんは両方で天気予報ができるのに」
ネイルスちゃんがボソッと呟く。
「無理を言うな、ネイルス。そんなことができるわけないだろう」
ラフさんは残念そうに諭していた。
悲しい雰囲気がギルドを支配する。
だけど、妙にネイルスちゃんの言葉が気になった。
(何か引っ掛かる……ネイルスちゃんが言ったことをよく思い出して。ギルドが王国のお隣に移ったら……両方で天気予報ができるのに……)
その瞬間、悩みが吹き飛ぶように閃いた。
(そ、そうか!)
"重農の鋤"とルークスリッチ王国の平和。
私にはそのどちらも大切なのだ。
「みなさん、私は決めました」
みんなのおかげで自分がどうすればいいのかわかった。
これが一番ベストな方法だ。
「決めたって、王国に帰るのかい!? ウェーザと離れるなんてアタシはイヤだよ!」
「ウェーザさん、まさか王国に行っちゃうの!?」
「おいていかないでよ、ウェーザお姉ちゃん!?」
『こうなったら、俺様もついていくぞ!』
ギルドの中はまたもや大騒ぎになってしまった。
みんなしておいおいと泣いている。
「みなさん、ちょっと落ち着いて私の話を……」
今度はギルドの入口が慌ただしくなった。
人だかりがあっという間にはけていく。
その様子を見て誰が来たのかすぐにわかった。
「やあ、こんにちは」
「ディセント様……」
彼を見たとたん、ギルドは静まり返る。
「ウェーザさん、さっそくですがお答えを聞かせていただけますか? 僕たちと一緒にルークスリッチ王国へ戻るのか、それともここに留まるのか……」
"重農の鋤"にいる人全員が、固唾を飲んで私の言葉を待っている。
深呼吸して心を整えると一息に言った。
「答えは決まりました。私は……王国に戻ります」




