第37話:王国の実情
まったく予想もしないことで驚きを隠せなかった。
「ディ、ディセント様ですって!? ルークスリッチ王国第二王子の!?」
言わずと知れたプライド様の弟君だ。
それほど位の高い人が、なぜロファンティなんて辺境の地に来たのだろう。
「僕たちも信じられなかったけど、どうやら本物みたいなんだ!」
「見るからに王子様って感じだよ! お付きの騎士みたいな人たちもいっぱいさ! も、もしかして……アタシたちを捕まえるつもりかい!?」
二人はどうしよどうしよと慌てている。
「お、落ち着いてください。用があるのは私だと思いますから」
「とりあえず、早く戻った方がよさそうだな。俺も一緒に行くぞ」
私たちは大急ぎでギルドに戻った。
一階の酒場には人だかりができている。
その中心に明らかに雰囲気が違う人がいた。
人々の隙間からチラリとお顔が見える。
美しい金髪に青い瞳。
プライド様の面影があるが、静かで独特なオーラがあった。
(ほ、ほんとにディセント様だ!)
実際に会ったことがあるから間違いない。
ゴクッと唾を飲みこむ。
たちどころに緊張してきた。
人だかりをかき分け中心へ向かう。
ディセント様の前へ行き丁寧に挨拶した。
「ディセント様、ウェーザ・ポトリーでございます」
「ウェーザさん! 良かった、やっと会えた!」
ディセント様は私の手をぶんぶんと振る。
何かの間違いじゃないかと思っていたけど、目の前にいるのは正真正銘の第二王子だった。
「ディセント様、どうしてこちらへいらっしゃったのですか?」
「僕たちはずっとあなたを探していました!」
彼の周りには王国の騎士隊がいっぱいいた。
みんなボロボロで薄汚れている。
(私を探していた? ……でも、どうして)
考えられるとしたら天気予報の件だろう。
だけど、王国にはアローガがいるはずだ。
「ウェーザさんは、こんなところにいらっしゃったのですね。無事で本当に良かった……おや? そちらにおられるのは、もしや……」
ディセント様は私の後ろを見ている。
その視線の先には……フレッシュさんがいた。
「お久しぶりでございます、ディセント王子。フレッシュ・ド・グーデンユクラでございます」
フレッシュさんは胸に手を当て静々とお辞儀した。
二人の会話を聞いてみんながザワつく。
(そうか……フレッシュさんは貴族だったのね……)
思い返してみると、やけに所作が洗練されていたし教養だって誰よりも深かった。
どうやら、アグリカルさんとラフさんは知っていたらしい。
ギルドの中はしばらくザワザワしていたけど、他のメンバーも納得した様子だった。
「さて、ウェーザさん。ぜひ僕の話を聞いてほしいのです」
「はい、もちろんお伺いしたく思います。では、他のお部屋をご用意した方が良いですか?」
どこか個室にご案内した方がいいかもしれない。
「いや、ここで構いません。ですが、人払いをお願いできますか?」
ディセント様は静かに、しかし力強く言った。
さすがはルークスリッチ王国の第二王子だ。
まだ若いのに堂々として迫力がある。
でも、迫力ならアグリカルさんも負けていない。
「だけど、ウェーザを一人にするわけにはいかないよ」
「王国の内情に関わる話ですので、お引き取りください」
「よそ者に話せないのはわかるけど、ウェーザだって"重農の鋤"の大事なメンバーなんだよ。アタシも同席させてもらおうかね」
ディセント様が下がってくれと言っても、アグリカルさんは引き下がろうとしない。
二人の視線がバチバチとぶつかり合っているようだった。
「アグリカルさん、ありがとうございます。でも、私一人で平気です」
「……そうかい? ウェーザがそう言うなら……」
アグリカルさんは納得しきれていない様子だったけど、他の人たちを連れて出てくれた。
そんな中、ラフさんは最後まで残っていた。
ディセント様たちを警戒しているらしい。
「ラフさん、私は大丈夫です。みんなの近くにいてあげてください」
「そうか……何かあったら呼べよ」
私が言うとすぐに奥へ行ってくれた。
ディセント様たちと一緒に椅子へ座る。
「ウェーザさん、突然押しかけてすみません」
「いいえ、それは構いませんが。よくこの場所がおわかりになりましたね」
あの日は誰かに行き先を告げる余裕なんてまるでなかった。
「わずかなウワサを頼りに、何とかしてたどり着いたのです。話というのは他でもありません。ウェーザさんの【天気予報】スキルについてです」
「私のスキルがどうかしたのでしょうか?」
アローガの予報を見たときの微かな不安が湧いてくる。
「まずは王国の実情をお話しします。アローガさんの【天気予想】はまったくと言っていいほど当たらないのです」
(やっぱり……思った通りか)
その話を聞いても大して驚かなかった。
たぶん、アローガはスキルを磨いたりしなかったのだろう。
私が頭を抱えている間にも、ディセント様は淡々と話を続ける。
「今、国を挙げてのスキル探しを行っております。ですが、ウェーザさんみたいな力のある人は全然いないのです」
「そうだったのですか……」
ロファンティに王国の情報はほとんど入ってこない。
私がいない間にそんなことが起きているとは思いもしなかった。
「兄さんたちがウェーザさんを追放して、王国は大変なことになっています。天気予報が全然当たらないことに国民はかなり怒っていましてね。それだけではありません。ネイバリング王国のスタミーニ殿をご存知でしょうか?」
「ええ、それはもちろん……確か、鷹狩りがお好きな方だったと存じております」
スタミーニ大臣は王国と仲良くしてくれている人だ。
「彼がわが国を訪問したとき、アローガさんが見事に予報を外してくれましてね。大事な鷹が怪我をして、スタミーニ殿はカンカンに怒ってしまったのです。父上たちが関係の改善に努めていますが、まだどうなるか僕にもわかりません」
「それは大きな問題ですね。私の妹が本当に申し訳ございません」
アローガの代わりに深く頭を下げて謝った。
「いいえ、ウェーザさんのせいではありません。しかし、王国は厄介な状況にあるのです。幸いなことに、わが国は戦争をしていません。ですが、ネイバリング王国との関係が悪化したり内乱が起きてしまうと、その隙を侵略される危険があるのです」
「そ、そんな……」
内政が混乱している国は攻め込むのにちょうど良い。
世界には好戦的な国も多いと聞く。
「そして、愚かな兄さんは王位継承権を剥奪されました。次期国王には僕が任命される予定です。僕は国民を導いていく者として、何とかしてこの状況を改善したいのです」
「ディセント様が次期国王になられるのですか?」
プライド様はこれ以上ないほど、重い処罰を受けたというわけだ。
「はい、父上たちに命じられたのです。兄さんは責任を取らされ、監獄へ幽閉されています。至極当然なのですがね」
「ア、アローガはどうなったのでしょうか?」
あんな仕打ちを受けても私の妹だ。
やっぱり多少は気になる。
「アローガさんやあなたのご両親、イジメに加担していた貴族たちは爵位を剝奪されました。今は兄さんと一緒に仲良く監獄にいますよ。ウェーザさんの爵位はそのままですし、領地の管理も僕たちが行っているので安心してください」
「それで、プライド様やアローガは今後どうなるのですか?」
(もしかして、処刑されてしまうのだろうか)
「とりあえず生きてはいますが、一生監獄生活でしょうね。今ごろ、ウェーザさんを追放したことを死ぬほど後悔しているでしょう。さて……」
ディセント様は椅子から降りると、膝をついて首を垂れた。
「ウェーザさん。このたびは本当に申し訳ありませんでした。謝って済む問題ではないでしょうが、愚かな兄たちに代わり心から謝罪させていただきます」
お付きの騎士隊も同じように頭を下げている。
「ディ、ディセント様!? おやめください! どうか頭をお上げください!」
「ですので、ウェーザさん。私どもからお願いがあるのです」
ディセント様はスッと背筋を正した。
私もつられて姿勢を直す。
「な、何でしょうか、ディセント様」
「ウェーザさん、どうか王国に戻ってきてください。もちろん、かつてないほどの待遇でお迎えいたします」
ディセント様は深々とお辞儀をしている。
お付きの騎士隊も一緒だ。
「ですから、どうか頭をお上げに……!」
「今すぐに結論を出してくれとは言いません。こちらで幸せに暮らしている方が良いかもしれません。もちろん、あなたには戻らない権利もあります。元はと言えば、僕の兄たちが追い出したのですから。ですが、ウェーザさんに戻ってもらう以外方法がないのです」
「……」
「三日後の同じ時間、またこちらへ伺います。急な話ですが、いつまでも待つというわけにもいかないのです。それまでにご決断のほどお願いします。どうか、わが国の平和のため、国民のことをお考えください……良いお返事を期待しております」
それ以上は何も話さず、ディセント様は騎士隊と共に出ていった。
入れ替わるようにアグリカルさんたちが入ってくる。
「ウェーザ、大丈夫かい!?」
「は、はい、大丈夫なことは大丈夫なんですが……」
一度に色々なことを言われ、まだ気持ちの整理がつかなかった。
「「何があったの!? もしかして、傷つくようなこと言われちゃった!?」」
「もしかして、求婚!?」
みんなは大騒ぎしている。
ラフさんだけは相変わらず硬い表情のままだった。
この中で一番落ち着いていた。
「おい、そんなに騒いだらウェーザが困るだろうがよ。お前ら静かにしやがれ。それで、ディセントってヤツはなんて言っていたんだ?」
「……王国に戻って来てほしいって言っていました」
ぽつりと言った瞬間、ギルドは静まり返った。
「ウェーザさん、王国に戻るの!?」
「ど、どうするんだい、ウェーザ!?」
フレッシュさんとアグリカルさんは、もはや悲鳴を上げていた。
「私、ウェーザお姉ちゃんと離れたくない!」
ネイルスちゃんが急いで抱き着いてくる。
今にも泣きそうになっていた。
「お前は……国に帰ってしまうのか?」
ラフさんは初めて見るような悲しい顔だ。
(ど、どうしよう……)
今までにないくらい、大事な決断を迫られていた。




