第34話:帰宅
「さて、着いたな。俺たちの家に」
「はい、帰ってきましたね」
私たちは、"重農の鋤"に帰ってきた。
ザリアブド山に向かってから少ししか経ってない。
それなのにずっと離れていたような気がする。
すっかり、心の拠り所になっていた。
「おーい、帰ったぞー」
「ただいま帰りました」
ギルドの酒場では食事をとっているお客さんがチラホラいる。
みんな私たちを見た途端、いっせいに動きを止めた。
その目は点になっている。
「ど、どうした。お前ら変な顔をしているぞ」
「あの、どうされたんですか。みなさん止まっていますが」
一瞬の間を置いてわあわあ騒ぎ始めた。
「マスター、フレッシュ! ウェーザたちが帰ってきた!」
「ラフの野郎も一緒だ! 二人とも無事に戻った!」
「腕も足もちゃんと揃っているぞ! 早くこっちに来なよ!」
ダダダダッと階段を勢いよく下りてくる音がした。
アグリカルさんとフレッシュさんだ。
「ただいま帰りま……」
「ウェーザ、お帰り! 良く帰ってきたね! 無事でよかった、心配してたよ!」
ガバッとアグリカルさんが私に飛びついてきた。
そのまま、私の頭をぐしゃぐしゃに撫でまわす。
「ウェーザさん、ラフ……良かった、無事で。ホワイトグリズリーの情報を聞いたから心配していたんだ」
フレッシュさんもホッとしたような表情をしている。
(笑顔で送り出してくれたけど、ほんとは心配だったんだな)
みんなの温かい心が嬉しくなった。
「ウェーザお姉ちゃん! やっと帰ってきた! ケガとかないよね!? 大丈夫なんだよね!?」
ネイルスちゃんもガバッと抱き着いてきた。
よしよしと頭を撫でる。
「うん、私もラフさんも大丈夫よ。心配してくれてありがとうね」
『おい、待ってたぞ! 遅いじゃないか! これでもお前らの安全を毎日祈っていたんだからな!』
「きゃっ、バーシルさん!?」
バーシルさんがはむはむと私を嚙んできた。
だけど全然痛くない。
怒っているフリだとすぐにわかった。
慌ててラフさんが引き剝がす。
「こら、やめないか。ウェーザも困っているだろ。どうしてお前はいつもそうなんだ」
『なんだよ、ちょっとくらい良いじゃないか』
バーシルさんは残念そうだった。
「それで<さすらいコマクサ>は見つかったかな? 僕たちの餞別が役立ってたらいいけど」
「ああ、この通りだ。お前らの作ってくれた道具が役に立ったぞ」
ラフさんは小ビンを掲げた。
中には<さすらいコマクサ>が窮屈そうに収まっている。
「良かったじゃないか! 長年探したかいがあったね!」
「後はアタシらに任せな! 花畑になるくらい栽培してやるからさ!」
みんな大盛り上がりだった。
ネイルスちゃんとラフさんのことが本当に心配だったんだろう。
フレッシュさんは丁寧に小ビンを受け取る。
前から思っていたけど、、ギルドで一番仕草が美しいと思う。
「枯れてもないし状態もいいね……これならすぐに栽培できそうだよ」
ウキウキと楽しそうに話している。
きっと、頭の中は栽培計画を立てることでいっぱいなんだろう。
「アタシにも見せとくれよ! へえ、これが<さすらいコマクサ>か。かわいい花だねぇ」
「土は何が良いかな。あとは日照時間のコントロールが……」
さっそく、フレッシュさんは本を読みながら紙にさらさらとメモを書いていた。
アグリカルさんが手を叩いて叫ぶ。
「さあ、今日は宴だよ! アンタたちさっさと用意しな!」
「「はい!」」
その晩は大きな宴になった。
次々とたくさんのお料理が運ばれてくる。
乾杯もそこそこに、ギルドの人たちが我先にと私の周りに集まってきた。
「ウェーザ嬢ちゃんは"重農の鋤"に欠かせないね!」
「予報どころか天気を支配していると言っても過言じゃないよな!」
「そんじょそこらの魔法使いだって、あんたの足元にも及ばないだろうよ!」
私についての話がどんどん大きくなっていた。
「そ、それはさすがに言いすぎですよ」
吹き出しそうになりながら必死に否定する。
「何言ってんだ。謙遜しちゃダメだ!」
「ウェーザ嬢ちゃんがすごいのは事実なんだからさ!」
「もっと世界中の人から褒められてもいいくらいだよ!」
みんな酔っぱらっているみたいで全然取り合ってくれなかった。
あまりにも褒め倒してくるので、とにかく恥ずかしかったけど素直に嬉しい。
幸せを噛み締めるように、美味しいお料理を食べた。
結局、その日は一晩中飲んだり食べたりでギルド上げての宴になった。
彼らはこれだけ騒いでも、次の日にはケロッと仕事をしているから大したものだ。
やがて、ラフさんがネイルスちゃんをおんぶして立ち上がった。
「俺たちはそろそろ寝るよ。ネイルスも眠そうだしな」
ネイルスちゃんは半目を開けて寝ていた。
「あっ、私も失礼します。みなさん、今日は本当にありがとうございました。こんな宴を開いていただいて……楽しかったです!」
「「ゆっくりお休み!」」
私たちは一足早く部屋に戻ることにした。
「むにゃむにゃ……」
ネイルスちゃんはラフさんの背中で寝ている。
いつの日かと同じ光景だった。
「ウェーザ、お前に怪我がなくて本当に良かったよ。今だから言うが、ホワイトグリズリーに襲われたときはどうしたもんかと思っていた」
「ラフさんがいれば何でもできますよ。あのときだってちっとも怖くなかったです」
自分一人じゃなかったから、ラフさんがいたから、普段ならできないようなことができたのだ。
「そうか……なら良かった。前も言った気がするが、お前は意外と度胸あるよな。でも、無茶だけはしないでくれよ」
ラフさんはそこで言葉を切ると静かに言ってきた。
「俺はネイルスも大事だけど、ウェーザも大事なんだぞ」
暗くて良く見えないけど、神妙な顔をしてそうな気がする。
「ふふっ、ありがとうございます。私も……ラフさんのことがとても大事です」
私たちはしばしの間見つめ合う。
多くの言葉を交わさずとも、ラフさんとなら気持ちが通じ合えている気がした。
「……おやすみ、ウェーザ」
「……おやすみなさい、ラフさん」
部屋に入ってベッドに寝っ転がる。
相変わらず、シーツからは良い匂いがしていた。
「帰ってきたんだなぁ」
天井を見上げながら小さな声でつぶやく。
戻ってきたではなく、帰ってきたという方がピッタリだった。
ザリアブド山で野宿していたときのことを思い出す。
(ずっとラフさんや"重農の鋤"のみんなと一緒にいたいな。私が願うのはそれだけ……)
考えているうちに、幸せな気持ちで眠りについた。




