第33話:大事な花
「どうやら吹雪は止んだようだぞ」
「外に出てみましょう」
雪洞のおかげで無事一夜を明かすことができた。
私たちは外に出る。
「一面の銀世界ってヤツだな。昨日はそうとう降ったみたいだ」
「雪しか見えません。地面も隠れていますね」
日も空高く昇っていて、眩しさで目がくらみそうだった。
「いつもこういう穏やかな天候だと大変ありがたいんだが」
「空気がとても爽やかで気持ちいいです」
山の空気はスッキリしている。
雪が汚れを吸い取ってくれたのだろう。
思いっきり深呼吸すると身体の中が新しくなっていくようだ。
「さて、そろそろ探しに行くとするか。ホワイトグリズリーもいなさそうだしな」
ラフさんは注意深く周りを見渡す。
モンスターはおろか、動物だって一匹もいなかった。
「<さすらいコマクサ>はどこにいるんでしょう?」
「残念だがこの辺りにはないと思うぞ」
「雪ばっかりですもんね」
花どころか草一本も見当たらない。
「まだここは頂上から離れている。まずはもう少し登ってみよう。ウェーザ、さっそくだが予報を頼めるか?」
「はい! ちょっと待っててくださいね」
意識を集中し魔力を高める。
しっかり休めたので魔力も十分だった。
慎重に風の動きを読んでいく。
(山の斜面に当たった空気は雲になる。それが冷やされると雨になるから、山の天気は変わりやすいのよね)
特に気をつけて見るポイントは気流、風向き、空気中の水分だ。
(午後から西風が激しくなりつつ、南からの風になっていくわね。それだけじゃないみたい。ジメジメした空気も混ざってくるわ。悪天候になるのは間違いなさそう)
午後からはまた昨日のような吹雪になりそうだ。やれやれと思う。
「午前中は晴れてますが、午後になると天気が崩れます。おまけに吹雪いてきそうです」
「ふむ……となると、何とかして早めに見つけたいところだな」
「急ぎましょう、ラフさん」
私たちはペースを上げて登っていく。
少し歩くと頂上に着いた。
切り立った崖ではなく草もしっかり生えている。
花も生えていそうな場所だった。
強い日差しで溶けたためか、それほど雪は積もっていない。
「さて、この辺りにいてくれると助かるのだが。おっと、また雲が出てきたか」
「日の光が遮られてますね」
私たちのいるところが少し暗くなる。
雨を降らすわけではないけど、太陽を遮るような雲が出てきた。
薄い雲だけど日光を邪魔するには十分だ。
(これくらい小さな雲は直接見ていないと予報するのが難しそうね)
「おそらく、この辺りの<さすらいコマクサ>は移動しているはずだ。暗くなったからな」
「これくらいの明るさの違いでも動くんですか?」
暗くなったと言ってもほんのわずかだった。
「ああ、ヤツらはなかなか過敏らしくてな。ちょっとした光の加減で動いてしまうんだ。それが見つけにくさにも繋がっている」
思っていた以上に見つけるのが大変そうだ。
考えていると良いアイデアが思い浮かんだ。
「でしたら、晴れ間が見えるところへ先に行ってみましょう。先回りするんです。そうしたら、<さすらいコマクサ>がこっちに来るかもしれませんよ」
「なるほど……それは良い案だ。やっぱりお前を連れてきてよかった」
「あと十分くらいすると、あそこに太陽の光が当たります」
向こうの方にあるなだらかな斜面を指さす。
私たちは雲が途切れるところに先回りした。
少し待つと、雲が流れていき太陽がまた顔を出した。
「晴れてきたな、さすがはウェーザだ」
ラフさんに気づかれないようホッと一息つく。
(良かった、私の予報通りだ)
「あっ! ラフさん、あそこに何かいますよ!」
遠くの方で草むらがガサゴソ揺れた。
ぴょこぴょことピンクの花が動いている。
「<さすらいコマクサ>が来たぞ!」
その名の通り、見た目はコマクサそのものだった。
私たちに向かってすたこらと走ってくる。
その姿がかわいくてとても微笑ましかった。
「本当に自分で動くんですね。この辺りにしかいないのでしょうか」
「やっぱり、相当珍しい植物みたいだぞ。フレッシュやアグリカルもまだ見たことはないと言っていた」
<さすらいコマクサ>は私たちの近くに来るとジッと固まった。
太陽の光を吸収しているみたいだ。
逃げないうちに、ラフさんはサッと拾い上げた。
「簡単に捕まって良かったですね。もっと逃げ回るのかと思いました」
「いくら動くといっても植物だからな。動物みたいに逃げたりはしないさ」
花を傷つけないよう大事に小ビンへしまう。
アグリカルさんが渡してくれた容器だ。
「無事に<さすらいコマクサ>を手に入れられて良かったです。ネイルスちゃんの病気も早く治ると良いですね」
「そうだな。あとはこいつを上手く栽培できればいいのだが……」
珍しく暗い顔をしている。
<さすらいコマクサ>は入手できたけど、薬を作るにはもっと増やさないといけないからだ。
でも、ラフさんは一人じゃない。私だってどんなことも手伝うつもりでいた。
「フレッシュさんたちなら大丈夫ですよ! それに私も精一杯頑張りますから!」
元気よく言うと、ラフさんは表情が明るくなった。
「ああ……ウェーザの言う通りだな。お前には色々世話になるよ。よし、行くか!」
「はい! みんなに良い報告ができそうですね! さあ、帰りましょう!」
目指すは我らが"重農の鋤"だ。




