第32話:二人の話
「……ンガッ! な、なに!?」
いきなり変な音がして飛び起きた。
目が覚めたら毛布にくるまっている。
たぶん、ラフさんが用意してくれたのだろう。
知らないうちに寝てしまったようだ。
「起きたか、ウェーザ」
「はい、眠り込んでしまったみたいですね。あっ、手伝わなくてすみません!」
焚き火の上には美味しそうなスープができあがっている。
食欲が刺激される良い匂いまでしてきた。
あっという間にお腹が空いてくる。
「疲れてたんだろう。気にするな。休めるときに休んでおいた方がいいぞ」
「それより、今変な音がしませんでしたか? 何かが威嚇するような」
そうだ、おかしな音がしたのだ。
なんとなく獣の唸り声みたいだった。
しかも、恐ろし気で凶暴そうな感じだ。
「ああ、それは……」
「もしかして、ホワイトグリズリーがこの近くにいるんじゃないですか!? ど、どうしましょう!? また襲われたら大変ですよ!」
とたんに緊張が高まる。
倒した仲間が復讐しに来たのかもしれない。
彼らはしつこい性格だ。
十分に考えられる。
「ウェーザ、とりあえず落ち着け」
「ラフさん、早く態勢を整えないと! 私も戦います!」
慌ててステッキを構えた。
雪洞の入口を険しい目つきで睨む。
(く、来るなら来なさい! 返り討ちにしてやるわ!)
こんな狭いところで襲われたらたまったもんじゃない。
さっきは撃退できたけど、今度はどうなるかわからない。
だけど、ラフさんはのんびりしている。
おいしそうにスープまで飲んでいた。
「何やってるんですか!? 早く準備をしてください! ホワイトグリズリーが来ますよ! 数だってさっきより多かったら……!」
「心配するな。さっきのはお前のいびきだ」
突然、ラフさんは予想外のことを言ってきた。
思わず思考が止まる。
「……え? わ、私の……いびき?」
「そうだ、ホワイトグリズリーなんか来ていないから安心しろ」
そういえば、自分の鼻から音が出たような気もする。
それも、私が起きるくらいだから結構大きな音だ。
(獣の唸り声は……私のいびき?)
だんだん、実感がわいてくる。
急激に恥ずかしくなってきた。
(おまけに、ラフさんにしっかり聞かれていた……)
顔が熱くなっていくのを感じる。
それだけじゃない、吹雪で寒いはずなのに身体まで熱くなってきた。
(顔から火が出そう……)
ラフさんは何食わぬ顔でスープを飲んでいた。
それがさらに恥ずかしさを強くさせる。
私は石像のように固まった。
「ほら、お前も飲んでおけ」
ラフさんはスープを差し出してくる。
本当に何も思ってないようだ。
「あ、あ、ありがとうございます……いただきます」
「なにカチコチになってるんだ。寒いのか?」
「ち、違います! もう、なんでいつもそうなんですか!」
自分だけ気にしているのがくだらなくなってきた。
スープを丁寧にだけど力強く受け取る。
「怒るなよ、ウェーザ」
「怒ってません!」
ぶつくさ言いながらもスープを飲んだ。
(あちっ!)
冷まさないで飲んでしまったのでちょっと火傷した。
「味はどうだ? うまいか?」
「お、おいしいです……」
ラフさんの作る料理はどれも素晴らしかった。
それどころか、疲れがとれていくような不思議な力まである気がする。
(フランクさんのお料理もおいしかったけど、ラフさんだって一流のシェフになれるんじゃないかしら?)
こっそりとラフさんを見る。
初めて会ったときは無骨で怖い感じだった。
でも、今は怖い気持ちなんかは全然ない。
(むしろ、温かくて優しい人って感じ……)
それほど、二人の距離は縮んでいるということなのだろうか。
だとしたら嬉しいことだ。
いびきの件とは別に照れてしまう。
「ところで、ウェーザ」
「ひゃ、ひゃいっ! なんでしょうか!?」
考えに耽っていたら、突然ラフさんに話しかけられドギマギした。
「"重農の鋤"での生活は楽しいか?」
ラフさんは真剣な顔をしている。
「はい、それはもちろん最高の生活です! みなさんに会えて私は本当に幸せ者ですよ!」
「そうか、それなら良かった。実はな……俺はちょっと心配していたんだ。形はどうあれ、お前を無理やり連れてきたようなもんだからな」
そのまま、ラフさんは静かに話を続ける。
「今思うと俺も少し強引だった。おまけにウェーザは貴族の出身だ。連れてこられたと思ったら、やったこともない農作業の日々を送らせてしまうなんてな。大変だったろう?」
「そんなことないですよ! ラフさんは命の恩人です! ラフさんがいなければ、私はどうなっていたのかわかりません! 農作業だってすごい楽しんでやってます!」
(やっぱり優しい人だ。そこまで気遣ってくれていたなんて)
改めて強く思った。
こんな素敵な人に出会え、私はどこまでも恵まれている。
「そう言ってくれるとありがたい。お前が来てくれて俺たちは救われたようなもんだ。貴重な作物も順調に育っているしネイルスだって外に出られた。"重農の鋤"を代表して礼を言わせても
らうぞ。ウェーザ、本当にありがとう」
「いいえ! お礼を言うのは私の方ですよ!」
こんな風に面と向かって感謝されると、こっちが恥ずかしくなってしまう。
「俺たちもウェーザに出会えて良かった。これからも俺と……あ、いや! 俺たちとずっと一緒にいてくれないか?」
言い間違えただけなのにラフさんはやたらとあわあわしていた。
いつの間にか、こういう表情も見せてくれるようになった。
「ええ、もちろんです。私だってラフさんたちといつまでも一緒にいたいです」
相変わらず外は吹雪だ。
いくら雪洞の中でもなかなかに寒い。
だけど、私の心はなんだかとっても温かくなった。




