第30話:戦闘
「ホ、ホワイトグリズリー!?」
「全部で三匹いるようだ」
私が驚いている間にも、ラフさんは一瞬で敵の数を把握していた。
白い大きな熊たちは、どれも見るからに立派なモンスターだ。
大柄な人間なんかよりずっと大きい。
「早く逃げましょう! 襲われたら大変です!」
「いや、こいつらはしつこい性格をしている。逃げるとむしろ追ってくる。俺が全員倒すから安心しろ」
「で、でも……!」
いくらラフさんが強くても、相手はあのホワイトグリズリーだ。
戦ったら大怪我を負ってしまいそうで怖い。
彼らは三方向からジリジリと近づいてきた。
すぐには飛びかかってこず、こちらの様子を窺っているようだ。
「《魔導拳》!」
ラフさんが叫んだかと思うと、その両手に魔力が集まった。
拳が赤いオーラに包まれている。
私も慌ててステッキを構えた。
「ラフさん、それは何かの魔道具ですか!?」
赤い拳に雪が触れると、じゅうじゅう蒸発している。
「いや、俺は色んな属性の魔力を手に集中させることができるんだ。スキルとはまた別の、体質みたいなもんだ……!」
ガアア! と、目の前のホワイトグリズリーが飛びかかってきた。
鋭い爪がギラリと光っている。
目は血走っていて、睨まれただけで怖気づいてしまいそうだった。
(や、やっぱり、すごい迫力!)
ホワイトグリズリーは勢いよく腕を振り上げる。
鋭い爪の攻撃だ!
あんなものを喰らったらひとたまりもない。
すんでのところで、ラフさんはひらりとかわした。
「はああ! くらえ!」
即座にホワイトグリズリーの腹を殴る。
鈍い音がしてその凶暴なモンスターは吹っ飛んだ。
ドカッと岩にぶつかって動かなくなる。
あっという間に一体倒してしまった。
「す、すごい……!」
ラフさんの一撃を見て、他のホワイトグリズリーもうろたえている。
それでも、逃げるような素振りは見せない。
やはり執念深い性格みたいだ。
円を描くように私たちの周りを歩いている。
そして、二匹同時にラフさんへ襲い掛かった。
「はっ!」
ラフさんはサッと攻撃を避けて素早く二連撃を与えた。
目にもとまらぬ速さだ。
二匹のホワイトグリズリーも地面でのびてしまった。
「やった! 倒しました!」
「よし、これで大丈夫そうだな」
安堵したラフさんが振り向いたとき、一番最初に倒したはずの一体が起き上がった。
まだ気絶していなかったようで背後からラフさんを襲う。
グアッと鋭い爪を振り上げた。
「ラフさん、危ない!」
咄嗟にステッキでえいやっとホワイトグリズリーの手を叩いた。
アグリカルさんお手製なので本当に丈夫だ。
力いっぱい叩いても折れる気配はない。
予期せぬ反撃を受けたのか、ホワイトグリズリーは一瞬ひるんだ。
「しまった、仕留め損なったか!」
すかさず、ラフさんはお腹を殴って今度こそ完全に気絶させた。
「助かったぞ、ウェーザ。危ない目に遭わせてすまなかったな。ケガはないか?」
「私は大丈夫です。ラフさんも平気ですか?」
どうやら、私たちは無傷でホワイトグリズリーを倒してしまったようだ。
「これはすごい成果だな。バーシルが聞いたらきっとうるさいぞ」
「あはは、そうですね。絶対うるさいです」
容易に想像つくので笑ってしまった。
(何はともあれ、ケガがなくて良かった……あっ!)
歩き出そうとしたら、急に膝が崩れてしまった。
ガクンと雪に膝をつく。
「どうした、ウェーザ! どこか痛いのか!?」
「い、いえ、違います……ただ……足が震えて……」
立とうとしても足が震えて動かない。
緊張感と疲労感がどっと襲ってきたのだ。
「ほら……肩を貸せ……」
ラフさんも息が上がっていた。
無傷で倒したけど体力をだいぶ消耗してしまったようだ。
「吹雪も弱まってきたので少し休憩しませんか?」
「ああ、そうだな。一度体力を回復させよう」
ホワイトグリズリーたちから離れ、大きな岩が転がっているところまで移動した。
ここなら岩が雪から守ってくれる。
吹雪が弱いうちに手早く<やすらぎハーブ>のお茶を飲む。
「ふぅ……やっぱり、この茶は落ち着くな」
「ええ、みなさんに感謝しないといけませんね」
<やすらぎハーブ>のお茶を飲んでいると、冷え切った身体もポカポカしてきた。
「しかし、ウェーザは意外と度胸があるんだな」
ラフさんが感心したように言ってきた。
「いえ、夢中だっただけですよ。もし私一人だったらどうなっていたかわかりません」
ホワイトグリズリーの凶暴な顔を思い出すと怖くなる。
ラフさんのためだから、とっさに身体が動いたのだ。
「まぁ、そうだとしても、あの一撃は見事だった。ホワイトグリズリーもお前にビビっていたぞ」
ホワイトグリズリーのビックリした顔を思い出すと面白かった。
「またラフさんを襲ってきても私が退治してやります」
「そうか……そいつは頼もしいな」
あはは、という笑い声が雪に混じって消えていく。
ラフさんと話すのが元気になる一番の秘訣かもしれなかった。
「さて、そろそろ登山を再開するか。このルートならそれほど大変じゃないはずだ」
束の間の休憩も終わり、私たちは再び山を登り始める。
目指すは<さすらいコマクサ>があるという頂上だ。
「ラフさん、もう夜になりそうですね。暗くなってきましたよ」
「なに。そうか、意外と時間を取ってしまったな」
気がついたときには太陽が沈んでいた。
ただでさえこの吹雪だ。
ラフさんのコートをもってしても体が寒くなってきた。
「ウェーザ、疲れてるところ申し訳ないが天気を予報してくれるか?」
「はい、ちょっと待っててくださいね」
さっきはラフさんに助けてもらった。
今度は私の番だ。呼吸を整え魔力を集中していく。
やはり、頂上から吹き抜けてくる風が非常に強い。
北から冷たい空気を運んできているので、この悪天候を引き起こしている。
だけど、ちょっぴり安心していた。
(きっと、この吹雪もすぐに止むはずよね)
しかし……。
「ラフさん、残念なお知らせです。夜まで吹雪です……」
(もう! いつもはすぐに天気が変わるくせに、こういうときは変わらないんだから!)
天気の気まぐれが恨めしかった。
「ふむ、今日はずっとこの調子か。ウェーザ、この辺りで今夜は泊まろう」
「え? ここで泊まるんですか?」
いきなり、ラフさんは泊まると言い出した。
(もしかして、近くに山小屋とかがあるのかしら?)
そう思って辺りを見回す。
周りは岩がゴロゴロしているだけで、小屋のような物は一つもなかった。
「ここで野宿するんだ。これ以上進むのは危険だからな。俺についてこい、ウェーザ」
ラフさんは斜面に向かって歩き出した。
「こっちに山小屋があるんですか?」
「山小屋はない」
「え!?」
山小屋がなければ私たちはどうなってしまうのだろう。
もちろん、ラフさんのことは信頼している。
だけど、なんだか不安になってきた。
「これから雪洞を作る。すぐにできるから待ってろ。今夜はそこに泊まるんだ」
「せ、雪洞……ってなんですか?」
「雪で作った小さい洞穴みたいな物だ。まあ、見てればわかる」
話しながらもラフさんは《魔導拳》でサクサクと雪を掘り進めている。
すぐに大きめの横穴ができた。
「よし、入ってみろ」
「いや、入れと言われましても……」
中は暗くて不気味な感じだ。
ちょっと怖い。
「ほら、いいから」
ラフさんに押され、しぶしぶ横穴に入った。
なぜか入口は地面より高く作られている。
「……え? あったかい……どうして?」
不思議なことに中は暖かい。
(外はあんな吹雪なのに……)
おまけに結構広かった。
私たちが寝転がっても十分すぎるほどのスペースがありそうだ。
「意外と過ごしやすいだろ。換気できるようにしてあるから火も焚けるぞ」
そう言って、ラフさんは火をつけた。
パチパチと心地良い音がする。
横穴はまた一段と暖かくなった。
「ラフさん、雪洞ってすごいですね。これなら無事に夜を明かせそうです」
「冬山を過ごす、ちょっとした知恵だ。さて、さっさと晩メシでも作るか。冷えた身体を温めて体力を戻さないとな」
ラフさんは小ぶりの鍋を出すとテキパキと料理を始めた。
手伝わないといけないのに、ぼんやりと眺めていた。
(早く私もお手伝いしないと……)
動こうとしても、身体が上手く動かない。
この吹雪とホワイトグリズリーの襲撃は私の体力をかなり削っていた。
うつらうつらとして、まぶたが重くなる。
「ラ、ラフさん……」
気がついたとき、ラフさんの腕の中に倒れこんでしまった。




