第29話:山登り
「ウェーザ、大丈夫か?」
「はい、なんとか」
ザリアブド山に登り始めてもう何時間も経っている。
当たり前だけど、道がゴツゴツしていて歩くのがかなり大変だ。
それでもケガせず歩けている。
ラフさんが作ってくれた頑丈な靴のおかげだった。
「天気が良いうちになるべく上まで登りたいな」
「え、ええ、そうですね……」
やがて、ゼイゼイハアハアと息切れしてきた。
(なんだか、いつもより疲れるな)
歩いているだけなのになぜかとても疲れる。
なんとなく頭も痛い。
もちろん、登山だから普段より体力は削られているはずだ。
しかし、それ以上に魔力を激しく消耗している気がする。
(そうか、山の天気のせいだ)
山の天気は本当に変わりやすい。
常に魔力を使っていないと、天気を正確に予報できないのだ。
「ウェーザ、大丈夫か?」
「大丈夫です……天気はしっかり見ていますから安心してください」
とは言ったものの、必死に足を動かしてもラフさんに追いつけなくなってきた。
「いや、ここで少し休もう。一気に登ると山の病気にかかることもあるからな」
そう言うと、ラフさんは荷物を取り出した。
テキパキとお茶の用意をする。
「ちょっと待ってろ、茶を淹れてやる」
「ラフさん、私も手伝います……」
手伝いたいのに疲れてしまってノロノロとしか動けない。
それどころか、へたりと座り込んでしまった。
「無理するな。お前は休憩していろ」
「すみません……ありがとうございます」
お言葉に甘え休ませてもらう。
山の心地良い風に当たっていると気分も良くなってきた。
その間にも、ラフさんはあっという間にお湯を沸かし金属のカップを用意する。
気がついたら、地面の上にキレイなシーツまで敷かれていた。
(ラフさんは無骨な感じだけど家事も得意なんだな)
しばらくすると爽やかな香りが漂ってきた。
ハーブティーみたいな匂いだ。
嗅いでいるだけで頭がスッキリする。
「ほら、<やすらぎハーブ>から作った茶だ。飲むと体力も魔力も回復するぞ。フレッシュたちが大事に育てた物だから十分に効果はあるはずだ」
「<やすらぎハーブ>……」
カップには薄い緑色のお茶が入っている。
名前を聞いただけで癒されるようだった。
疲れきった今の私にはピッタリの飲み物だ。
「ありがとうございます……いただきます」
さっそく、コクンと一口飲んでみた。
(ふわぁ……)
身体の中を涼しい風が通り抜けるようだ。
一瞬で頭もスキッとした。
魔力もみなぎってくる感じがする。
「どうだ、うまいか?」
「はい! とっても美味しいです! こんなお茶飲んだことありません!」
カップ一杯飲んだだけで、さっきまでの疲れが吹き飛んでしまった。
素材が良いだけじゃなく、ラフさんの淹れ方も良いのだろう。
「ほら、これも食べろ。<やすらぎハーブ>のクッキーだ」
「お、おいしい……」
これまた甘くて美味しいお菓子だった。
嚙むたびにハーブの爽やかな風味がする。
「ウェーザ、俺たちのギルドが見えるぞ」
「あっ、ほんとですね」
下の方に"重農の鋤"が見えた。農場やその周りの森も見えている。
ギルドにいたときは全体が見えないほど広かったのに、ここから見ると小さかった。
不思議な感じだ。
休憩もそこそこに、私たちは登山を再開した。
「寒くなってきたな。ウェーザ、大丈夫か?」
「はい、このコートのおかげであったかいです」
ラフさんがくれたコートは驚くほど暖かい。
冷たい風もまるで通さなかった。
この服がなければとっくに凍え死んでいただろう。
「ラフさん、そろそろ雨が降り出す時間です」
「おっと、もうそんな頃合いか。さっきまで晴れていたと言うのにな」
日差しが陰り、黒っぽい雲が出てきた。
私の予報だと、この後グッと気温が下がり雪になる。
目まぐるしく天気が変わるので少しも油断できなかった。
(ちょっとした変化も見逃さないように気をつけないと)
ラフさんの役に立てるようさらに魔力を強める。
やがて、雨は雪に変わり吹雪いてきた。
「風の動きが変わりました。頂上から強くて冷たい風が吹いてきます」
「とりあえず、行けるところまで行ってみよう」
「早く頂上が見えると良いですね」
少し歩いていると、どんどん風が強くなり吹雪も激しくなってきた。
「ちょっと止まれ、ウェーザ」
「どうしたんですか?」
雪が舞っているけど、ラフさんは険しい顔をしているのがわかった。
拳を顔の前に持ってきて戦いのポーズをしている。
「奥の方を注意深く見るんだ」
言われた通り目を凝らすと、大きな白っぽい塊がいくつかあった。
もぞもぞ動いている。
「きゃっ! なんですか、あれ!?」
「アグリカルにもらったステッキを構えとけ」
白い塊はのっしのっしと近づいてきた。
グルルルと獣のうなり声みたいな音まで聞こえてくる。
「なにか周りにいるみたいですよ!?」
「囲まれてしまったか。どうやら、ヤツらも<さすらいコマクサ>を探しに来たようだな」
吹雪が少し弱まり、白い塊の正体がわかった。
胸が苦しくなるほど緊張してくる。
「ラフさん、あれって!?」
「ウェーザ、絶対に俺から離れるな!」
私たちはホワイトグリズリーの群れに囲まれていた。




