第28話:処罰(Side:プライド⑤)
「そ、そんな!? お待ちください、父上!」
王位継承権の剝奪など聞いたことがない。
第一王子の立場は絶対に安全なはずだ。
「待つわけないだろうが愚か者め! 恥を知れ! 貴様が国王になる資格は塵一つもない!」
「プライド、見苦しいですわよ。あなたたちのせいでどれだけの人が迷惑を受けたのか、本当にわかっているの?」
どうやら、これは覆せない決定事項みたいだ。
じわじわとようやく実感してきた。
(ま、まずいぞ……だが、なんとかして撤回させないと!)
王位を弟に奪われたなんてそれこそ国中の笑いものだ。
恥ずかしくて死んでしまいそうになる。
「し、しかし、父上! さすがに剥奪は……!」
「うるさい! お前はもう王子でもないわ!」
「口を慎みなさい、プライド」
「っ……」
きつく言われて、口を開く気力さえなくなってしまった。
「そして、アローガ嬢」
「は、はい!」
父上はアローガを睨む。
とんでもない気迫だった。
「貴様は家ぐるみでウェーザ嬢を虐げていたそうだな」
「我が国の公爵家もずいぶんと落ちぶれたものですね」
アローガは顔面蒼白で魂が抜けた顔をしている。
「そ、それは、お姉さまが"メイドの子"だったので、つい……」
「黙れ!」
父上が怒鳴るとアローガはビクッとした。
今にも泣き出しそうだ。
「アローガ嬢から爵位を剥奪する。もちろん、貴様の両親からもだ」
「これであなたは貴族でも何でもないわ。ああ、そうだ。ウェーザさんをいじめていた他の貴族にも制裁を与えないといけないですわね」
父上たちは怖いくらい淡々と言う。
「お、お考え直しください! ごめんなさい! 謝りますからどうか許してください!」
アローガは涙ながらに謝罪するが、父上と母上の表情は少しも変わらなかった。
「貴様は本当に何もわかっていないようだ」
「私たちに謝ってもしかたないわ。ウェーザさんに謝るべきでしょう?」
反論の余地もない正論を言われ、アローガは黙りこむしかなかった。
「貴様らは監獄行きとする! 自分たちの行いを死ぬまで悔いるがいい!」
「命があるだけ良かったわねぇ。この先あなたたちを見なくて済むと思うと、私もせいせいするわ」
当たり前のように言われたが、思わず耳を疑った。
(監獄行き……だと?)
頼むから聞き間違いであってほしい。
「監獄行きですって!? 私は第一王子なのですよ! お願いです! それだけはやめてください!」
「そうです! 私だって公爵家の娘でございます! 監獄生活なんて絶対に耐えられません! どうかもう一度お考えを!」
何度か監獄部屋に行ったことがあるが、薄気味悪くてしょうがないところだった。
あんなところで一生を過ごすなんて考えただけで倒れそうだ。
「黙らんか! 今すぐ処刑してもいいんだぞ!」
「みっともないからもう話さないでくれるかしら?」
必死の抵抗も虚しいばかりだった。
父上たちは断固として動じない。
呆然としていると、扉のそばにいるディセントが目に入った。
(そうだ! ディセントからも何か言ってもらおう!)
こいつはいつも俺の後をついて回るばかりだった。
内心では俺のことを大事に思っているはずだ。
「頼む、ディセント! 俺たちを助けてくれ! ほら、アローガからも頼んで!」
「ディセント様! お願いいたします! 私どもをお助けください!」
俺たちは何度も何度も頭を下げる。
王族や貴族の誇りなどどこにもなかった。
「兄さん、アローガさん。いい加減にしなよ」
ディセントは恐ろしく冷たい声で言ってきた。
その目は薄っすらと笑っている。
完全に俺たちのことを見下していた。
「そ、そんな目で俺を見るんじゃない! 大事な兄がどうなってもいいのか!?」
「私は王宮天気予報士なんですよ! 今までこの国にたくさん貢献してきました!」
俺たちがいくら訴えても、ディセントはにこりともしない。
「こうでもしないと国民は納得しないんだからさ。まさかとは思うけど、お咎めなしだとでも思ってた? 兄さんたちはね、国を混乱させた罪に問われているのさ」
「なんだと!? 俺たちがいつ国を混乱させたんだ!?」
「どういう意味ですか!?」
そんなことをした覚えはない。
さすがに聞き捨てならなかった。
「だから、アローガさんの天気予報だよ。ウェーザさんより精度が高いって言ってるくせに、全然当たらないんだから。そのせいで、国民たちは本当に混乱していたんだ。挙句の果てには、苦情を禁止するお触れまで出しちゃうし」
「「うぐっ……そ、それは……」」
言い逃れできないほど明確に指摘してくる。
目の前の威圧的なオーラをまとった男は、もはや俺の知っているディセントではなかった。
いつからこんな威厳が出せるようになったのだ。
「おい! こいつらを監獄へ連れて行け!」
父上が合図すると衛兵がぞろぞろやってきた。
いっせいに俺たちを取り押さえる。
「や、やめろ! 俺を誰だと思ってやがる!」
「離しなさい! 許さないわよ!」
捕まるまいとめちゃくちゃに抵抗する。
だが、あっという間に縄で縛り上げられた。
「お前たちのせいでみんな苦労しているんだぞ!」
「責任とれ!」
「迷惑なんだよ!」
乱暴にズルズルと運ばれていく。
ディセントは相変わらず冷めた目で俺たちを見ていた。
「ディ、ディセント! 頼む、助けてくれ! 俺の弟だろ!」
「ディセント様! 一生のお願いでございます! どうかお助けを!」
どんなに叫んでも助けてはくれなかった。
(ち、ちくしょう! 監獄なんかに行ってたまるか!)
「こら、抵抗するんじゃない!」
「ディセント様に近づくな!」
「お前たちは罪人なんだぞ! って、おい!」
衛兵を何とか振り払って、俺たちはディセントの足元にすがりつく。
「頼む……ディセント……」
「あなた様だけが、頼りなのです」
短いけれどやけに不気味な間が空いた。
「さようなら、兄さんとアローガさん。監獄なら自分たちの行いをちゃんと反省できるんじゃないかな。まぁ、今さら遅いんだけどね」
その言葉を待っていたかのように、衛兵が俺たちを引っぱっていく。
「ディ、ディセントー!」
「ディセント様ー!」
瞬く間に地下牢へ連行された。
そのまま、雑に監獄へ押し込まれる。
「プライド様、今日からこちらが寝室でございます。暗いし涼しいのでよく眠れるでしょう」
「良かったですねぇ。命があって」
「汚いネズミや虫なんかと仲良く暮らしてくださいや」
衛兵たちはギャハハハと笑っていた。
「ま、待て!」
「待って!」
ガシャンと鍵をかけられると音が何もしなくなった。
牢獄はジメジメしているしとても寒い。
気持ち悪くなるほどに血の気が引いていくのがわかった。
「プ、プライド様。私たちはこの先どうなるのでしょうか……」
「僕にわかるわけないだろ……」
絶望に押しつぶされそうで消え入りそうな声しか出ない。
「どうするんですか!? プライド様がもっとしっかりしていれば……!」
こんな状況なのにアローガはぎゃいぎゃい突っかかってきた。
もはや、俺は喧嘩をする気力もない。
(いったい何がいけなかったんだ……)
暗い心に一人の女の顔が浮かんだ。
"赤い髪"をした優秀な王宮天気予報士。
周りからどんなに虐げられようが、いつも真剣に天気と向き合っていた。
(俺が婚約破棄……ましてや国外追放などしなければ、こんなことには……)
ディセントの言う通り、今さら後悔してももう遅かった。




