第24話:優しいみんな
「ウェーザ、身体はもう大丈夫なのか? 俺にできることがあったらなんでも言ってくれ」
「ありがとうございます、ラフさん。おかげさまですっかり元気になりました」
今までの疲れが出たのか、あの後ほとんど寝込んでしまった。
私が寝ている間、ラフさんがかいがいしく看病をしてくれたらしい。
おしゃべりしていたらコンコンと扉がノックされた。
「ウェーザさん、入ってもいいかい?」
「失礼するよ、ウェーザ」
フレッシュさんとアグリカルさんの声だ。
「はい、どうぞ」
二人は冷たいお水と小さなお菓子を持ってきてくれた。
「ウェーザさん、具合は平気なの? 良かったらこれ飲んで」
「きっと疲れが溜まっていたんだよ。ずっと気が張ってたんだろうね」
彼らの悲しい顔から、本当に心配してくれていることがわかる。
「ええ、もう元気です。あの……農作業手伝えなくてごめんなさい」
ベッドの上で小さくお辞儀した。
「いや、気にしないでいいよ。ウェーザさんがずいぶん先まで予報してくれたおかげで、作業は順調に進んでいるからさ」
「まったく、ウェーザはどこまでも頑張り屋だね。たまにはゆっくり休みな。何だったらもう少し休んでてもいいよ」
「いえ! それはさすがに申し訳ありませんので!」
二人の申し出を慌てて断る。
体調を崩したことを責められるどころか、逆に気遣ってくれた。
王都にいた頃では考えもできないことだ。
「いやぁ、それにしても、あんなに慌てたラフは僕も初めて見ましたよ」
「やっぱり、フレッシュもかい? アタシもビックリしたさね」
フレッシュさんが意味ありげな顔でラフさんを見ている。
アグリカルさんもニヤニヤしていた。
「な、なんだよ、お前ら」
珍しくラフさんが動揺している。
「なんだじゃないよ。ウェーザが! ウェーザが! ってそりゃもう大変だったんだから」
「あっちに行ったりこっちに来たり、ちょっとは落ち着けって言ってんのにさ。ちっとも落ち着かないんだよ」
(えっ? そんなことが?)
ラフさんが慌てている様子なんてまるで想像つかない。
「おい」
ラフさんは怖い顔でフレッシュさんたちを睨みつける。
二人はまるで気にしていないようだった。
「ラフが騒いだところで何も変わらないのにねぇ。寝てれば大丈夫って言ってるのに、全然信用しないんだから」
「この男にもようやくネイルスとは別に大事な人ができたってことさね。ウェーザ、こんな遠慮のない男だけど大切にしてやってくれ」
「こ、こら、やめろ!」
いきなり、ラフさんが二人に飛びかかった。
「うわぁ! ちょっと、ラフ!」
「なんだい! あんたがモジモジしてるから代わりに言ってやったんだろ!」
ラフさんはフレッシュさんたちをグルグル追いかけ回している。
なんだか私だけ話についていけてないみたいだ。
(そ、それはどういうことだろう?)
とても重要なことを言ってそうだったけど、必死に考えてもぼんやりする頭ではよくわからなかった。
「さてと……」
ひとしきり逃げ終わると、アグリカルさんはドアの前に立った。
「あ、あの、アグリカルさん? どうしたんですか?」
「あんたらがいることはお見通しなんだよ!」
「「どわぁ!」」
ガチャッと扉を開くと、フランクさんとメイさんがなだれ込んできた。
ドカドカドカッ! とギルドの人たちまで転がり込んでくる。
「なに仕事サボってんだい! 盗み聞きしてんじゃないよ!」
「いいいいや、俺はメシを届けに来たんですよ! お~い、ウェーザ~! メシだぞ~!」
フランクさんはこれ見よがしに美味しそうなパンとスープを掲げた。
「私はお部屋の掃除をしようと思って! ウェーザちゃん! ほこりっぽくない!?」
メイさんはこれ見よがしに立派なホウキと塵取りを持ち上げる。
「「お、俺たちはちょっと差し入れを!」」
他の人たちはこれ見よがしに野菜や果物なんかを見せてきた。
「サボってないで、さっさと仕事に戻りな!」
「「そ、それを言うなら、マスターだって……」」
いつもは怒られるとすぐ逃げるのに、みんなはごにょごにょ文句を言っていた。
たぶん、みんながいれば何とやらというヤツだ。
「なんだって!!!」
「「ひ、ひいいいいい! お助けをおおおお!」」
アグリカルさんが怒鳴り散らすと、みんな一目散に逃げ出した。
あっという間に、静寂が戻ってきた。
「やれやれ、あいつらときたら……」
アグリカルさんは呆れながらもどこか嬉しそうだ。
「そうだ、ラフ。ウェーザさんに例の物は渡したの?」
「い、いや、まだだ」
フレッシュさんの一言で、ラフさんはさらに硬い表情になった。
「まだ渡してないのかいな。あんたも小心者だね。早くウェーザにあげな」
「例の物ってなんですか?」
例の物……やたらと気になる言い方だ。
ラフさんはしきりにポケットから何かを出そうとしてはしまっている。
「ほら、これをやる」
と思ったら、ポサッと投げてきた。
素敵な花柄レースのヘアバンドだ。
「わぁ! かわいい! 私にくれるんですか?」
「だから、そう言ってるだろうが」
ラフさんは怖い声で言ってくるけど全然怖くなかった。
「嬉しいです! ありがとうございます、ラフさん!」
フレッシュさんたちはなぜかくすくす笑っている。
さっそく頭につけてみた。
サイズはピッタリで肌触りも最高だ。
「似合いますか、ラフさん?」
「う、うむ……」
ラフさんは難しい顔をしている。
似合ってないのか不安になった。
「まったく素直じゃないね、この人は。ウェーザさん、とてもよく似合っているよ」
「ウェーザのために何度もデザインを考え直していたんだから」
「おい」
私のためにと聞いて、喜びがあふれてくる。
「これはすごく良い物ですね。もしかして、街で買ってきてくれたんですか?」
ヘアバンドは少し見ただけでかなり上等な品だとわかった。
ここまで良い物は王都でもなかなか手に入らないだろう。
「あ、いや……別にどこだっていいだろ」
ラフさんは言いにくそうだった。
(秘密のお店なのかしら?)
「ラフが自分で作ったんだよね」
「こいつは意外なスキルを持ってんのさ」
二人はニヤニヤしながらラフさんを見る。
「お、おい、お前ら! 余計なことを言うんじゃない! ウェーザ、聞かなかったことにしろ!」
さすがにそれは無茶な注文だった。
「ラフさんが作ってくれたんですか? だったら……なおさら嬉しいです!」
まさか自作だったとは思わなかった。
ラフさんが作ってくれたと聞いて、より愛着がわく。
「ラフ、教えてあげなよ。君のスキルをさ。今こそ話すべきだと思うよ」
「私も知りたいです、ラフさんのスキル」
思い返すと、まだ聞いていなかった。
「【い……う】」
「え? なんですか?」
ラフさんはボソボソ喋るのでよくわからない。
「【さ……ほ……】」
「サホ?」
初めて聞くスキル名だった。
どんな能力か想像を膨らます。
(すごく強い格闘術とかの名前かしら?)
どんな敵も一瞬で倒してしまいそうだ。
「……【裁縫】」
「ああ! 裁縫ですか!」
格闘術なんかではなかった。
こんな素晴らしい手芸ができるのであればそれもうなずける。
そういえば、初めて会ったときに借りたマントも、裏に可愛い刺繍がしてあった。
(そうか、あれもラフさんが作ったんだ)
フレッシュさんとアグリカルさんは揃って大笑いしている。
「意外も意外だろう」
「こんな大男が【裁縫】スキルだなんてね」
苦しそうにお腹を抱えていた。
ラフさんは厳しい表情で注意する。
「お前ら笑いすぎだぞ」
「ラフさん、素晴らしいスキルですよ! こんなに良いもの、私にはとても作れません!」
素直に羨ましいと思った。
険しい顔つきから一転して、ラフさんは顔が赤くなっている。
(ふふっ、かわいいな、ラフさん)
なごんでいたらガチャッと扉が開かれた。
「ウェーザお姉ちゃん! 起きたの!?」
『おい! 大丈夫か!?』
「きゃあっ!」
ネイルスちゃんとバーシルさんだ。
二人して私に飛びついてきた。
「ネイルス、ノックくらいしろ。バーシルもそんなにのしかかるな。まだウェーザは病み上がりなんだ。そっとしといてやれ」
お兄ちゃんと主人の顔に戻ったラフさんがピシリと言った。
「だってぇ~ウェーザお姉ちゃんが心配だったの……」
『俺様だって心配だったんだぞ』
二人は肩を落としてしょぼんとしていた。
「いえ、私はもう大丈夫ですから……二人ともありがとう」
ネイルスちゃんとバーシルさんをぎゅっと抱く。
私の周りにはこんなにも優しいみんながいるのだ。
(私は……なんて幸せなんだろう……)
ラフさんに貰ったヘアバンドをそっと触る。
みんなの心みたいに優しい手触りだった。
 




