第22話:私の怒り
「ラフさんになんてことを言うんですか! いい加減にしてください!」
「お、おい、ウェーザ」
ラフさんが止めるのも構わず怒りまくる。
冒険者たちが怖いという気持ちもどこかに消え去っていた。
「なんだぁ、こいつ! 俺たちに歯向かうのか!」
「調子に乗ってんじゃねえぞ! 痛い目にあいたいようだな!」
「女だからって容赦はしないぜ! 今さら逃げようとすんなよ!」
冒険者たちは私に近づいてくる。
ギロリと鋭く睨みつけてきた。
しかし、不思議なことに少しも怖くない。
「ウェーザ、下がってろ!」
ラフさんが立ちはだかるように立つ。
お店の中は今にも戦いが始まりそうな雰囲気だ。
空気がピリピリしている。
「ラフさんに謝ってください!! この人は本当に素晴らしい人なんですよ!」
止めるのも構わず、ラフさんの後ろから飛び出してさらに怒鳴りつけた。
身体の中から怒りが湧き上がってくる。
「ウェ、ウェーザ……」
怒りながら、ラフさんとの出来事を思い返していた。
私を助けてくれたこと、とても優しい人だということ、何よりネイルスちゃんのため必死に頑張っていること。
命の恩人でもある人にこんなことを言われて我慢できるわけがない。
(ラフさんが侮辱される筋合いはない!)
「なんだと、コラァ! 謝るわけないだろうが! 黙ってりゃいい気になりやがって!」
「どうせ、俺たちが何もしないと思ってるんだろ! もう我慢できねえ!」
「ぶっ潰してやる! 俺たちは冒険者だ! 舐めるなよ!」
男たちはスラリと剣を引き抜いた。
ラフさんがハッとするのを感じる。
お店の中は張りつめた空気でいっぱいだ。
「ウェーザ、早く店の外に逃げるんだ。こいつらは本気だぞ」
「謝ってくださいと、言ってるんです!!!」
「ウェーザ、お前……」
生まれて初めてこんなに大きな声を出した。
冒険者たちをきつく睨み返す。
私に腕力はないけど、気迫だけなら絶対に負けないつもりだった。
「な、なんだよ、こいつ。ヤバすぎるだろ」
「べ、別に、本気でやりあおうなんて思ってねえから。久しぶりにラフに会ったから絡んでみただけだ」
「なにマジになってんだよ。本当に戦うわけないだろうが」
冒険者たちはタジタジとしている。
周りの人たちも彼らを嫌そうな目で見ている。
さらにたたみかけるように怒鳴った。
「ラフさんに謝りなさい!!!」
「ぐっ……チィ! わ、悪かったよ。そこまで怒ることはないだろ」
「ちょっとばかしからかっただけじゃねえか」
「じょ、冗談の通じねえヤツだな」
冒険者たちは逃げるようにお店から出ていった。
ラフさんが私の肩に手を置く。
「ウェーザ、ありがとな。俺のためにそこまでしてくれて」
「いいえ、当然のことですから」
答えつつも心の中でそっとため息をつく。
(やっぱり、怖かったな……)
強がってはいたけど本当は怖かったのだ。
呼吸を整えていると、パチパチという音が聞こえてきた。
お店にいる人たちがいっせいに拍手している。
「え? ど、どうしたんですか?」
「みんな、お前を称えているんだ」
いつの間にか、私たちの周りに人だかりができていた。
「姉ちゃん、すげえな! あいつらを追っ払っちまうなんてよ! 度胸があるんだな!」
「あんまり見ない顔だけど、あんたも"重農の鋤"のメンバーかい?」
「どうなることかとヒヤヒヤしたぜ! でも、俺は絶対に嬢ちゃんが勝つと思っていたぞ!」
お店の中は歓声であふれる。
口々に私を褒めてくれていた。
「アイツらのみっともない姿を見れてせいせいした! 俺たちも脅されたことがあるんだ! 今日は最高の気分だな!」
「ヤツらはこの辺りじゃ悪名高いことで有名なんだ! ほんと迷惑なヤツらだよ! スカッとしたぜ!」
「お嬢ちゃん、すごいね! 尊敬しちゃうよ! またアイツらに会ったらこっぴどく怒っておくれ!」
みんなに褒められていると、膝が震えているのに気がついた。
勢いでなんとか言い負かしたけど、結構緊張していたようだ。
「ウェーザ、お前は強いんだな」
「ラフさんを悪く言う人は私が許しませんよ」
ふぅっと一息つく。
あとはフレッシュさんとアグリカルさんが帰ってくるのを待って……。
(あ、あれ?)
と思ったら、ラフさんがぐるぐるしている。
それだけじゃない、お店全体がぐにゃぐにゃだった。
立っていられずヘタッと座り込んでしまった。
(なんだろう、これ?)
「おい……ウェ……どうし……」
ラフさんが何か言ってるけどよく聞こえない。
そのうち、視界まで暗くなってきた。
フレッシュさんとアグリカルさんが走ってくるのがうっすらと見える。
(私、どうしたんだろ?)
「「ウェーザ……!」」
そして、目の前が真っ暗になった。
「「ウェ……ザ! ウェーザ!」」
(うっ……ここは……?)
目が覚めたらベッドの上にいた。
もう見慣れた天井が見える。
ここは私の部屋だ。
"重農の鋤"に戻ってきていた。
「「ウェーザ(さん)!?」」
「み、みなさん……」
ギルドのみんなが私を心配そうにのぞき込んでいる。
起き上がろうとしたけど全然力が入らなかった。
「おい、無理すんなよ。まだ寝とけ」
ラフさんが優しく毛布を掛けてくれた。
「あの、私はどうしたんですか?」
みんなを安心させたいのに小さな声しか出ない。
「あいつらを怒鳴りつけたあと、お前は気絶したんだ」
「アタシらはもうビックリしたよ。帰ってきたらウェーザが倒れてるんだからね」
「ウェーザさんに何かあったらと思うと、僕も気が気じゃなかったよ」
(そ、そうだったのか……)
どうやら、あの後倒れてしまったらしい。
恐怖と緊張がどっと襲ってきたんだろう。
『ウェーザ! ケガはないか!? だから、俺様も行くって言ったのに!』
バーシルさんが私に頭を擦り付けてくる。
しっぽもダランとしていて元気がなかった。
「ごめんなさい、バーシルさん」
バーシルさんの頭を撫でる。
みんなを心配させてしまい申し訳なかった。
「ウェーザお姉ちゃん~!」
ネイルスちゃんがぎゅっと抱きしめてきた。
プルプル震えている。
「ネイルスちゃん……」
「もう心配させないでよ」
ラフさんと同じ黒い瞳から、涙がポロリと零れていた。
「まったく、無茶しやがって」
その横ではラフさんも不安そうな顔で苦笑いしている。
「す、すみません……」
「何はともあれお前が無事でよかったよ。ほら、もう休んどけ」
ラフさんに促され、ベッドに深く横たわった。
その途端、急に眠くなってくる。
薄れゆく意識の中でぼんやりと考えた。
(あのとき私は、王都で自分が侮辱されたときよりもずっとムカついたんだ)




